異邦人と祟られた一族

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第三章 若月涼

出雲大社

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 正面。
 一瞬前までは何もなかったはずの空間に、どこからともなく鳥居が現れた。

 木造の、大きな鳥居だった。
 その斜め手前には石碑が立ち、表面には『出雲大社』と彫られている。

「出雲大社ね。まあ、そうだろうな」

 予想通りといわんばかりに右京さんが言った。

 突如として現れた神社への入口。
 その景色は一時的に映し出された幻などではなく、明らかな質量を持ってそこに存在していた。
 依然として辺りは霧に包まれているものの、鳥居の向こう側には確かな奥行きが感じられる。

「この中に結ちゃんがいるの?」

 恐る恐る尋ねる僕に対し、右京さんは余裕のある笑みを浮かべて、

「さあ。それは入ってみなきゃわからない」

 そう、どこか楽しんでいるかのように答えた。

 そんな彼の様子を見て、僕は考える。

「? どうかしたのか?」

 黙ったままの僕に、右京さんが聞いた。

「……右京さんは、全部知ってるんじゃないの?」

「? 知ってるって、何を?」

 とぼける右京さんに、僕は疑いの目を向ける。

「何って、何もかもだよ。本当はもう全部わかってるんじゃないの? さっき伯父さんが言ってたよね、右京さんの予言は確実だって。……それって、結ちゃんがこうなることも、これから僕らがどうなるのかも、初めから全部知ってたってことじゃないの?」

「あー……うん」

 右京さんはちょっと考えてから、やがて「ふふん」と鼻を鳴らして言った。

「まあね。この天才占い師・白神右京様の手にかかれば、未来予想なんてお手の物。どんな予言も百発百中だからねえ」

「じゃあ、右京さんは本当に……三百年も前からずっと生き続けているってこと?」

 そんなはずはないと思いつつも、僕は尋ねた。

 伯父さんの言っていたことが本当なら、右京さんは三百年も昔から、結ちゃんの祟りを予期していたことになる。

「うーん、ちょっと語弊があるな。三百年前に予言したのはあくまでも『ギルバート』であって、俺じゃない。俺はただの生まれ変わりだからな」

「生まれ変わり?」

 なんだか複雑そうな話に、僕は無意識のうちに眉根を寄せる。

「そう、生まれ変わり。『ギルバート』は二十年に一度、転生するんだ。俺もあと二年足らずで転生の儀式を迎える」

「転生って……一度死んで生まれ変わるってこと? そんなことが、本当にできるの?」

「本家に来ればわかることさ」

 その言葉を耳にして、僕は黙った。
 本家に行くかどうかの選択は、まだ揺らいだままだったから。

「ま、それより今は先を急ごう。あまりもたもたしてると、もとの世界に帰れなくなるからねえ」

 そう右京さんが言って、僕らは歩き出した。

 鳥居の先にはまっすぐな道が伸びていた。幅の広い、石畳の一本道。
 それを囲むようにして立つ両脇の木々が、闇を一層深めているように見える。

「……なあ、涼。お前は、結ちゃんを殺せるか?」

「えっ?」

 出し抜けに右京さんが言って、僕は面食らった。

「殺すって、なんでそんなこと……」

 いきなり物騒な質問をされて、僕は戸惑いを隠せなかった。

 対する右京さんは変わらない調子で言う。

「俺たちがもとの世界に帰るためには、こっちの世界――『黄泉の国』で一度死ぬ必要がある。結ちゃんを無事に連れて帰るためには、彼女も一度ここで殺さなきゃいけないんだ」

 淡々と紡がれる右京さんの言葉を、僕は簡単に飲み込むことができなかった。

 結ちゃんを殺す、だなんて。
 いきなり言われても、はいそうですかと頷くことはできない。

「……それしか方法はないの?」

 縋るような気持ちで聞くと、

「ないな」

 と一蹴される。
 嘘を吐いているようには見えない。

 僕は頭を抱えた。

 けれどこのまま悩んでいても仕方がない。
 ぐずぐずしていると、もとの世界へ帰れなくなってしまう。

「できるか? 涼」

 右京さんがもう一度聞く。

 僕は思案した末、

「……できます」

 小さく息を吸ってから、答えた。
 緊張のせいか、無意識のうちに敬語に戻っていた。

「それしか方法がないのなら、僕は……結ちゃんを殺してみせる。一緒に生きて帰るために」

 それを聞いた右京さんは、「うんうん」と満足げに笑って頷いた。

「いいねえ、お前さんのそういうところ。俺は嫌いじゃないぞ」

「そういうところ?」

「目的のためなら何だってするところさ」

 それは褒められているのか、そうでないのか、僕には判断がつかなかった。

「だって、それしか方法がないんでしょ? だったらそうするしかないんじゃないの?」

「そこで腹をくくれる奴と、くくれない奴とがいるんだよ」

 ここで腹をくくらなければ、結ちゃんを連れて帰ることはできない。
 それはつまり、彼女の本当の死を意味する。

 彼女を永遠に失ってしまうくらいなら、僕は、僕にできる精一杯のことをしたいと思っただけだった。





       ★





 ほの暗い参道は長く、まっすぐに伸びている。

 すでに結構な距離を歩いてきたけれど、境内はこんなにも広かっただろうか。

 いつまで経っても果ては見えず、このままどこまでも続いていくのではないか――なんて不安に思い始めたとき、

「あ……」

 不意に、妙な『気』を感じた。

「どうした、涼?」

「あっち。……結ちゃんが呼んでる気がする」

 その方角は、道から少し右に逸れていた。
 予感めいたものに従ってそちらへ足を向けると、奥には池があった。

 池の上には木造の橋が架かっている。

 僕が何の迷いもなくその橋の上へと足を乗せたとき、後ろを歩いていた右京さんはふと立ち止まって言った。

「ここで一旦お別れだ、涼」
「え?」

 予想外の言葉に、僕は慌てて振り返った。

「何を言ってるの右京さん。一緒に結ちゃんを助けに行くんでしょ?」

「行ってもいい。けれど俺が無理やり結ちゃんを連れ帰ったところで、結ちゃんの魂はきっと納得しないだろう。あの子の心を動かすことができるのは、涼、お前だけなんだから」

「僕が?」

「祟り神は、心の闇から生まれるものだ。結ちゃんの心が納得しなければ、彼女の祟り神を祓うことはできない」

 右京さんの言っていることは、何となくはわかる。

 結ちゃんを無事に連れて帰ることができるのは僕だけ――それは名誉なことなのだけれど、

「でも、だからってわざわざここで別れる必要なんて――」

「だーいじょうぶだって。お前なら一人でもちゃんと出来るさ。相手はか弱い女の子なんだから。殺すのは簡単だよ」

 そう物騒なことをさらりと言ってのける右京さんを前に、僕はますます怖気づいていた。

「そんな。殺すって言ったって、どうすればいいのかわからないよ」

 思わず声が上擦ってしまう。

 結ちゃんを助けたい――その一心で、虚勢を張ってここまで来た。
 けれど本当は、怖くて仕方がない。

 震えそうになる足をなんとか立たせてここまでやってきたのに、それをいよいよ正念場という段になって、いきなり一人でがんばれだなんて。

「一緒に来てよ、右京さん。お願いだから」

 僕は縋るように手を伸ばす。

 けれどその手が届くより先に、右京さんもまた僕と同じように、こちらへ勢いよく手を伸ばした。
 張り手のような彼のそれは、僕の胸を突き飛ばした。

「うわっ……」

 身体のバランスを崩した僕は、後ろへ大きく仰け反る。
 そのまま背中から倒れようとした、そのとき。

 複数の鋭い影が、右京さんの身体を貫いた。

「――……ッ!」

 一瞬のことだった。

 僕の後方から飛んできた四本の矢が、右京さんの胸を直撃していた。

「右京さんッ!」

 尻餅をつく僕の前で、右京さんは口から血を吐き、そのまま背中側へと大の字に倒れた。
 
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