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9:知らない感情
しおりを挟む“あの日”から1ヶ月経った。
俺は相変わらず、大学行ってバイトして……適当に毎日を過ごしている
ただ、クラブに行くのはやめた。
別に深い意味なんかなくて、楽しくないから行かないーーーそれだけ
あと、綾香にも会っていない
飽きたから捨てたとかじゃなくてーーーなんとなく、会いたくないから
なんでかは、わかんないけど。
「なぁ」
大学の中庭でぼーっとしていたら、急に声をかけられた。
見やれば省吾が缶コーヒーを持って隣に座り込んでくる
前のケンカは、もう後を引いていない
まぁ、男なんてそんなもんだよね
ケンカするのもめんどくさいし、そもそもなんでケンカしたんだっけ。
思い出そうとすれば、浮かぶのは湊人の顔だったり。
「お前さ、最近変じゃね?」
「なに、急に」
軽く笑って、差し出された缶コーヒーを受け取る
ミルクたっぷりカフェオレと書かれたそれを見てーーーまた少し、思い出してしまう
「元気ねぇじゃん。付き合いも……悪いし」
「そう?別に普通だって」
コーヒーを一口飲んで、思うのは一つ
湊人がいれたコーヒーのほうが、うまい
「女、全部切ったんだって?」
「……飽きたから。また新しく作ればいいし?」
あの日からーーーいや、正確にはあの日の前日にスマホのセフレフォルダを削除してから、俺は女とまったく連絡を取らなかった。
唯一残していた湊人の番号には、あれから一度だけ電話をかけた。
『あれ、湊人?ごめん、番号かけ間違った~』
なんて台詞
用意していた俺の耳に届くのは、いつまでたっても無機質な呼び出し音だった。
ーーーもちろん、かけなおされることもなくて
「……綾香のことも、切ったのか?」
小さな声にふと我に返って隣を見れば、真剣な顔でこちらを見ている省吾
あぁ、そういやケンカの理由は……綾香だったな
「切ってないよ」
まだ……と、心の中で付け足す
省吾は眉間に皺を寄せて目を逸らしてから、また口を開いた。
「今日……夜あいてねぇ?」
「あ~なんか和也にも誘われてんだ……その後でいい?」
用件は聞いてないけど、なんかに付き合えって言われたんだった。
「何時からでもいいよ」
やけに真剣な省吾
大事な話でもあんのかな……今言えばいいのに
不思議に思いながらも、俺は省吾と約束をして講義室へ向かった。
最近はあまりサボらない
勉強が楽しいなんて、死んでも思えないけどーーーやっぱり多少はしとかないと。
湊人に言われたからじゃないけど、そろそろ真剣に考えた方がいいのかな……とか、たまに考えたりするんだ。
その時頭に浮かぶのは、あの日見た男とか
見たことないからわかんないけど、想像上の……湊人が恋をした相手とか
湊人が本気で好きになる相手って、どんなやつなんだろう
やっぱ金持ってて、大人で、真面目なやつなのかな
それって俺と正反対じゃん
……だから、遊びだったのか
自嘲気味に笑ってため息をつき、開いたスマホのアドレス
湊人の名前は、なんでか消せない
もう必要ないのに……
「悠~!」
不意に覗き込んできたのは、友人の和也
バカっぽい顔して、バカッぽいノリの、バカなやつ。
「なに考えてんのー?」
「別に」
「なんだよ~言えよ~」
「うるさいなぁ」
苦笑しながら見返すと、和也はニカッと笑った。
「今日夜7時だからな~」
「いいけど、なにすんの?」
「え~言ったら悠絶対来ねぇもん」
「今ので行く気なくなったんだけど」
半眼で言えば和也はウソウソっと慌てて手を振った。ほんとバカなやつ……あ、そういや
「和也彼女できたんだって?」
「おう!もーすげぇ可愛いんだよ~!」
写真を無理矢理見せてくる和也
まぁまぁ可愛いとは思うけど、湊人には負けるな
って、なんでそこで湊人が出てくるんだよ……やっぱり俺、最近変かも
「もーマジ可愛すぎてさ!他の女なんか見れねぇもん!」
他の女……ねぇ
浮かぶのは綾香の顔だったり
「無意識で比べちゃうんだよなぁ」
比べる……コーヒーのうまさとか、可愛さとか?
あ、そういやあの日のデートはーーー楽しかったな
綾香や他の女なんかとは比べられないほど。
「特別なんだよ」
特別ーーーだったかも。確かに。
「これが『恋』なんだなぁ!」
ガタタンッッ
和也の一言に、俺は思い切り反応した。
和也へと向いた拍子に膝が机に当たって大きい音がたったけど、気にしてる暇はない
驚く和也を見据えながら、確認する
「今……なんて言った?」
「は?どれ??」
「たった今だよ。これが……?」
「え?だから……恋、なんだって」
恋?
これが
この気持ちが
恋?
「なにそれ……」
俺が湊人に恋?
そんなのありえない
湊人はただのセフレで、都合が良かっただけで
深い気持ちなんてあるわけない
遊びなんだよ
最初から最後まで全部、遊び
だって湊人は簡単にすべて終わらせてーーー他の男の元に行ったんだ
俺の気持ちとか、今までの2人とか
すべて捨てて湊人はいなくなったんだ。
それなのに“恋”とか、ありえないでしょ
ーーー忘れられないのは
ただ、少し寂しいだけ
ただ、少し虚しいだけ
ただ、少し悔しいだけ
遊びだと思っていた相手に、一方的に切られたことがさ
「悠?大丈夫か?」
不思議そうに覗き込んでくる和也から目を逸らし、俺は小さく頷いた。
もう、やめよう
全部忘れてまたいつもの生活に戻るんだ。
適当に遊んで、適当に女抱いて、適当にバイバイして目一杯楽しめばいいんだよ
恋なんて、知らないままでいい
* * * * *
PM7:00
「悠~こっちこっち!」
ブンブンと手を振る和也を見ながら、俺はため息をついた。
やっぱりめんどくさくなって行くのやめようかと思ったんだけど、予想してたのか7時前に和也から電話がかかってきた。
あまりにしつこいから仕方なく出て来たけど……なんで、ここなわけ?
和也が待ち合わせに指定したのは、映画館だった。
あの日、湊人と来たーーー映画館
「なに、映画観るの?」
聞けばヘラヘラ笑いながら手を合わす和也
「ちょっと映画付き合ってよ!この前彼女と観にきたんだけどその日すげー疲れてて始まってすぐ寝ちゃってさ~」
和也が言うには、デートで寝たことバレたくないからなんとか誤魔化してたんだけど、彼女がその映画気に入っちゃったらしくていまだに話題に出すらしい
曖昧に誤魔化すのも限界だから、もっかい観ようと。んで、一人で観るのは嫌だから俺を誘ったと。
「くだらない……」
そんなことの為にわざわざ呼び出したのか
呆れた嘆息を吐いて背を向けた俺にすがりついてくる和也
「頼むよっ!寝てていいからさ~ほら、チケットもあるしっ!」
本当にうざかったけどあまりに必死過ぎて、仕方なく俺は付き合ってやることにした。
「今回だけだから」
「さっすが親友!よしっ、俺がポップコーン奢ってやるよっ!」
意気揚々と歩いていく背中についていきながらも、頭に浮かんでくるあの日の光景
この扉を通った時は、手を繋いでたっけ……
もう二度と、触れることはない温もり
「ほいっ!」
脳天気な声でハッと我に返れば、ポップコーンが詰まったデカいカップを渡される
チケットを見ながら歩き出す和也の後ろで、俺は思わず立ち竦んでしまった。
手の中から、ふわりと漂う香り
甘ったるくて、独特で、クセになりそうな……
ふと唇に甦る感触は柔らかくてーーーどうしようもなく、恋しくなった。
「あ、塩が良かった?ごめんいつものクセでさぁ」
彼女キャラメルが好きだよなんてカラカラ笑ってまた歩き出す和也
その背中を眺めながら、俺は1つ口に入れた。
切ないほどに、甘かった
* * * * *
前と同じ狭めのスクリーンはやっぱりガラガラ
それを確認した俺は、チケットの座席を無視して真っ直ぐ一番後ろへ向かった。
「おいっ、なんでわざわざ……?」
和也がなんか言ってるけど、関係ない
座席に深く腰掛けて前を見れば、あの日と同じ情景に胸がツキンと痛む
「男とこんな席座っても、得ねぇんだけど……」
ブツブツ言いながら隣に座る和也
くだらないこと言って……って、俺も同レベルなこと言った気がするな
『ここで、抱いてほしいんだ』
『おまえはほんとに……っ』
湊人はいつもそうだった。
“セフレ”なんて大胆な関係持ってるくせに、ちょっとからかうとすぐ真っ赤になって怒って
かと思えば大きな口開けて笑って
ほんと、感情表現が豊かだったよな……見てて飽きないっつーか
気付けばスクリーンには、製作会社のオープニングが映っていた。
……なんか、見たことある……
マイナーな会社なのに、なんでだろう
なんてぼんやり思っていたけれど、その答えはすぐにわかった。
軽快な音楽と共に始まったそれは、あの日、湊人と観た映画だった。
呆然とする俺の横で、和也がうひゃうひゃ笑う
多分観る前から期待していた観客など少ないだろうが、皆予想外に面白い映画に釘付けでその場はすぐに笑い声で包まれた。
ーーーあの日も、そうだった
みんな笑ってて
俺も湊人も笑ってて
耳に残る聞き慣れた笑い声
浮かぶ笑顔
…………胸が、痛くて死にそう
今、湊人が隣に居たら
きっと抱き締めて、離さないで
息さえも止まるような、キスをする
あの日みたいな優しいキスじゃなくて
もっとすべてを奪うような
ーーーすべてを壊すような
…………ねぇ、湊人
あの日、あの時
何を思って泣いた?
誰を想って泣いた?
湊人の心には誰がいた?
笑いながら
泣きながら
俺に抱かれながら
いつも誰を想ってた?
…………ねぇ、湊人
なんか俺
湊人のことしか、考えられないよ
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