6 / 42
第一章 白神健
道後温泉駅
しおりを挟むやがて列車がたどり着いたのは、街一番の名所――道後温泉駅だった。
ホームを出ると、ちょうど正面に幼稚園児の群れが見えた。
色鮮やかな帽子とリュックサックとが、遠足に来たことを告げている。
彼らの群がっているのはカラクリ時計の前だった。
時刻は午後二時を指したところで、時計台は和風の音楽とともにせり上がり、中から多くの人形が姿を現す。
「あっ……すごい。すごいですよ健様。時計の裏から女の人が出てきました。あっ、それに下からも、横からも――」
園児たちに混じって、凛が感嘆の声を上げた。
よほど嬉しかったのか、控えめではあるけれど、明らかにテンションが上がっている。
カラクリ時計に仕掛けられた人形たちは、これまた坊っちゃんの登場人物だった。
松山の街は何かと坊っちゃんにあやかっているところが多い。
「よかったら、そっちの商店街も見ていくか? 土産物屋がいっぱいあるんだ」
俺が聞くと、
「はい。見ますっ」
と、間髪入れず凛が返した。
心なしか、その瞳はキラキラと輝いて見える。
もはや坊っちゃんの虜となっているのだろう。
そんな彼女の姿が段々と可愛く思えてきて、俺は苦笑した。
まるで妹でもできたかのような気分だった。
(……俺も昔は、こんな風にはしゃいでいたのかな)
今となってはこの街の景観にも慣れてしまって、純粋に楽しむことはできなくなってしまったけれど。
でも、生前の母がここに連れて来てくれたときは、幼かった俺は無邪気にこの辺りを走り回っていたはずだ。
そのとき母は、一体どんな気持ちで俺のことを見つめていたのだろう……。
★
「温泉には寄らないのですか?」
西日が赤みを帯び、そろそろ帰ろうかという段になって、凛が言った。
もともとそのつもりのなかった俺は、ちょっと悩んだ。
別に寄っても良かったのだが、そろそろ『ギルバート様』が起きる時間かもしれない。
その旨を伝えると、途端に凛はハッとしたような顔をして、
「す、すみません。私……浮かれていました」
しゅんとした彼女の様子に、思わず苦笑した。
松山を観光するにあたり、一番の目玉となるのは道後温泉だ。
ここまで来たからには、やはり訪れておきたいスポットだろう。
けれど今は時間がない。
かといって、ただお預けというのもちょっと可哀想だったので、
「じゃあ、代わりに何か買って帰ろうか。そうだ、そこの団子はどうだ? あれなら小さいし、歩きながら食べられるだろ」
ある店の入口に、『坊っちゃん団子』と銘打たれた幟が立っていた。
それを何気なく指差したとき、俺は反射的に歩みを止めた。
「あ……」
幟の手前に、母が立っていた。
母は無言のまま、こちらを見つめていた。
その口元には微笑が浮かんでいるが、瞬きをしない目はまるで笑っていない。
ガラス玉のような冷たい二つの眼球が、静かに俺を射止めている。
周りを行き交う温泉客たちは、そんな母の存在に見向きもしない。
この世ならざる母の姿は、俺の目だけに映っているらしい。
「そこにいるのですか?」
俺の様子に、凛が察したらしい。
彼女もまた同じように、俺の視線の先を見る。
見えるのか、と俺が聞くと、彼女は頭を振った。
「私には見えません。けれど、きっとギルバート様なら」
彼にならきっと見えるのだと凛は言う。
俺は未だ半信半疑だった。
昼間は眠り、夜にだけ活動するというあの奇妙な子ども。
日中はほとんど会話すらできないはずなのに、そんな子どもに対して、なぜそこまでの信頼が生まれるのかはちょっと疑問だった。
けれど、俺をまっすぐに見返してくる凛の瞳には、強い光が宿っている。
『ギルバート様』を心から信じている――そんな思いを物語るような、揺るぎのない眼差しだった。
そのうち、前方にあった母の姿は再びどこかへと消えてしまった。
何とかその場はやり過ごせたのだと胸を撫で下ろし、俺は改めて凛を向き直る。
「凛は、信じているんだな。『ギルバート様』のこと」
「もちろんです。ギルバート様には先代の頃からお世話になっていますし、それに……私の命の半分は、ギルバート様のものですから」
「半分?」
「はい。……おかしいですか?」
きょとん、とした表情で聞かれて、俺は「いや……」と言葉に詰まった。
「えっと、なんていうか……。それだけ忠誠心があるのなら、半分と言わずに、身も心もすべて捧げてるのかと思ったからさ」
「半分ですよ。私たちは、命を分け合いましたから」
分け合った、という言葉の意味はよくわからなかった。
けれど、彼女が『ギルバート様』を信頼しているのは確かだった。
「健様。これを」
そう言って彼女が懐から取り出したのは、一見封筒のようなものだった。
長方形の白い型紙に、薄い和紙を巻いたものだ。
型紙の中央には赤い色で何かが点々と描かれていて、それが薄紙越しに透けて見えるのだが、ぼんやりとしてよくわからない。
赤い何かは不等間隔に散らばっていて、文字というよりは星座絵のようにも見える。
「これは『星札』。白神家の血を引く者だけが使うことのできる、秘伝の呪符です。きっと、あなたの助けになるでしょう」
そう言って、凛は手にしたそれを俺に差し出す。
御守りのようなものだろうか。
手渡されたそれをしばらく眺めてから、俺は改めて空を見上げた。
赤く染まった西の空。
もうじき、日が暮れる。
夜がくる。
祟り神との対決は、すぐそこまで迫っていた。
0
あなたにおすすめの小説
どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~
さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」
あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。
弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。
弟とは凄く仲が良いの!
それはそれはものすごく‥‥‥
「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」
そんな関係のあたしたち。
でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥
「うそっ! お腹が出て来てる!?」
お姉ちゃんの秘密の悩みです。
【完結】愛されたかった僕の人生
Kanade
BL
✯オメガバース
〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜
お見合いから一年半の交際を経て、結婚(番婚)をして3年。
今日も《夫》は帰らない。
《夫》には僕以外の『番』がいる。
ねぇ、どうしてなの?
一目惚れだって言ったじゃない。
愛してるって言ってくれたじゃないか。
ねぇ、僕はもう要らないの…?
独りで過ごす『発情期』は辛いよ…。
意味が分かると怖い話(解説付き)
彦彦炎
ホラー
一見普通のよくある話ですが、矛盾に気づけばゾッとするはずです
読みながら話に潜む違和感を探してみてください
最後に解説も載せていますので、是非読んでみてください
実話も混ざっております
ママと中学生の僕
キムラエス
大衆娯楽
「ママと僕」は、中学生編、高校生編、大学生編の3部作で、本編は中学生編になります。ママは子供の時に両親を事故で亡くしており、結婚後に夫を病気で失い、身内として残された僕に精神的に依存をするようになる。幼少期の「僕」はそのママの依存が嬉しく、素敵なママに甘える閉鎖的な生活を当たり前のことと考える。成長し、性に目覚め始めた中学生の「僕」は自分の性もママとの日常の中で処理すべきものと疑わず、ママも戸惑いながらもママに甘える「僕」に満足する。ママも僕もそうした行為が少なからず社会規範に反していることは理解しているが、ママとの甘美な繋がりは解消できずに戸惑いながらも続く「ママと中学生の僕」の営みを描いてみました。
【完結】知られてはいけない
ひなこ
ホラー
中学一年の女子・遠野莉々亜(とおの・りりあ)は、黒い封筒を開けたせいで仮想空間の学校へ閉じ込められる。
他にも中一から中三の男女十五人が同じように誘拐されて、現実世界に帰る一人になるために戦わなければならない。
登録させられた「あなたの大切なものは?」を、互いにバトルで当てあって相手の票を集めるデスゲーム。
勝ち残りと友情を天秤にかけて、ゲームは進んでいく。
一つ年上の男子・加川準(かがわ・じゅん)は敵か味方か?莉々亜は果たして、元の世界へ帰ることができるのか?
心理戦が飛び交う、四日間の戦いの物語。
(第二回きずな児童書大賞で奨励賞を受賞しました)
人生最後のときめきは貴方だった
中道舞夜
ライト文芸
初めての慣れない育児に奮闘する七海。しかし、夫・春樹から掛けられるのは「母親なんだから」「母親なのに」という心無い言葉。次第に追い詰められていくが、それでも「私は母親だから」と鼓舞する。
自分が母の役目を果たせれば幸せな家庭を築けるかもしれないと微かな希望を持っていたが、ある日、夫に県外へ異動の辞令。七海と子どもの意見を聞かずに単身赴任を選び旅立つ夫。
大好きな子どもたちのために「母」として生きることを決めた七海だが、ある男性の出会いが人生を大きく揺るがしていく。
女子切腹同好会
しんいち
ホラー
どこにでもいるような平凡な女の子である新瀬有香は、学校説明会で出会った超絶美人生徒会長に憧れて私立の女子高に入学した。そこで彼女を待っていたのは、オゾマシイ運命。彼女も決して正常とは言えない思考に染まってゆき、流されていってしまう…。
はたして、彼女の行き着く先は・・・。
この話は、切腹場面等、流血を含む残酷シーンがあります。御注意ください。
また・・・。登場人物は、だれもかれも皆、イカレテいます。イカレタ者どものイカレタ話です。決して、マネしてはいけません。
マネしてはいけないのですが……。案外、あなたの近くにも、似たような話があるのかも。
世の中には、知らなくて良いコト…知ってはいけないコト…が、存在するのですよ。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる