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第3章

本当の魔法使い

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「その人は僕と違って、見返りを求めたりしない。自分にとっての利益など考えもしない。ただ誰かのことを思って、その人のためだけに魔法を使う。……むしろ、自分が魔法を使っていることにさえ気づいていないのかもしれない」

 魔法を使っていることにさえ、気づいていない。

 予想外の言葉に、私は首を傾げた。

「それって、なんだか変じゃないですか? 自分でも気づかないってことは、それが魔法かどうかも怪しいっていうか……」

 それが魔法であることを、誰も証明することはできない。

 それは果たして『魔法』なのだろうか?

「『魔法』という言い方をするから、違和感があるのかもしれないね。あれはもはや魔法じゃない。あれは魔法を超越した現象――『奇跡』だよ」

「奇跡?」

「そう」

 新しい言葉に言い換えられて、私はそれをどう受け止めるべきか悩んだ。

 奇跡と魔法は、似て非なるもの……らしい。
 その二つに対して、まもりさんは一体どんな違いを感じているのだろう?

 私がいまいちピンとこないでいると、彼は今度はおもむろに、自らの左腕の袖を捲り始めた。
 店の制服である白いシャツの下からは、彼の華奢な腕が姿を現す。

 そこで私は、目を見張った。

 彼の左腕の表面には、切り傷や打撲の痕のような、おびただしい数の古傷が残っていた。
 中には私にも見覚えのある、比較的新しい傷も含まれている。
 それらは紛うことなく、彼の魔法の代償によるものだった。

 まもりさんはその傷跡に目を向けながら、

「これは、僕が『偽りの魔法使い』である証だよ」

 と、どこか覇気のない声で言った。

「僕は……魔法というのは本来、誰かを幸せにするために存在するものだと思う。そして、それを自分の都合のために使おうとすると、こんな風に天罰が下る。……けれど、もしも何の意図もなく、突発的に、無意識のうちに使った場合はどうなると思う? 自分でも気づかないうちに不思議な力が働いて、不思議なことが起こる。それって、奇跡だと思わない?」

「あ……」

 そこまで聞いたとき、私はやっと彼の言う『奇跡』の意味を理解したような気がした。

 まもりさんはシャツの袖を元に戻すと、わずかに視線を下げ、どこか寂しげな笑みを浮かべて言った。

「僕がここで待っているのは、そんな『奇跡』を起こした人なんだよ。穢れのない心で、人のために無償の愛を捧げられる、そんな人だった。……もう、顔も覚えていないけれど。それでも僕は、もう一度その人に会いたい。もう一度会うために僕は、ここでずっと待ち続ける。ここに来てくれるかどうかは、わからないけれど」

 そう彼が言い終えたとき、窓を打ちつける雨の音が急に激しさを増した。

 容赦なく降り注ぐ雨の音だけが、静寂を保つ店内に響いている。
 その寂しげな風景は、まるで彼の心を表しているかのように、私には見えた。

 彼がこんなにも寂しい思いをしているのに、私は何もできない。
 何もしてあげられない――そう思うと、悔しくて、悲しくて、段々と目頭の奥が熱くなって、鼻の奥がつんとする。

 私が泣いたって仕方がないのに。

 彼の姿を見ていると、相変わらず泣き虫な私は、込み上げる涙を抑えることができなかった。

 
 
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