神楽囃子の夜

紫音みけ🐾書籍2冊発売中!

文字の大きさ
30 / 49
第三章

継承

 
「龍臣、大丈夫?」

 その声で、ハッと我に返った。
 隣を見ると、高原が心配そうにこちらの顔を覗き込んでいる。

「……すまない。何でもない」

 父のことを思い出しているうちに、ついぼんやりとしてしまった。無意識に止めていた手を再び動かし、祖霊社それいしゃへ米や酒を供える。

 父の葬儀から二ヶ月。五十日祭も無事に終え、ようやくひと段落が着いた頃、高原が久しぶりに訪ねてきた。
 おそらくはこちらを心配してのことだろう。社務所へ迎え入れると、彼女は何かと祓川のことを気に掛けていた。

「あんまり無理しちゃ駄目よ。その……まだお父さんのことも、心の整理がついてないだろうし」

「そうでもない」

 祓川が即答すると、高原は少しだけ驚いたような顔をした。

「正直なところ、父とはあまり良い思い出がない。お互いにいつも、日々の務めのことだけを考えていたし……。だから、特に思い残すこともない」

「……そんなものかしら」

 家族との団欒というものを知っている高原からすれば、祓川の父に対する態度は酷く薄情なものとして映っただろう。

 戸惑うように黙った彼女を他所に、祓川は再び祖霊舎へと目を戻した。

「本当に……あっけないな」

「え?」

「あれだけ俺が恐れていた父も、いなくなってみれば、こんなにも静かなんだ。たったひとりの人間に、俺の人生はここまで支配されていたんだな」

「龍臣?」

 父がいなくなったことで、その息子である祓川はこの神社を継ぐことになる。側からみれば、宮司が息子に代替わりしたという、たったそれだけのことだ。

 しかし祓川からすれば、長年の父の束縛からやっと解き放たれたという、今までの人生において最も大きな出来事だというのに、

(結局、父の存在を恐れていたのは俺だけだったんだな……)

 本当にあっけない。
 こんなことならもっと早く、父のもとから離れられる道を模索すれば良かったのに。

「それより高原。君の方こそ大丈夫なのか?」

「えっ?」

 祓川が改めて聞くと、高原はきょとん、と小動物のように目を丸くした。

「前に、あの河川敷で泣いていたじゃないか」

 人のことばかり心配しているが、どちらかといえば彼女の方が深刻な悩みを抱えているだろう。
 祓川もずっと彼女のことが気掛かりだったが、父のことで手を取られてしまい、思うように連絡が取れなかった。

「あー……うん。私は大丈夫! あのときはちょっと取り乱しちゃったけど、今はもう平気だから」

 そう言って笑顔を作る彼女の挙動は、どこかぎこちなかった。

 おそらく、まだ狭野のことを引き摺っているのだろう。職場が同じだとも聞いているし、そう簡単に切り替えられるとは思えない。

 これからもきっと、狭野がそばに居る限り、高原の心に平穏が訪れることはないだろう。今まで祓川が父の呪縛から逃れられなかったのと同じように。

「そっ、そんなことより! 龍臣は、これからもっと忙しくなるのよね。なんたって、この神社の正式な跡取りなんだもの」

 しんみりとした空気を変えようと思ったのか、高原が一際明るい声を出す。

「ああ、そうだな。面倒事ばかり増えて嫌になる。諸々への挨拶回りもあるし、それに……来年の神楽の、鬼の代役も捜さないといけない」

「代役?」

 鬼の役は、今まで祓川が子どもの頃から務めてきた。
 しかし今後、宮司となった彼は父の後を継いで、鬼を退治する側の役を担わなければならない。

「先日の神楽では、父の代役を氏子の人に頼んだが……。鬼の役は、あまり人気がない。代わり手を見つけるのは難しいだろう」

「そういえば、そうよねぇ。私のお父さんも昔、鬼の役をやったことがあるみたいだけど、刀で叩かれるのがものすごく痛くて、もう二度とやりたくないって言ってたわ」

「鬼は『祓われるべきもの』の象徴だからな。役を担うのが誰であろうと、手加減はできない。だから、できるだけ健康で、若い人間の方がいい。……そうだな」

 ふと思いついて、祓川は高原の目をまっすぐに見た。

「狭野は元気か?」
 
感想 6

あなたにおすすめの小説

あやかし警察おとり捜査課

紫音みけ🐾書籍2冊発売中!
キャラ文芸
※第7回キャラ文芸大賞にて奨励賞を受賞しました。応援してくださった皆様、ありがとうございました。 【あらすじ】  二十三歳にして童顔・低身長で小中学生に見間違われる青年・栗丘みつきは、出世の見込みのない落ちこぼれ警察官。  しかしその小さな身に秘められた身体能力と、この世ならざるもの(=あやかし)を認知する霊視能力を買われた彼は、あやかし退治を主とする部署・特例災害対策室に任命され、あやかしを誘き寄せるための囮捜査に挑む。  反りが合わない年下エリートの相棒と、狐面を被った怪しい上司と共に繰り広げる退魔ファンタジー。  

僕《わたし》は誰でしょう

紫音みけ🐾書籍2冊発売中!
青春
※第7回ライト文芸大賞にて奨励賞を受賞しました。応援してくださった皆様、ありがとうございました。 【あらすじ】  交通事故の後遺症で記憶喪失になってしまった女子高生・比良坂すずは、自分が女であることに違和感を抱く。 「自分はもともと男ではなかったか?」  事故後から男性寄りの思考になり、周囲とのギャップに悩む彼女は、次第に身に覚えのないはずの記憶を思い出し始める。まるで別人のものとしか思えないその記憶は、一体どこから来たのだろうか。  見知らぬ思い出をめぐる青春SF。 ※表紙イラスト=ミカスケ様

紙の上の空

中谷ととこ
ライト文芸
小学六年生の夏、父が突然、兄を連れてきた。 容姿に恵まれて才色兼備、誰もが憧れてしまう女性でありながら、裏表のない竹を割ったような性格の八重嶋碧(31)は、幼い頃からどこにいても注目され、男女問わず人気がある。 欲しいものは何でも手に入りそうな彼女だが、本当に欲しいものは自分のものにはならない。欲しいすら言えない。長い長い片想いは成就する見込みはなく半分腐りかけているのだが、なかなか捨てることができずにいた。 血の繋がりはない、兄の八重嶋公亮(33)は、未婚だがとっくに独立し家を出ている。 公亮の親友で、碧とは幼い頃からの顔見知りでもある、斎木丈太郎(33)は、碧の会社の近くのフレンチ店で料理人をしている。お互いに好き勝手言える気心の知れた仲だが、こちらはこちらで本心は隠したまま碧の動向を見守っていた。

美味しいコーヒーの愉しみ方 Acidity and Bitterness

碧井夢夏
ライト文芸
<第五回ライト文芸大賞 最終選考・奨励賞> 住宅街とオフィスビルが共存するとある下町にある定食屋「まなべ」。 看板娘の利津(りつ)は毎日忙しくお店を手伝っている。 最近隣にできたコーヒーショップ「The Coffee Stand Natsu」。 どうやら、店長は有名なクリエイティブ・ディレクターで、脱サラして始めたお店らしく……? 神の舌を持つ定食屋の娘×クリエイティブ界の神と呼ばれた男 2人の出会いはやがて下町を変えていく――? 定食屋とコーヒーショップ、時々美容室、を中心に繰り広げられる出会いと挫折の物語。 過激表現はありませんが、重めの過去が出ることがあります。

日本語しか話せないけどオーストラリアへ留学します!

紫音みけ🐾書籍2冊発売中!
ライト文芸
「留学とか一度はしてみたいよねー」なんて冗談で言ったのが運の尽き。あれよあれよと言う間に本当に留学することになってしまった女子大生・美咲(みさき)は、英語が大の苦手。不本意のままオーストラリアへ行くことになってしまった彼女は、言葉の通じないイケメン外国人に絡まれて……? 恋も言語も勉強あるのみ!異文化交流ラブコメディ。

☘ 注意する都度何もない考え過ぎだと言い張る夫、なのに結局薬局疚しさ満杯だったじゃんか~ Bakayarou-

設楽理沙
ライト文芸
☘ 2025.12.18 文字数 70,089 累計ポイント 677,945 pt 夫が同じ社内の女性と度々仕事絡みで一緒に外回りや 出張に行くようになって……あまりいい気はしないから やめてほしいってお願いしたのに、何度も……。❀ 気にし過ぎだと一笑に伏された。 それなのに蓋を開けてみれば、何のことはない 言わんこっちゃないという結果になっていて 私は逃走したよ……。 あぁ~あたし、どうなっちゃうのかしらン? ぜんぜん明るい未来が見えないよ。。・゜・(ノε`)・゜・。    ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ 初回公開日時 2019.01.25 22:29 初回完結日時 2019.08.16 21:21 再連載 2024.6.26~2024.7.31 完結 ❦イラストは有償画像になります。 2024.7 加筆修正(eb)したものを再掲載

「四半世紀の恋に、今夜決着を」

星井 悠里
ライト文芸
赤ちゃんからの幼馴染との初恋が、ずっと、心の端っこにある。 高校三年のある時から離れて、もうすぐ25歳なのに。 そんな時、同窓会の知らせが届いた。 吹っ切らなきゃ。 同窓会は三か月後。 私史上、いちばん綺麗になって、けじめをつけよう。

【完結】年収三百万円台のアラサー社畜と総資産三億円以上の仮想通貨「億り人」JKが湾岸タワーマンションで同棲したら

瀬々良木 清
ライト文芸
主人公・宮本剛は、都内で働くごく普通の営業系サラリーマン。いわゆる社畜。  タワーマンションの聖地・豊洲にあるオフィスへ通勤しながらも、自分の給料では絶対に買えない高級マンションたちを見上げながら、夢のない毎日を送っていた。  しかしある日、会社の近所で苦しそうにうずくまる女子高生・常磐理瀬と出会う。理瀬は女子高生ながら仮想通貨への投資で『億り人』となった天才少女だった。  剛の何百倍もの資産を持ち、しかし心はまだ未完成な女子高生である理瀬と、日に日に心が枯れてゆくと感じるアラサー社畜剛が織りなす、ちぐはぐなラブコメディ。