あばらやカフェの魔法使い

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第3章

違和感

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「――……絵馬ちゃん!」

「!」

 いきなり名前を呼ばれて、私は我に返った。

 声のした方を見ると、教室の後方にある扉の所から、一人の女の子が手を振っていた。
 長いポニーテールに、ほんのりと吊り上がった大きな目。

 いのりちゃんだった。
 彼女はすでに帰り支度を終えた様子で、廊下側から私のことを手招きする。

「なにボーっとしてるの。もう終礼はとっくに終わってるよ。早く帰ろ!」
「えっ……」

 そう言われて初めて、私は周囲を見渡した。

 教室に残っていたのは、すでに私一人だけだった。

(あれ……?)

 どうやら彼女の言うように、ボーっとしてしまっていたらしい。
 手にしていたスマホに目を落とすと、SNSのトーク画面に『メンバーがいません』と表示されている。
 誤って迷惑アカウントのメッセージでも開いてしまったのだろうか。

「ほら絵馬ちゃん。早くしないと置いてっちゃうよ!」

 なおも廊下の方からいのりちゃんの声が届く。

 私は手にしたスマホをすぐさまカバンに詰めると、慌てて教室を出た。

「もう。どうしちゃったの? もしかして寝てた?」

 いのりちゃんは可笑しそうに笑って言った。

 恥ずかしい。
 クラスメイトが全員退室したというのに、私は今の今まで全く気づいていなかったのだ。

(私、どうしちゃったんだろう……?)

 なんだかふわふわとする。
 何だろう。
 ついさっきまで、何か別のことを考えていたような気がするけれど……。

「ねえ。帰りにさ、駅前のパンケーキ食べていかない? 期間限定メニューが今日までなんだって」

 いのりちゃんが言った。

 駅前のパンケーキは、二人でよく行くお店だった。
 そこのパンケーキは甘さが控えめで、やわらかな生地が絶妙に美味しいのだ。
 私は二つ返事で快諾する。

「それじゃあ決まり! 売り切れる前に早く行こっ」

 いのりちゃんは嬉しそうに言いながら、私の手を引いて歩き出す。

 いつもの彼女だ。
 元気で明るくて、いつも私と仲良くしてくれる。

 でも。

「…………?」

 いつもの風景のはずなのに、何か違和感があった。

「? どうしたの、絵馬ちゃん。なんだか元気ないね?」

 妙に口数の少ない私の様子に、いのりちゃんは首を傾げた。

「いのりちゃん。私……いのりちゃんと、ケンカしたりしなかったっけ?」
「え?」

 私の問いかけに、彼女は目をぱちくりとさせて、

「なに言ってるの。私と絵馬ちゃんがケンカするわけないでしょ?」

 と、笑い飛ばすようにして言った。

「そ、そうだよね……。ごめんね、急に変なこと言って」

 本当に、どうしてそんなことを言い出したのだろう、私は。

 なんだか頭がぼんやりとする。
 何か大事なことを忘れているような気がするけれど、思い出せない。

 学校の帰りに、私はどこかへ寄る予定がなかっただろうか?

「ああ、そうそう」

 不意に、いのりちゃんが思い出したように言った。

「帰りにさ、テイクアウトの分も一つ頼むの覚えてて。今日はパパが久々に出張から帰ってくるの」

 言われて、うんわかった――と頷きかけたとき、私はふと、何かを思い出しそうになった。

「一つだけでいいの?」

 思わず、そんなことを口走っていた。
 自分でも、どうしてそんなことを言い出したのかはわからない。

 いのりちゃんは不思議そうな顔をして、そして当たり前のように言った。

「一つで十分だよ。パパはそんな大食いじゃないし……それに私、兄弟もいないからね」

 
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