異邦人と祟られた一族

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第三章 若月涼

右京

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 彼の名前は右京うきょうさんといった。
 姓は結ちゃんと同じ白神という。

 家は兵庫県の姫路の方にあるみたいだけれど、今回は結ちゃんのお見舞いのためにわざわざ単身でここまで来たらしい。

「姫路……ということは、もしかして本家の方なんですか?」

 もしやと思って僕は尋ねた。
 姫路といえば、白神家の本家のある場所だ。

「へえ、知ってるんだ? 白神の話には疎そうだと思ったんだけどなあ」

 へへへ、と冗談っぽく笑いながら右京さんが言う。

 確かに彼の言う通り、僕は白神家についてあまり詳しくはない。
 というのも、五年前に両親が離婚したせいだ。
 母方に引き取られた僕と妹は『若月』の姓を名乗ることになり、『白神』の血を引く父とは離れ離れになった。

 母はことあるごとに『白神』を嫌悪していた。
 僕が少しでもその話題に触れようとすれば、途端に母は怯えた目で僕を見て、

 ――あんたも、白神の血を引いているのよね。

 まるで妖怪でも見るかのように、声を震わせて言った。

 だから、僕も出来る限りその話題は避けるようにしていた。
 今もこうして結ちゃんのお見舞いに行くのは母には内緒にしている。
 結ちゃんもまた、白神家の人間だから。





       ★





 海岸沿いの道を北へ進んでいくと、やがて目的の家が見えてきた。

 およそ一〇〇〇坪ほどある平らな土地に建てられた、古い日本家屋。
 もとは旅館として使われていたそうだけれど、今は廃業して、親戚家族が共同で暮らす場所となっている。

 重厚な門の前でインターホンを押すとお手伝いさんが出て、僕らを中へと案内してくれた。





「やあ、涼。いつもすまないね」

 通された五十畳ほどの広間でしばらく待っていると、伯父さんが一人でやってきた。
 その痩せた顔には疲労の色が滲んでいる。

 広間には畳が敷かれてあるだけで、客用の座布団以外には家具一つない。
 襖はすべて立て切られていて、部屋全体が薄暗かった。

 隣の部屋――奥座敷では結ちゃんが眠っているはずだけれど、その入口の襖は固く閉ざされていた。
 襖の表面にはおびただしい数の呪符が貼られており、まるで物の怪の類でも封印されているかのような印象を受ける。

 ずっと、この状態のままだ。
 結ちゃんが倒れた日から、彼女はずっとこの奥で眠っている。

「……せっかく来てくれたのに申し訳ないが、今日もこの通り、結との面会は難しい。よければここで祈祷を捧げてくれないか」

「……はい」

 伯父さんに言われると、僕は頷くしかなかった。

 ここまで来て会えないというのは残念だったけれど、かといって無理に面会を申し込むこともできない。
 結ちゃんは祟り神に憑かれているかもしれない――なら、もしもここで下手な行動を取れば、彼女の身体にさらなる悪影響を与えてしまうかもしれない。

 けれど、素直に引き下がろうとした僕の隣で、

「えっ、ここまで来ておあずけ? そりゃあないでしょー」

 と、おどけたような口調で右京さんが言った。

「う、右京さん……」

 さすがにその態度はまずいだろうと、僕は牽制した。
 けれど彼は素知らぬ顔で、いつのまにか取り出したガラケーでゲームを始めている。

 伯父さんは明らかに気分を害した様子で、

「失礼だが、そちらの方はどなただったかな。涼の連れだというのでここへ通したが、我々とは面識がないようだ」

「ええ? こんなハンサムを忘れちゃったの? 薄情だなあ」

 右京さんは手元に目を落としたまま、くつくつと喉の奥で笑った。

「……失敬。どこかでお会いしたかな」

 伯父さんは訝しげな目を向ける。
 それから、右京さんの左目の下にある泣きボクロを見つけると、

「そのホクロは、星の形をしているようだ。祟られた印があるということは、君もまた白神家の人間だとは思うが……」

 やはり思い出せない、といった様子で首を捻る。

 祟られた印……というのは、一体どういう意味だろう?

「まあ、俺が誰だかわからなくても仕方ないよねえ。前に会ったときとは『器』が変わっているんだから」

 そんな不可解な言葉を右京さんが口にしたとき、

「器……?」

 伯父さんの表情が、わずかに強張った。
 何か心当たりがあったのかもしれない。

「そんな警戒しないでよ。別に手荒な真似をするつもりはないんだ。ただちょっと、祟りの真相について聞きたくてね」

 言いながら、右京さんはやっと顔を上げた。
 伏し目がちになっていた瞳が、伯父さんの方へとまっすぐに向けられる。

「……その瞳の色、まさか」

 今度こそ何かを確信したらしい伯父さんの前で、右京さんは自身の襟元を掴むと、それをおもむろに右側へと開けさせた。

 そうして露わになった彼の白い肩には、ちょうど手のひらほどの大きさの痣があった。
 それは歪ではあるが、星の形だといえなくもない。

 伯父さんは驚愕の表情を浮かべて、

「結と同じ場所に、呪いの痣? やはりあなたは……」

 何かを言いかけた、その瞬間。
 部屋を囲んでいた数十枚の襖が、一斉に音を立てて開かれた。

「ギルバート様!!」

 開け放された襖の外側から、大勢の声がその名を呼んだ。

 僕は驚いて辺りを見回す。

 部屋の周りを埋め尽くしていたのは、この家に住む親戚たちだった。
 普段はひっそりとして、広い屋敷内のどこにいるのかわからなかったけれど。
 今はいつのまにか集結して、この部屋を監視していたらしい。

 彼らは誰からともなく膝から崩れ落ちるようにして、皆がその場に跪いた。

 僕は一体何が起こったのかわからずに固まっていた。

「……やはり、ギルバート様……」

 伯父さんは掠れた声でそう呟くと、他の人たちと同じように膝をつき、

「お許しください、ギルバート様!」

 頭を垂れ、両手を着き、叫ぶように言った。

「どうか、どうかお許しを。私はただ、この家を護りたかっただけなのです。家を護るためにはあの子を――……結を生かしておくわけにはいかなかった」

「!」

 その告白に、僕は言いようのない衝撃を受けた。

 結ちゃんを、生かしておくわけにはいかなかった……?

 どういう意味だろう。

 今この場で一体何が起こっているのかはわからないけれど。
 それでも、結ちゃんに何か良からぬことがあったのは確かだった。
 
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