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Chapter #4
彼のためにできること
しおりを挟む「やっほーみさきち! 講義かぶるの久しぶりじゃーん! ……って、どしたのその顔。暗っ」
朝っぱらから賑やかな舞恋に絡まれて、私は机に突っ伏していた顔を上げた。
「昨日はあんまり眠れなくて……」
「なになに? また恋の悩み?」
それならこの舞恋様に任せなさい! と胸を張る彼女。
「気持ちは嬉しいけど……。今はそっとしておいて欲しいな」
「ありゃ、こりゃ重症だ」
彼女の元気な声を聞いても、気分は一向に晴れそうにない。
そんな私の様子を見て、舞恋はハッと何かに思い当たる。
「まさか、カヒンに振られたの……!?」
これは一大事だ、と顔色を変えた彼女に、「違うって」と力なく否定する。
「なーんだ、心配して損した。相変わらずラブラブならそれでいいじゃん」
あっけらかんと流す彼女に、私はふと質問してみたくなった。
「そういえば、舞恋はゴルフとはどうなの? 仲良くやってる?」
舞恋の彼氏であるゴルフ。
彼はモテるが故に浮気性ではあったけれど、舞恋が日本に帰ってからも変わらず連絡を取り合っているのだろうか。
「あーゴルフ? もう別れたよ」
「えっ……?」
さらりと放たれた爆弾発言に、私は一気に目が覚めた。
「別れたって、いつ?」
「んー、留学が終わって割とすぐだったよ。日本に帰ってから二、三日ぐらいかな?」
まるで何でもないことのように報告する彼女に、私は呆然とする。
「……理由は、聞いてもいい?」
「いいも何も、理由なんて決まってんじゃん。ゴルフが女ったらしだからだよ!」
そりゃそうか。
むしろ今までよく持った方だとさえ思える。
「考えてもみなよ。あっちが他の女の子たちと好き放題やってる間に、こっちはゴルフ一筋なんてさ、不公平じゃん。片方だけが我慢するなんてアホくさいし、だからって私まで浮気するような人間にはなりたくないから、この際きっぱりと別れてやったわ」
不公平、というワードが、私の胸にぐさりとくる。
片方だけが良い思いをするという構図は、まさに今の私の状況と同じだった。
「薄情な男に縛られ続けるなんてまっぴらごめんだからね。別れて清々したわ。これで心置きなく私も新しい恋に専念できるし」
その発言に、私はもしやと思う。
「舞恋、他に気になってる人がいるの?」
「へへ、当ったりー! オーストラリアで同じクラスだったんだけどさ、日本人の男の子がいたんだよ。『ともひろ』って奴」
そういえば、以前にもそんな話をちらりと聞いた気がする。
確かクラスメイトたちからは『トゥモロー』と呼ばれてるとか何とか。
「留学中から結構仲は良かったんだけどねー。最近特に話が合うというか意気投合しちゃってさ。年末頃にはあっちも日本に帰ってくるから会おうって約束してるんだけど、その時にちょっとアプローチしてみようかなって」
さすがは猪突猛進型の舞恋。
気になる相手には迷わずアタックできるのが彼女のすごいところだ。
「ゴルフとはすっぱり別れたし、これで心置きなく次のステップに進めるからね。というわけで、応援よろしく!」
そう言ってニカッと明るい笑みを浮かべる舞恋の顔には、どこにも後悔の色はない。
その清々しさに、私は圧倒された。
もしもカヒンが彼女のような性格だったら、きっと私なんかとはすぐに別れて、もっと素敵な女性と巡り会えるのかもしれない。
けれど彼は、優しすぎる。
何か余程のきっかけがない限り、私を見捨てようなんて思わないのだろう。
十一月に入り、カヒンのやって来る日が刻々と近づいてきた。
その日も彼はバイトで、仕事を終えてすぐに電話をくれたのだが、その時点で時刻は夜の十時を過ぎていた。
これだけ根を詰めて働いていると、勉強の方にまで影響が出るかもしれない。
「Kahin, don’t work too hard. Please.」
お願いだから働き過ぎないで、と私が言っても、彼はこれくらい大丈夫の一点張り。
せめて早めに休息をとってほしいと思い、私は出来るだけ早く通話を切り上げた。
このままだと、そのうち倒れてしまうのではないか——と危惧する私のもとへ、今度は一通のメッセージが届く。
差出人はオリバーだった。
中を開けてみると、一枚の写真とともに『SUSHI!』と一言だけ書かれている。
写真には彼とレベッカとスコットがそれぞれ大口を開けて握り寿司を頬張ろうとしている瞬間が収められていた。
寿司は自分たちで作ったのだろうか。
楽しそうなその様子に、私も思わず笑みが溢れる。
『You guys are really close family.』
本当に仲の良い家族だね、と私は返信した。
すると数分と経たない内に、
『Do you get along with Kahin?』
そっちはカヒンと仲良くやってる? と返ってくる。
私は少し迷ってから、YESの旨を送った。
『Take care of him.』
彼のこと大事にしなよ、と少々生意気な返事があり、余計なお世話だと思いつつも、その言葉は今の私に重くのしかかった。
大事な人のことを大事にする。
そんな当たり前のことが、私にはできていない。
このままでは、彼を不幸にしてしまうだけだ。
(カヒンのために、いま私にできること……)
しばらく考え込んでから、やがて私は腹を括った。
再びスマホで通話アプリを呼び出し、すぐさまカヒンへ電話をかける。
「Misaki? What’ wrong?」
どうしたの、と彼の声が届く。
私は喉の奥が震えそうになるのを、唾を飲み込んで誤魔化しながら、極力明るい声で言った。
「Kahin, I want you to cancel the flight booking.」
飛行機の予約をキャンセルしてほしいの。
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