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第4章
奇跡
しおりを挟む(それから……なんだっけ?)
もっとたくさんの思い出があったはずなのに、私はそれ以上思い出すことができなかった。
大切な思い出を、そのほとんどを忘れてしまった。
そして、それはもう二度と取り戻すことはできない。
そのことを改めて思い知ったとき、胸を締め付けていた思いがついに堰き止められなくなって。
気づいたときには私の頬を、一筋の涙が伝っていた。
「…………」
まもりさんは黙ったまま、心配そうに私のことを見つめていた。
そして、
「君は……――」
その後に続けられた彼の言葉に、私は思わず耳を疑った。
「――……絵馬、ちゃん?」
「!」
私の名前だった。
私のことを忘れたはずのまもりさんが、私の名を呼んでいた。
「……まもり、さん?」
私は涙を拭うのも忘れて、彼を見返した。
まもりさんはしばらく放心したように固まっていた。
何が起こったのかわからない、というような表情だった。
「絵馬ちゃん。どうして、君がここに? 君の記憶は、僕が魔法で消したはずなのに」
「え?」
彼の口から語られようとしている真実。
それはやはり私の予想していた通り、彼の魔法が関係しているようだった。
「……そうだ。そうだよ。いま、思い出した。僕は一週間前に、君の記憶を消したんだ」
一週間前。
ということは、ちょうど終業式の辺りだろうか?
思えばその頃から、あのモヤモヤが始まったような気がする。
「まもりさんが、私の記憶を消した……んですか? それは、どうして」
彼が魔法を使うのは、決まって誰かのために何かをするときだ。
私の記憶を消すことで、何か意味があったのかもしれない。
なら、その意味とは一体何だろう?
「記憶を消した理由は……僕が君に、つらい思いをさせてしまったからだよ」
「私に?」
つらい思いをさせてしまった。
まもりさんが、私に?
「そんな、私……。まもりさんに何かひどいことをされた覚えなんて、ありませんけど……」
まもりさんがそんなことをするはずはない、と思う。
けれどそれは、私がただ記憶を失っているからそう思うだけ、なのだろうか。
「君は、どこまで覚えているかわからないけれど……。前に最後に会ったとき、君は僕のために泣いてくれたんだ。あの店で、ずっと誰かを待ち続けて悩んでいた僕のことを、まるで自分のことのように思ってくれて……」
「私が?」
そうだっけ、と頭を巡らせてみるけれど、思い出せない。
「君が僕のために泣いてくれたから……。だから僕は、君から離れなければいけないと思ったんだ。一緒にいたらこれから先もずっと、君を泣かせてしまうと思ったから……。だから僕は一週間前に、君の記憶を消したんだ。その代償として、僕も記憶を失った。はずなのに、どうして今ごろ……」
その話を聞いて、私は改めて、彼の優しさを知った。
彼はやはり私のためを思って、魔法を使ったのだ。
「記憶を消して、何も思い出せなくなって……それからずっと独りでいると……恥ずかしいことだけれど、僕は段々と寂しくなってきたんだ。誰かに会いたいと、心のどこかで叫んでいたのかもしれない。そんなときに限って、いきなり雨が降ってきて……ここで濡れていたら、君が――」
そこで彼は口を止め、急に何かを思い出したときのようにハッとした。
「? まもりさん?」
私が首を傾げていると、それに気づいた彼は、ふっと穏やかな笑みを浮かべた。
「君は、いつもそうだね。君と一緒にいると、いつも不思議なことが起こる。今回だってそうだ。僕がここで寂しがっていると、君はここへ来てくれた。まるで僕の思いを汲み取って、奇跡を起こしたかのように」
奇跡。
その単語を、つい最近もどこかで耳にしたような気がする。
でも、どこだっただろう?
「絵馬ちゃん」
未だ曖昧な記憶の中でふわふわとしている私の疑問を取り払うように、まもりさんは自らの手を伸ばして、私の右手をそっと包み込んだ。
触れ合った手のぬくもりが、私の心をじんわりと温めてくれる。
「迎えに来てくれてありがとう。僕はずっと、君が来てくれるのを待っていたんだ」
「!」
こんな至近距離から、そんな綺麗な顔で、そんなことを言われて。
この状況で、照れない人がいるわけない。
私はまるで愛の告白を受けたときのように、熱い胸の高鳴りを抑えることができなかった。
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