愛を見失った彼と、愛を求める彼女のランデブー

綿柾澄香

文字の大きさ
5 / 13
第一話 彼の物語

5、僕の存在理由

しおりを挟む
 そうして彼女が涙を流した日からも、僕が一方的に彼女に語りかける日々が続いた。

 彼女が笑えば、僕も笑うように心がけた。それが、正しいことのように思えたからだ。それに、彼女とともに笑う、というのは、なぜだか胸の中をなにかが満たすような感覚があった。きっと、笑うという行為にはなんらかの有益な作用があるのだろう、と思う。だからこそ、かつての人類はよく笑ったのだ。

 そうして、僕は彼女に対して、以前よりもお互いの距離が短くなったような感覚を持つようになっていた。僕のほうはともかく、彼女のほうも以前より笑う頻度が増しているのがわかった。

 そんなある日、事件が起きた。ただそれは、彼女に関する事件ではない。我々、地球に残った人類にとっての事件だ。

 僕たち人類の新たな子供が生まれなくなってしまったのだ。

 いや、正確に言えば生まれなくなったというわけではなく、生まれても、生命活動を維持しなくなったのだ。つまり、試験管から生み出され、保育器で育て、そこから出そう、という途端に心拍が停止し、死に至ってしまうのだ。

 なぜそんなことになってしまうのか、多くの研究者、科学者たちが何度も検討、討論を重ねたものの、解答を導き出すことができなかった。

 けれども、そんなものわざわざお偉いさん方が考えるまでもないことだ。僕たちはみんな、なんとなくその理由をわかっていた。

 愛を見失った人類は、道を誤ったのだ。
 正しかったのは、愛を求め続けた人類だった。

 当然だろう。僕たちは、自らの意思で繁殖することができなくなってしまい、その繁殖方法でさえAIに任せるようないびつな在り方になってしまった。そんな在り方をする知的生命体の存在が正しいはずもないだろう。愛を見失ったはずの人類の中に、愛を求める少女が生まれ落ちたのだ。それこそが、解答に他ならない。

 僕たちはどうしようもなく間違えてしまったのだ。

 彼らこそが人類存続のために正しい選択をしたのだ。ゆえに、間違った僕たちは淘汰される。それが、自然の摂理というものだろう。

 僕たちは、滅びゆく種族なのだ。

 べつに、それはいい。僕たちが僕たちの選択で滅びゆくのなら、自業自得だ。なんの問題もない。ただ、そんな僕たち愛を知らない人類の中に生まれた、愛を知るこの少女はどうなのだろう。

 彼女は、滅びゆくことに納得するだろうか。

「キミに聞きたいことがある」

 そう言うと、少女はこくり、と頷いた。もちろん、いつものようにその顔には微笑みを浮かべている。

「以前に話したことがあるだろう? 人類は二つに分かれたんだって。愛を求め続ける人類と、愛を見失った人類に。そして、僕たちは、僕たちこそが正しい進化の先端にいるのだと思っていた。けれども、それはどうやら違ったらしい。いや、薄々は気付いていたけれどね。きっと、僕たちは間違っていたんだって。まあ、今はそんなことはどうだっていい。とにかく、それを証明する出来事があったんだ。それは、僕たちの存在を明確に否定した」

 少女は、なにかを口にしながら首を傾げる。当然、その声は聞こえない。

「僕たちは間違いで、キミたち愛を求め続ける人類こそが正しかったんだよ。だから、僕たちはこれから滅びゆく。べつに、悲しいことじゃない。そこに悲劇はないさ。そういう選択をした僕たちが、当然のようにその結末に至るだけのことだ。けれども、キミはあちら側の人間だ。だから、このまま僕たちの自滅に付き合う必要性はない」

 そうだ。滅びるのならば、自分たちだけで勝手に滅びればいい。ただ、そこに彼女を巻き添えにするのは、間違っているのだと思う。彼女こそは愛を知る人類で、僕たちとは違い、未来へと続く種族なのだから。

 だから、彼女さえ望むのならば、僕は彼女をこの狭い世界から出してあげようと思うのだ。そらの彼方、深遠しんえんの宇宙へと向かった人類たちのもとへと、彼女を送り出してあげよう、と。たとえそれが僕のアイデンティを放棄することになるのだとしても、それでも僕は彼女の願いを叶えたい。

 幸い、彼方へと向かう人類たちの船の場所は特定できた。調べてみれば、案外できてしまうものだ。彼らの船は巨大で、少女一人くらい受け入れることに問題はないだろう。こちらから、あちらへと追いつくためには数年の航行を必要とするけれども、それくらいの孤独には少女に頑張ってもらうしかない。その先に彼女の求めるものがあるのならば、きっと頑張ってくれるはずだ。

「キミは、ここから出たいと思うかい?」

 そう聞かされた彼女は、小さく、けれども力強く確かに頷いた。

 その表情に笑みはなく、小さく下唇を噛み、瞳は小刻みに揺れている。それを見れば、表情を読むのが苦手な僕にだってわかる。彼女は、切実にこの場所からの脱出を望んでいる。

 それは、僕にとって初めて、そして唯一、彼女の意思を理解した瞬間だった。

 ――ああ、やっぱり。

 と、僕は目を伏せる。

 彼女がそれを望むのならば、そのために僕は僕にできることをしようと思う。
 少女を深宇宙しんうちゅうへと送り出す。

 それが、これからの僕の存在理由だ。
しおりを挟む
感想 1

あなたにおすすめの小説

【完結短編】ある公爵令嬢の結婚前日

のま
ファンタジー
クラリスはもうすぐ結婚式を控えた公爵令嬢。 ある日から人生が変わっていったことを思い出しながら自宅での最後のお茶会を楽しむ。

お飾りの妻として嫁いだけど、不要な妻は出ていきます

菻莅❝りんり❞
ファンタジー
貴族らしい貴族の両親に、売られるように愛人を本邸に住まわせている其なりの爵位のある貴族に嫁いだ。 嫁ぎ先で私は、お飾りの妻として別棟に押し込まれ、使用人も付けてもらえず、初夜もなし。 「居なくていいなら、出ていこう」 この先結婚はできなくなるけど、このまま一生涯過ごすよりまし

さようなら婚約者

あんど もあ
ファンタジー
アンジュは、五年間虐げられた婚約者から婚約破棄を告げられる。翌日、カバン一つを持って五年住んだ婚約者の家を去るアンジュ。一方、婚約者は…。

どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~

さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」 あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。 弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。 弟とは凄く仲が良いの! それはそれはものすごく‥‥‥ 「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」 そんな関係のあたしたち。 でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥ 「うそっ! お腹が出て来てる!?」 お姉ちゃんの秘密の悩みです。

三十年後に届いた白い手紙

RyuChoukan
ファンタジー
三十年前、帝国は一人の少年を裏切り者として処刑した。 彼は最後まで、何も語らなかった。 その罪の真相を知る者は、ただ一人の女性だけだった。 戴冠舞踏会の夜。 公爵令嬢は、一通の白い手紙を手に、皇帝の前に立つ。 それは復讐でも、告発でもない。 三十年間、辺境の郵便局で待ち続けられていた、 「渡されなかった約束」のための手紙だった。 沈黙のまま命を捨てた男と、 三十年、ただ待ち続けた女。 そして、すべてを知った上で扉を開く、次の世代。 これは、 遅れて届いた手紙が、 人生と運命を静かに書き換えていく物語。

冷遇王妃はときめかない

あんど もあ
ファンタジー
幼いころから婚約していた彼と結婚して王妃になった私。 だが、陛下は側妃だけを溺愛し、私は白い結婚のまま離宮へ追いやられる…って何てラッキー! 国の事は陛下と側妃様に任せて、私はこのまま離宮で何の責任も無い楽な生活を!…と思っていたのに…。

さようならの定型文~身勝手なあなたへ

宵森みなと
恋愛
「好きな女がいる。君とは“白い結婚”を——」 ――それは、夢にまで見た結婚式の初夜。 額に誓いのキスを受けた“その夜”、彼はそう言った。 涙すら出なかった。 なぜなら私は、その直前に“前世の記憶”を思い出したから。 ……よりによって、元・男の人生を。 夫には白い結婚宣言、恋も砕け、初夜で絶望と救済で、目覚めたのは皮肉にも、“現実”と“前世”の自分だった。 「さようなら」 だって、もう誰かに振り回されるなんて嫌。 慰謝料もらって悠々自適なシングルライフ。 別居、自立して、左団扇の人生送ってみせますわ。 だけど元・夫も、従兄も、世間も――私を放ってはくれないみたい? 「……何それ、私の人生、まだ波乱あるの?」 はい、あります。盛りだくさんで。 元・男、今・女。 “白い結婚からの離縁”から始まる、人生劇場ここに開幕。 -----『白い結婚の行方』シリーズ ----- 『白い結婚の行方』の物語が始まる、前のお話です。

思いを込めてあなたに贈る

あんど もあ
ファンタジー
ファナの母が亡くなった二ヶ月後に、父は新しい妻とその妻との間に生まれた赤ん坊を家に連れて来た。義母は、お前はもうこの家の後継者では無いと母から受け継いだ家宝のネックレスを奪うが、そのネックレスは……。

処理中です...