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第2章
飛鳥
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ああ、どうしていつもこうなのだろう……。
病院の階段をひとり降りながら、羽丘飛鳥は先ほどのやりとりを思い出していた。
今日もせっかく気合いを入れて見舞いに来たというのに、まさか初っ端からずっこけて羽丘をイライラさせてしまうなんて。
母から伝言も預かっていたのに、それを切り出すタイミングもなく、買ってきた土産のケーキも結局渡せずじまいで――
(あ、病室にケーキ忘れて来ちゃった……)
はた、と気付いたものの、今更どうしようもない。
この状況でもう一度あの部屋に入る勇気はないし、放置されたケーキを羽丘が勝手に食べてくれるとも思えない。
(ああーもう。私のバカ、バカ!)
情けなさと恥ずかしさとに打ちひしがれ、ほとんど無意識のうちにポカポカと頭を叩く。
いっそこのまま消えてしまいたい。
死にたいわけではないけれど、ほんのしばらくの間でいいから、己の存在をこの世から消し去ってしまいたい。
なんて、そんな都合のいい考えが通用するはずもなく。
無情にも背後からは人の声が届く。
「一人で何やってんの?」
「うひゃっ!?」
いきなりのことに、飛鳥は驚いて飛び上がり、勢いよく背後を振り返った。
そこにいたのは松葉杖をついた一人の少年だった。
自分と同じ、高校生くらいの出で立ち。
どこか血色の悪い肌とは裏腹に、やけに艶のある黒髪が美しい。
病衣を纏っているところを見ると、ここに入院している患者だろうか。
その顔には見覚えがある。
「あ、あなたは確か……さっき雲雀ちゃんと一緒にいた……」
「どうも」
少年は無表情のまま軽く会釈すると、手にした箱をずいっとこちらの目の前に差し出した。
「これ、さっき部屋に忘れてったでしょ」
「あっ、ケーキ……。わざわざ持って来てくれたんですか?」
すみません、と言って慌ててそれを受け取る。
どうやら羽丘の代わりにここまで追いかけて来てくれたらしい。
「それ、あいつのお見舞いだよね? 返すのも悪いかなって思ったんだけど、あの様子じゃ、あいつも受け取ってはくれなさそうだったからさ」
「あう……。そ、そうなんです。雲雀ちゃんに食べてもらおうと思ってたんですけど……」
言いながら、戻ってきた箱をそっと開けて中を確認してみる。
中にはショートケーキ……だったモノがまるで暴発でもしたかのようにぐちゃぐちゃになって、箱の内側にべっとりとこびりついていた。
もはや原型を留めていないそれを、少年も首を伸ばして覗き込む。
「……それ、ケーキだよね? さっきコケたときの衝撃、意外とすごかったんだ?」
どこか感心したように言う彼に、飛鳥は少しだけ訂正を入れた。
「その……、実はこれ、この病院に来るまでにも何度か落としちゃったんです。段差につまずいて転んだり、犬に吠えられてびっくりして落としちゃったりとかして」
「あ……そう」
少年は無表情のまま、しかしわずかに引きつった顔で相槌を打った。
あ、これはあきらかに引かれてるな、と飛鳥は思った。
「……す、すみません。こんな、お見苦しいところばかりお見せして……」
「いや、俺は別に……。それより、あいつとケンカでもしてるの?」
引かれてはいるが、話だけでも聞いてくれそうだ。
「えっと……はい。ケンカと言うよりは、私が一方的に嫌われていると言いますか。その、私はできることなら今すぐにでも仲直りがしたいのですが」
「うん。なんか、そんな感じかなって思った」
「あうう……」
どうやら初対面の人にすら見抜かれるほどの露骨な一方通行らしい。
ほんの少し前までは、こんなはずじゃなかったのに。
「君は、あいつの友達?」
と、今度は少年からそう聞かれて、飛鳥はちょっと考えてから答えた。
「友達、と言いますか……親戚ですね。従姉妹なんです」
「従姉妹?」
少しだけ意外そうな顔をした彼に、今度はこちらからも尋ねる。
「失礼ですが、あなたは? お友達ですか?」
「友達……というか、知り合い?」
なぜか疑問形で返される。
「お知り合い、ですか? その割にはずいぶんと仲が良さそうに見えましたが」
「そう? 別に普通だと思うけど」
「雲雀ちゃんはああ見えて、けっこう人見知りなところがあるので……。男の人と二人きりで話してるのも、ちょっと意外でしたから」
「ふうん……。君、あいつのことをよく知ってるんだね。なのに、なんでケンカなんかしたの?」
いきなり核心を突かれて、飛鳥は返答に詰まった。
思いのほか無遠慮に切り込まれて面食らったが、しかし、この少年からすればおそらく最も知りたい部分はそこだろうとも思う。
「私……雲雀ちゃんの心を傷つけてしまって……」
一体どこから話せばいいのか、と考えたとき、まず初めに確認しておかなければならないことに気づく。
「雲雀ちゃんの、両親のことはご存知ですか?」
「亡くなったって聞いたけど」
やはり、彼は知っているらしい。
羽丘の家庭の事情についてそれだけ知っている彼になら、少しくらい話しても大丈夫だろう。
「少し長くなるかもしれませんから、よかったら場所を変えましょうか」
階段で立ち話というのも何なので、二人はひとまず休憩所の方へ移動することにした。
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