22 / 42
第三章 若月涼
出雲大社
しおりを挟む正面。
一瞬前までは何もなかったはずの空間に、どこからともなく鳥居が現れた。
木造の、大きな鳥居だった。
その斜め手前には石碑が立ち、表面には『出雲大社』と彫られている。
「出雲大社ね。まあ、そうだろうな」
予想通りといわんばかりに右京さんが言った。
突如として現れた神社への入口。
その景色は一時的に映し出された幻などではなく、明らかな質量を持ってそこに存在していた。
依然として辺りは霧に包まれているものの、鳥居の向こう側には確かな奥行きが感じられる。
「この中に結ちゃんがいるの?」
恐る恐る尋ねる僕に対し、右京さんは余裕のある笑みを浮かべて、
「さあ。それは入ってみなきゃわからない」
そう、どこか楽しんでいるかのように答えた。
そんな彼の様子を見て、僕は考える。
「? どうかしたのか?」
黙ったままの僕に、右京さんが聞いた。
「……右京さんは、全部知ってるんじゃないの?」
「? 知ってるって、何を?」
とぼける右京さんに、僕は疑いの目を向ける。
「何って、何もかもだよ。本当はもう全部わかってるんじゃないの? さっき伯父さんが言ってたよね、右京さんの予言は確実だって。……それって、結ちゃんがこうなることも、これから僕らがどうなるのかも、初めから全部知ってたってことじゃないの?」
「あー……うん」
右京さんはちょっと考えてから、やがて「ふふん」と鼻を鳴らして言った。
「まあね。この天才占い師・白神右京様の手にかかれば、未来予想なんてお手の物。どんな予言も百発百中だからねえ」
「じゃあ、右京さんは本当に……三百年も前からずっと生き続けているってこと?」
そんなはずはないと思いつつも、僕は尋ねた。
伯父さんの言っていたことが本当なら、右京さんは三百年も昔から、結ちゃんの祟りを予期していたことになる。
「うーん、ちょっと語弊があるな。三百年前に予言したのはあくまでも『ギルバート』であって、俺じゃない。俺はただの生まれ変わりだからな」
「生まれ変わり?」
なんだか複雑そうな話に、僕は無意識のうちに眉根を寄せる。
「そう、生まれ変わり。『ギルバート』は二十年に一度、転生するんだ。俺もあと二年足らずで転生の儀式を迎える」
「転生って……一度死んで生まれ変わるってこと? そんなことが、本当にできるの?」
「本家に来ればわかることさ」
その言葉を耳にして、僕は黙った。
本家に行くかどうかの選択は、まだ揺らいだままだったから。
「ま、それより今は先を急ごう。あまりもたもたしてると、もとの世界に帰れなくなるからねえ」
そう右京さんが言って、僕らは歩き出した。
鳥居の先にはまっすぐな道が伸びていた。幅の広い、石畳の一本道。
それを囲むようにして立つ両脇の木々が、闇を一層深めているように見える。
「……なあ、涼。お前は、結ちゃんを殺せるか?」
「えっ?」
出し抜けに右京さんが言って、僕は面食らった。
「殺すって、なんでそんなこと……」
いきなり物騒な質問をされて、僕は戸惑いを隠せなかった。
対する右京さんは変わらない調子で言う。
「俺たちがもとの世界に帰るためには、こっちの世界――『黄泉の国』で一度死ぬ必要がある。結ちゃんを無事に連れて帰るためには、彼女も一度ここで殺さなきゃいけないんだ」
淡々と紡がれる右京さんの言葉を、僕は簡単に飲み込むことができなかった。
結ちゃんを殺す、だなんて。
いきなり言われても、はいそうですかと頷くことはできない。
「……それしか方法はないの?」
縋るような気持ちで聞くと、
「ないな」
と一蹴される。
嘘を吐いているようには見えない。
僕は頭を抱えた。
けれどこのまま悩んでいても仕方がない。
ぐずぐずしていると、もとの世界へ帰れなくなってしまう。
「できるか? 涼」
右京さんがもう一度聞く。
僕は思案した末、
「……できます」
小さく息を吸ってから、答えた。
緊張のせいか、無意識のうちに敬語に戻っていた。
「それしか方法がないのなら、僕は……結ちゃんを殺してみせる。一緒に生きて帰るために」
それを聞いた右京さんは、「うんうん」と満足げに笑って頷いた。
「いいねえ、お前さんのそういうところ。俺は嫌いじゃないぞ」
「そういうところ?」
「目的のためなら何だってするところさ」
それは褒められているのか、そうでないのか、僕には判断がつかなかった。
「だって、それしか方法がないんでしょ? だったらそうするしかないんじゃないの?」
「そこで腹をくくれる奴と、くくれない奴とがいるんだよ」
ここで腹をくくらなければ、結ちゃんを連れて帰ることはできない。
それはつまり、彼女の本当の死を意味する。
彼女を永遠に失ってしまうくらいなら、僕は、僕にできる精一杯のことをしたいと思っただけだった。
★
ほの暗い参道は長く、まっすぐに伸びている。
すでに結構な距離を歩いてきたけれど、境内はこんなにも広かっただろうか。
いつまで経っても果ては見えず、このままどこまでも続いていくのではないか――なんて不安に思い始めたとき、
「あ……」
不意に、妙な『気』を感じた。
「どうした、涼?」
「あっち。……結ちゃんが呼んでる気がする」
その方角は、道から少し右に逸れていた。
予感めいたものに従ってそちらへ足を向けると、奥には池があった。
池の上には木造の橋が架かっている。
僕が何の迷いもなくその橋の上へと足を乗せたとき、後ろを歩いていた右京さんはふと立ち止まって言った。
「ここで一旦お別れだ、涼」
「え?」
予想外の言葉に、僕は慌てて振り返った。
「何を言ってるの右京さん。一緒に結ちゃんを助けに行くんでしょ?」
「行ってもいい。けれど俺が無理やり結ちゃんを連れ帰ったところで、結ちゃんの魂はきっと納得しないだろう。あの子の心を動かすことができるのは、涼、お前だけなんだから」
「僕が?」
「祟り神は、心の闇から生まれるものだ。結ちゃんの心が納得しなければ、彼女の祟り神を祓うことはできない」
右京さんの言っていることは、何となくはわかる。
結ちゃんを無事に連れて帰ることができるのは僕だけ――それは名誉なことなのだけれど、
「でも、だからってわざわざここで別れる必要なんて――」
「だーいじょうぶだって。お前なら一人でもちゃんと出来るさ。相手はか弱い女の子なんだから。殺すのは簡単だよ」
そう物騒なことをさらりと言ってのける右京さんを前に、僕はますます怖気づいていた。
「そんな。殺すって言ったって、どうすればいいのかわからないよ」
思わず声が上擦ってしまう。
結ちゃんを助けたい――その一心で、虚勢を張ってここまで来た。
けれど本当は、怖くて仕方がない。
震えそうになる足をなんとか立たせてここまでやってきたのに、それをいよいよ正念場という段になって、いきなり一人でがんばれだなんて。
「一緒に来てよ、右京さん。お願いだから」
僕は縋るように手を伸ばす。
けれどその手が届くより先に、右京さんもまた僕と同じように、こちらへ勢いよく手を伸ばした。
張り手のような彼のそれは、僕の胸を突き飛ばした。
「うわっ……」
身体のバランスを崩した僕は、後ろへ大きく仰け反る。
そのまま背中から倒れようとした、そのとき。
複数の鋭い影が、右京さんの身体を貫いた。
「――……ッ!」
一瞬のことだった。
僕の後方から飛んできた四本の矢が、右京さんの胸を直撃していた。
「右京さんッ!」
尻餅をつく僕の前で、右京さんは口から血を吐き、そのまま背中側へと大の字に倒れた。
0
あなたにおすすめの小説
どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~
さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」
あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。
弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。
弟とは凄く仲が良いの!
それはそれはものすごく‥‥‥
「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」
そんな関係のあたしたち。
でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥
「うそっ! お腹が出て来てる!?」
お姉ちゃんの秘密の悩みです。
【完結】愛されたかった僕の人生
Kanade
BL
✯オメガバース
〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜
お見合いから一年半の交際を経て、結婚(番婚)をして3年。
今日も《夫》は帰らない。
《夫》には僕以外の『番』がいる。
ねぇ、どうしてなの?
一目惚れだって言ったじゃない。
愛してるって言ってくれたじゃないか。
ねぇ、僕はもう要らないの…?
独りで過ごす『発情期』は辛いよ…。
意味が分かると怖い話(解説付き)
彦彦炎
ホラー
一見普通のよくある話ですが、矛盾に気づけばゾッとするはずです
読みながら話に潜む違和感を探してみてください
最後に解説も載せていますので、是非読んでみてください
実話も混ざっております
ママと中学生の僕
キムラエス
大衆娯楽
「ママと僕」は、中学生編、高校生編、大学生編の3部作で、本編は中学生編になります。ママは子供の時に両親を事故で亡くしており、結婚後に夫を病気で失い、身内として残された僕に精神的に依存をするようになる。幼少期の「僕」はそのママの依存が嬉しく、素敵なママに甘える閉鎖的な生活を当たり前のことと考える。成長し、性に目覚め始めた中学生の「僕」は自分の性もママとの日常の中で処理すべきものと疑わず、ママも戸惑いながらもママに甘える「僕」に満足する。ママも僕もそうした行為が少なからず社会規範に反していることは理解しているが、ママとの甘美な繋がりは解消できずに戸惑いながらも続く「ママと中学生の僕」の営みを描いてみました。
【完結】知られてはいけない
ひなこ
ホラー
中学一年の女子・遠野莉々亜(とおの・りりあ)は、黒い封筒を開けたせいで仮想空間の学校へ閉じ込められる。
他にも中一から中三の男女十五人が同じように誘拐されて、現実世界に帰る一人になるために戦わなければならない。
登録させられた「あなたの大切なものは?」を、互いにバトルで当てあって相手の票を集めるデスゲーム。
勝ち残りと友情を天秤にかけて、ゲームは進んでいく。
一つ年上の男子・加川準(かがわ・じゅん)は敵か味方か?莉々亜は果たして、元の世界へ帰ることができるのか?
心理戦が飛び交う、四日間の戦いの物語。
(第二回きずな児童書大賞で奨励賞を受賞しました)
人生最後のときめきは貴方だった
中道舞夜
ライト文芸
初めての慣れない育児に奮闘する七海。しかし、夫・春樹から掛けられるのは「母親なんだから」「母親なのに」という心無い言葉。次第に追い詰められていくが、それでも「私は母親だから」と鼓舞する。
自分が母の役目を果たせれば幸せな家庭を築けるかもしれないと微かな希望を持っていたが、ある日、夫に県外へ異動の辞令。七海と子どもの意見を聞かずに単身赴任を選び旅立つ夫。
大好きな子どもたちのために「母」として生きることを決めた七海だが、ある男性の出会いが人生を大きく揺るがしていく。
女子切腹同好会
しんいち
ホラー
どこにでもいるような平凡な女の子である新瀬有香は、学校説明会で出会った超絶美人生徒会長に憧れて私立の女子高に入学した。そこで彼女を待っていたのは、オゾマシイ運命。彼女も決して正常とは言えない思考に染まってゆき、流されていってしまう…。
はたして、彼女の行き着く先は・・・。
この話は、切腹場面等、流血を含む残酷シーンがあります。御注意ください。
また・・・。登場人物は、だれもかれも皆、イカレテいます。イカレタ者どものイカレタ話です。決して、マネしてはいけません。
マネしてはいけないのですが……。案外、あなたの近くにも、似たような話があるのかも。
世の中には、知らなくて良いコト…知ってはいけないコト…が、存在するのですよ。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる