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茶道部と私の行く末を勝手に決めないで下さい!

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 作法室に行くと、すでに遠藤先輩が待っていた。

「ちゃー、倒れたって聞いたけど、大丈夫なの?」

 昨日も体調が悪いなんて言ったから、ものすごい心配していたみたい。
 あんまり遠藤先輩が優しいと、ぶり返しが怖いな……。

「ちょっと貧血みたいで。でも、もう大丈夫です。すみません、お待たせして」
「どうせ今日は、かむちゃん……高村さんもお休みなので。先生もわざわざ顔を出していただいて申し訳ありません。今日は、昨年の様子を簡単に説明だけでよろしいですか?」
「いや、中沢を送りついでに来ただけだから、説明は無理にはいいよ。僕は初めてだし、門外漢だし、君たちがいいようにやってもらえば。あ、でも何か手伝った方がよければ、何でも言って」

「では先生、亭主はお願いできますか?」
「いや、それは無理……あ」
「……先生、少しは茶道の経験、ございますよね?」
「まあ、基礎知識程度には」
「いいえ、知識レベルではありません。所作を見れば分かります」
「そうかな?」
「ええ、作法室入って、畳の縁を踏まないように歩かれていました。それだけなら、礼法の基本知識があれば注意できるかも知れませんが、歩き方はそれだけでは難しいです。踵を離さず、でもすり足になりすぎないように重心移動をして歩くのには、ある程度経験が必要ですから」
「……うっかりしちゃったな。手の位置とか、なるべくフランクにしていたのに。さすがは部長だね。うん、相客として茶事に二、三回参加した程度だけど。正客やお詰めは自信ない」

 スゴ! あの千野先生が翻弄されている。
 それに、やっぱり経験あったんだ。

 ちなみに亭主は、要するにお茶を点ててお出しするホスト役。
 茶事は、最も正式なお茶会。お茶だけでなく、アルコール(成人のみ)や懐石料理が出され、香合わせなどもある、半日がかりのお茶会。いわばお茶会のフルコース。
 正客は茶事の主賓。だいたい一番経験があるベテランが勤める。
 お詰めは、末客とも言われるけど、最後の〆をしなくてはいけないので、正客の次に重要な役割。
 相客は、その他のお客様。次客とか三客とか、人数にもよるけれど、とにかく正客やお詰めよりは役割は少ない。ので、私が招待されるとしたら、最初は相客としてだ。
 といっても、私もまだ客として参加したことはない。お師匠さんの茶事で、お水屋の、さらにそのお手伝い(ほぼ見学)をしたくらい。
 ホスト側も客も、ある程度茶道に通じていないと、成り立たないのが茶事だ。

「いえ、そこまで求めてませんから。大寄せの、それもお薄と茶菓子だけの略式の茶会ができれば。お点前は、当然経験ありますよね?」
「稽古レベルだよ。人前ではほぼない。しばらくやっていないし」
「十分です。ちょっと復習すればできますよ」
「僕に何をさせる気なんだい?」

 ちょっと先生、笑顔がこわばっていますよ!
 本気で化けの皮、剥がれかかっています。
 
「茶道部の安泰のために、新入生歓迎イベントの客寄せパンダになっていただきたいんですの。こんな美形の若い先生がお茶を立てて下さるなんて、それだけで眼福ですもの」
「……できれば、あんまり目立ちたくないんだけどなあ」
「可愛い教え子の頼みで、急遽作法を覚えた、という体でもよろしいですよ? ちょっと失敗するくらいで。その方が、緊張感があって乙女心に訴えますもの」
「……それは、僕が顧問をしている前提なんだよね? 僕が顧問を断ったら? 困るのは君たちなんじゃないのかい?」

「それが、できるならね」

 突然。
 遠藤先輩の声と顔つきと、口調が変わった。

 今までも、慇懃無礼とはいえ、お嬢様然とした態度を崩さなかったのに。
 今は、……本性の怖い遠藤先輩だ。

「千野先生、うちの可愛いちゃーに、手を出したでしょう?」
「何のことかな?」
 
 真顔で、何を言われているのか分からない、ちょっと戸惑ってます、という顔で、先生は答える。

「初めは、路上で無理やりキス」

 え?

「次は、ここで無体を強いて」

 え? え?

 さすがに先生も顔色を変える。
 目線で、「しゃべったのか?!」って訴えてくる。

 私は思わず首を左右に振ってしまい。
 先生は更に顔色を悪くして、目がピクピクと動く。
 無言で「バカ!」って言っているのが分かる。

「……まあ、ちゃーに隠し事をさせようって時点で、先生、下手打ってますよ? この子、全部顔に出ますから。やたら先生を避けてみたり、かと思えば、うっとり見つめてみたり。ああ、この人が、ちゃーのファーストキスの相手だな、って、知っている人間なら、すぐ分かります。昨日だって、あんなに取り乱して、まるで暴漢に襲われたような様子で、なのに先生を必死で庇って。何かあったのは丸分かりでしてよ?」
「そうだよな……俺が下手打った。コイツをそのまま残していくんじゃなかったよ」
 諦めたように、先生がうなだれる。
 てか、全部バレていたの? 

「でもまあ、ファーストキスのことはともかく、それ以降のことは、この子はこの子なりに、必死で隠そうとしてましたから。まさか、先生だったのは意外ですけど。一目惚れした相手とは言え、貞操を奪おうとした相手に操を立ててるんですから、そんなちゃーの恋は応援はしてあげたいと思うんです。けど」

 キラリ、と遠藤先輩の目が光る。

「茶道部のためには、利用できるものは、全て利用させていただきたいんですの」

「……分かったよ」
 大きくため息をついて、先生は承諾する。

「でも、こっちとしても条件がある」
「あら、条件なんて。有利なのはこちらなんですけど」
「君にも悪い話じゃないはずだ。可愛い後輩の恋を応援したいんだろ?」
「一応お聞きしますわ」
「俺は、中沢と、本気で付き合っている」

 ちょ! 何勝手に宣言してるんですか?!

「……ちゃーの様子だと、まだみたいですけど」
「もう八割方落ちてる。もう一押しだ。中沢が俺に一目惚れだって言うのは、今聞いたからな」
「余計なこと言っちゃいましたね」
「で、だ。教師の俺が生徒となんて、さすがに外聞が悪い」
「あら、外聞とか、俗なこと仰いますのね? それに、意外と聞きますよ? 先生とお付き合いされていた方のお話。こっそり婚約までされていた先輩のお話も聞きましたし」

「過去にはそれが認められていたとしても、今は時期がまずい。理事長が替わって、色々な改革が始まっている。とにかく経営を上向かせたい、その為には優秀な生徒と、金を落としてくれる生徒を集めたい。それには何より学校のイメージが重要だ。教師と生徒の恋愛なんて醜聞スキャンダル、一番避けたいはずだ。俺はともかく、中沢の経歴に傷が付くのは避けたい」

「……ちゃーを守るため、と仰るなら、協力することはやぶさかではございませんが。でも、私も今年度卒業ですし。それ以降はどうされますの?」
「それまでには、なんとしても外堀を固める。腐ってもお嬢様学校だからな。恋人はマズくても、婚約者ならイケルだろ? 中沢の家も、それなりに老舗みたいだしな」
「確かに、親の決めたお相手なら、風当たりは和らぐと思いますけど。大丈夫かしら? ちゃーのお父様、娘さん達を溺愛してますわよ? ちゃーの御姉様が、将来性ピカイチの若手職人さんとまだ婚約を許されていないんですのよ。もう五年もお付き合いされているのに。ぽっと出の先生が、許していただけますかしら?」

 ホーッホーッホッホッホ! なんてお嬢様笑いの声がBGMで聞こえて来そうなくらい、遠藤先輩が意地の悪い顔で笑って見せる。

「そ、それは、努力する」
 ちょっと顔をひくつかせながらも、先生は宣言する。

 ……あの、一応、私も当事者ですよね?
 全然、話に入れていないんですが?


 勝手に話を進めないでくださーい!
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