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第3章
思いの行方
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結局、いのりちゃんと仲直りができないまま、終業式の日がやってきた。
長かった梅雨は明け、明日から夏休みがやってくる。
手渡された通知表は、五段階評価でやたらと『3』と『4』とが多かった。
その中途半端な数字を見ていると、まるで今の自分のあやふやな立ち位置が成績にも反映されているような気がしてならない。
結局、いのりちゃんとは距離を置いたまま。
まもりさんとの交流も中途半端に続いている。
このまま夏休みに入ったら、私はどんな風に毎日を過ごせばいいのだろう?
まもりさんに記憶のことを黙ったまま、何も知らないフリをしてあの店を訪れてもいいのだろうか。
――僕の会いたいと思っているその人は、正真正銘の『本当の魔法使い』だったんだよ。
まもりさんが言っていた。
彼があの店で待っているのは、本当の魔法使いだと。
それが事実なら、彼が待っている相手は私ではないということになる。
前に流星さんが口にした予想は、見事に外れてしまったということだ。
なら、まもりさんが待っているのはやはり、いのりちゃんなのだろうか。
彼女が魔法使いだという話は聞いたことがないけれど、それは私が忘れているだけなのかもしれない。
彼女をあの店に連れていけば、まもりさんの心は救われるのだろうか?
でも。
――まもりが記憶を消したのは、いのりの心を守るためだったんじゃないかって思ってる。
流星さんが言っていた。
彼らが記憶を失くしたのは、いのりちゃんのためを思ってまもりさんが選択したこと。
それを第三者である私が横からどうこうしようとするのは、おこがましいことではないのか?
そもそもあの二人を会わせたところで、お互いの記憶がすぐに戻るとは思えない。
私が余計な真似をすることで、結果的にはまた二人を傷つけてしまうかもしれない。
(私は、どうすればいいんだろう?)
いのりちゃんと、まもりさん。
二人がいま苦しんでいるのは、きっと心のどこかに不安や後悔の念があるからだ。
それは失われたはずの記憶が、断片的に残っているせいなのかもしれない。
(……どうして、残っているんだろう?)
ふと、疑問に思った。
まもりさんは今まで、魔法で何度も人の記憶を消してきた。
そのせいで、彼自身もたくさんの記憶を失ってきたという。
でも、彼らの心には記憶の断片が残っている。
すべてを忘れてしまえば楽になれるのかもしれないのに、彼らの心はそうはならない。
それは、まもりさんの魔法が『未熟』なせいなのか?
いや。
もしかすると。
(いのりちゃんも、まもりさんも、本当は……)
忘れたくない――と、無意識のうちに思っているのではないだろうか。
たとえ記憶が曖昧になっても、心の奥底に留まり続けるもの。
それは、彼らにとって『絶対に忘れたくない記憶』なのではないか?
たとえどんなにつらい記憶だったとしても、彼らは心のどこかでそれを覚えていたいと願っているのかもしれない。
悲しみも、後悔も、すべて。
といっても、実際のところはわからない。
記憶の断片が残っているのはただの偶然で、そこに深い意味はないのかもしれない。
でも。
このままずっと思い出せないでいると、きっと二人は永遠に苦しみ続けることになる。
(なら、いま私にできることは……)
いま、私にできること。
二人の苦しみを、少しでもやわらげること。
このまま何もしなければ、現状はきっと変わらない。
曖昧な記憶に心を揺さぶられ、不安を抱えたまま二人は生きていかなければならない。
なら、いっそ。
彼らは思い出すべきなのかもしれない。
そして私は、彼らが記憶を取り戻すための、架け橋になるべきなのかもしれない。
この先、まもりさんが何度記憶を消すことになったとしても。
私は、二人に真実を伝えるべきなのかもしれない。
たとえどれだけ彼らの心を傷つけることになっても、それが本当の意味で彼らのためになるのなら。
私は何度だって、彼らの架け橋になりたい――。
「!」
と、そのとき。
スマホのバイブが鳴った。
見ると、画面には『まもり』の文字が表示されている。
(まもりさん……?)
SNSでのメッセージだった。
彼の方から連絡してくるのは珍しい。
私は少しだけ不安になりながらも、恐る恐るメッセージを開く。
するとそこには、
「え……?」
たった一言だけ、短い挨拶が綴られていた。
『さよなら。今までありがとう』
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