幼なじみが結婚することになって後悔しまくりのヘタレな俺の初恋がたり

清見こうじ

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 杏子が初めて俺に気持ちを伝えてきたのは、小学1年生の、バレンタインだった。

「バレンタインだから、あげる」

 そう言って手渡されたのは、ハート型の小さなチョコ3個、虹色に光るセロハン紙に包まれ、ピンクのリボンで口を結んであった。

 それまでやたら世話を焼かれたり、誤字だらけの年賀状を寄越したりと、色々アプローチはあったので、今よりずっと神経質だった俺は、杏子にすっかり苦手意識を持っていった。
 そこへ直球の恋愛アプローチで……俺は逃げ出した。
 逃げても逃げても追いかけてきて、とうとう俺にチョコレートを押し付けて、今度は杏子が逃げ出した。
 セロハン越しでも、甘いチョコレートの匂いがして、小1の俺はがまんできず、包みを開いて、ひとつ食べた。

 甘かった。
 普段食べている安っぽい甘さとは違う、ほろ苦さとそれを引き立てる不思議な甘さ。
 
 カサッと音がして、小さなメッセージカードが落ちた。
 拾いあげたそれには、拙い文字で、
『司くん、大すき! お正月は、なまえのじ、まちがえてごめんなさい』
 と書いてあった。

 年賀状で、杏子は俺の名前の『司』を一画足りない、『可』のような字で書いてきたのだ。
 頭に来た俺は、返礼でそれを指摘した……今思えば、ガキっぽかった。
 それを杏子は気にしていたようだ。
 チョコレートが、その件の謝罪の意味ならば、俺は素直に受け取ったかもしれない。

 でも、『大すき』のメッセージは、重すぎた。

 変なところ大人びていた俺だっだが、でもやっぱり中身はガキで、融通がきかなかった。
 相手の気持ちを、思いやる余裕なんて、なかった。

『すきじゃない人からバレンタインのチョコは、いりません。でも1つたべてしまいました。ごめんなさい。かわりにキャラメル入れておきます。』

 家にあったお菓子の空き箱に、もらったチョコレートの包みと、やはり家にあったキャラメル1粒、そして便箋に手紙を書いて入れた。
 もらったチョコレートは、本当に美味しくて、今まで食べたことのない味で(多分ガナッシュだったんじゃないかな、今思えば)、もっと食べたいと思った。
 でも、俺は意地を張って食べなかった。
 何としても返さなくちゃ、と心に決めていた。

 ……思うに、この頃から始まった意地の張り合いが、結果的に12年も尾を引いていたんじゃないだろうか。
 バレンタインのチョコレートは、次の日に杏子の机に箱ごと入れておいた。
 直接返すのは、1つ食べてしまった手前、決まりが悪かったし。

 それからしばらく、杏子は俺を見なかった。
 目があっても、逸らすようになった。そうなると、俺は逆に杏子が気になった。

 今まで気にも留めなかった、杏子の好みや趣味が、意外に俺のそれとかぶっていたことに初めて気が付いた。

 読書や絵が好きで、走るのは苦手で、でも水泳が得意で。
 違う所も、もちろんあった。
 俺は音楽全般苦手だったけど、聞くのは好きだった。
 杏子は、楽器演奏は苦手なようだったが、歌うことが好きだった。
 技巧的にどうこうというわけでなく、本当に楽しそうに歌っていた。
 絵が好きなのは一緒だが、描くものは違った。
 俺は、細部まで細かく、忠実に描く。だから、いわゆる下書き、鉛筆デッサンに、ものすごく時間をかけたし、全体の製作時間も人一倍かけた。
 対照的に、杏子は早かった。デッサンは大雑把で、下手すると何が描いてあるのかわからないことも多く、初めは、教師からも注意されることがあった。

 だけど、そういう時に、杏子は頑として自分を曲げず、サッサと彩色に入った。眉をひそめていた教師も、じきに口を挟まなくなった。彩色も大雑把だった、けれど、それが何とも言えない奥行を出していた。

 俺は生意気にも遠近法擬きのデッサンをして悦に入ったりしていたけど、杏子は。

 いくつも色を重ねていき、最初は何だかよく解らない絵の具の群れが、やがて景色や建物や人物を浮かび上がらせる……生き生きと。

 低学年の頃は、そののびのびとした色使いを取り上げて、子供らしい絵だと評価されていたけれど。
 ずっと同じ教室で学んでいくうちに、杏子の絵は、変わってきた。
 あらゆる色をのせていた、賑やかさから、1つの色を深く追求するようになっていった。

 俺は相変わらず、細かい作業を得意とし、ベースに薄く塗って、あとは細筆を使い、点描で仕上げる。その技法を気に入っていたし、作品の仕上がりにも満足していた。

 小6の秋。

 近くの城址公園に何度も写生に行って、一枚の絵を仕上げることになった。紅葉でも何でも、題材は色々あった中で、杏子は門を選んだ。白い土塀と黒い鉄扉、周囲に石垣や紅葉もあり、なかなか趣のある場所だ。

 見る分には。

 その場所だと、どうしても門の白と黒が絵の大部分を取ってしまうので、輪郭だけ描いて、あとは周囲にある小物を仕上げれば、小学生の絵としては上出来だ。
 ただし、手を抜いた感じは否めない。
 実際同じ場所を描いた他の子の絵は、真っ白な壁に真っ黒な門扉、上手な子はそこにヒビやら影やら光やらを足して、それっぽく仕上げていた。

 だけど、杏子は。
 白と黒を、何度も塗り重ねた。黄色や青や赤が、パレットにのっていた。その五色で紅葉や植え込みや石垣や空……そこにある全てを描いた。

 緑も茶色も灰色も、出来ている絵の具は使わなかった。
 壁にも扉にも、白と黒以外の色を塗っていた。塗っても色が解らないほど水で薄め、塗り重ねていく。
 黒い鉄扉に黒くないところがあっておかしいと、からかったクラスメートがいて、教師がたしなめた時があった。杏子をかばったのではなく、褒め称えた。

「この壁と扉には、周りにある沢山の色と光と影が映っているんだね。何て深みのある白と黒なんだろう」

 それは、まさに俺の思いだった。

 ……俺が目指したものだった。

「すごいな」
 出来上がった後、全員の絵が廊下に張り出された。
 まず目を引くのは、やはり華やかな紅葉を主題にしたものだったが、その中で杏子の絵は、ひっそりと、静寂な風情があった。
 目を止めて、その白と黒が画面の大方を占める、一見単調な絵に隠された光にだんだん吸い込まれていく。

「ホント、何でこんな色が出せるんだろう?」
「真似したんだよ。ツックンの」
 後ろから声を掛けてきたのは、杏子だった。
「真似?」
「ツックン、色々な色を細かく塗っていって、最後は違う色に見せるじゃない? スゴいなあって、いつも思ってた」

 そんな風に見られていたなんて、気がつかなかった。
「……私は雑だからさ、ツックンみたいに出来ないから、その代わり、薄く塗ってみたの。そうしたら、こんな風になった」

 出来上がりを予想もしてないで、こんな絵が描けるのか?
 俺は正直、悔しかった。
 そんな行き当たりばったりで、こんな絵を描いてしまうなんて。俺は光や影の位置をある程度目算して、出来上がりを頭に浮かべながら色を重ねていき、それは予想に近い絵となる。
 それを杏子は気ままに塗り重ねていくだけで、完成させてしまった。


「ずっと、ツックンみたいな絵を描きたかった。今でも」
「……俺の絵なんて」
 ただ、技巧を凝らしただけの、原理さえ分かれば、何てことのない絵だ。

「……1年の時にね」
 俺の絵を見つめ、しばらく口をつぐんでいて、不意に、杏子は話し始めた。
「夏休みの絵日記に、花火の絵を描いていたでしょう?」

 ……描いたっけ?
「黒い夜空に、色とりどりの、細い、でも沢山の火花……何てキレイなんだろうって思った。あの時から、私はツックンの絵ばかり、目に入る。見るたびに、新しい発見があって、でもどうしても追い付けない」
 悔しそうに、唇を噛む。
 

「いつもツックンが、私の前にいる。気が付いたら、追いかけている」

 杏子が俺を羨んでいる。

 その事実が、俺には衝撃だった。

 同時に、嬉しいような、恥ずかしいような、何とも言えない、こそばゆい気持ちになった。杏子に認められているということが、他の誰に誉められるより、誇らしかった。

 俺もお前の絵ばかり、ずっと見ていた。
 ずっと、お前みたいに描きたかった。

 そう、素直に言葉に出せればよかった、が。

「つかさー! お前、何、杏子とイチャイチャしてんだよ?」
 クラスメートの男共が、俺達を見て、冷やかし始めた。
「チゲーよ! コイツが勝手に話していただけだよ!」
 そう言い捨てて、俺は杏子から足早に遠ざかった。
 背中越しに、泣き出しそうな杏子の顔が見える気がして、振り返ることができなかった。


 中学に入り、クラスはまた一緒だったけれど、俺と杏子の間は、一気に距離が開いた。
 男子と女子、というだけじゃない。
 俺はこの頃には、かなりマニアックな機械好きになっており、ひたすら地味に、自分の趣味に没頭する、男子の中でも近寄りがたい部類に入っていた。
 一方アイツは、持ち前の明るさと世話好きな性格で、リーダーシップをとる存在になりつつあった。
 容姿は十人並の性格美人だったからか、近寄りがたいということはなく、男子女子の垣根なく頼りにされていた。最初の2年は、あまり関わりはなかった……というか、持たないよう、意識して避けていた。
 杏子の方も、小学生の時に比べて、あからさまに俺の世話を焼くことはしなかったし、ごく普通のクラスメートとして接していた。

「今回の理科は、南川がトップらしいよ」
 中3の1学期、期末試験、得意な理科で、アイツに負けた。別に席次発表はしていなかったけど、最高点や平均点は発表されていたし、こういう情報はいつの間にか伝わってくる。俺は将来理工系に進みたかったし、元々好きだったから、理科は得意だった。
 総合点は志望校合格ラインギリギリだったので、何としても理科だけは誰にも負けたくなかったのに。
 暗い、とか、機械オタク、とか言われても、成績に反映させていることが、俺の自信でありプライドだった。

 おまけに今回の範囲は、俺の得意な化学・物理分野だった。確かに杏子も理科系は得意だったはずだけど、物理系は苦手だって言っていたはずだ。なのに、負けるなんて。
 俺は、異常な程の焦燥感に駆られた。
 必死で取り返そうと、勉強した。
 ……今思えば、アイツに認められたくて、見下されたくなくて、必死になって勉強したおかげで成績も上がったようなものだ。結果的に俺は模試でもA判定が出るようになり、志望校に合格した。

 杏子は文系も得意だったから、総合点では俺の上を行き、さらに上のランクの高校を勧められながら、私服がいいとか言う理由で、同じ高校を受け、当然のように合格した。
 人をバカにして……そんな思いから、俺は必要以上に杏子に意地を張る癖が付いてしまった、今まで以上に。

「南川も頑張ったよなあ。1、2年の時は、英数はイマイチで、国社理で何とかカバーして、やっとこ総合点平均以上、って感じだったのに。最初からG高志望しててさ。お前と一緒で。だけど無理だと思っていたら、3年になってどんどん上がって……女子では珍しいから、ビックリしたよ」
 成人式の後の同級会で、元担任が酔っぱらって話すのを聞いて、初めて知った。

 杏子が、最初から俺と同じ志望校だった?
 そのことも、理由も、俺は、分かっていたのに。

『いつもツックンが、私の前にいる。気が付いたら、追いかけている』

『司くん、大すき!』

 杏子は、ずっと、俺を、想って、いたのに。

 俺は。
 
 俺だって。


 本当は、好きだった、のに。
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