それはまるで魔法のようで

綿柾澄香

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3、現代の魔女

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 柏木アリサは魔女だ。

 もちろん、それは比喩などではない。ほうきにまたがり、杖を振るい、使い魔を使役する、あの魔女だ。ただ、そのイメージはあまりに絵本的で、実際の魔女とはかけ離れている。本物の魔女であるアリサは箒で空を飛ばないし、魔法を使うのにわざわざ杖は使わない。使い魔は……まあ、使うこともあるけれども、それもネズミやカラスなんかではなく、もっと可愛らしいインコやハムスターだ。

 箒で空を飛べば、目立って仕方がないし、人前で魔法を使えば、どんなに騒がれるかわからない。今の時代、街中を歩く人のほとんど全員がスマートフォンを持っているのだ。つまり、街中を歩く人のほとんど全員がカメラを持っているに等しい。SNSがこれだけ普及しているこの時代に、みだりに人前で魔法を使えば、あっという間に晒し物にされてしまう。

 現代の魔女は、それなりに気を遣うのだ。

 この世界の人々はまだほとんど魔女の存在を知らない。いや、魔女という存在そのものは概念として知っている。ゲームや映画、漫画や小説でもおなじみの存在だし、かつて魔女狩りと呼ばれる悲劇があったということも有名だ。けれども、科学が発達した現代において、魔女は空想の産物へと変わっていった。だから、今の時代の人々は魔女というものの概念は知っているけれども、その実在は信じていない、というのが正しい。

 そして、アリサは自らが魔女であるという事実を周囲に隠している。当然だろう。魔女という存在を認知した時、人がどんな反応を示すか。そんなものは考えるまでもない。きっと、迫害を受けるに決まっている。この世界はまだ、未知に対する対処の仕方が成熟していない。端的に言って、暴力的なのだ。未知のものを発見すると、真っ先に取る手段が排除、もしくは隔離だ。だから、アリサは自らが魔女であることを誰にも言わない。きっと、言ったところで誰も信じないだろうけれど。けれども、さすがに誰かの目の前で魔法を使ってしまえばそれきっとバレてしまうだろう。それだけは絶対に避けるべき事態だ。別に、それはアリサだけが注意を払っているわけではない。今現在、世界中に魔女は数百人いるけれども、そのすべての魔女が、正体をひた隠しにして生きているのだ。

 それなのに、アリサはミスを犯してしまった。その絶対に避けるべき事態に直面してしまったのだ。

 それは、この春の月の綺麗な夜だった。濃紺色に沈み、月夜に照らされたマンションのコンクリートの灰色が反射する秋馬市の中央駅前周辺。転校してきたばかりで右も左もわからない中、拓光は街の散策をしていたらしい。新しい生活の場所がどんな場所なのかを知るために。アリサはそんな彼の存在に気付かずに彼の前で魔法を使ってしまったのだ。

 だって、普通は気付かないだろう。

 夜の廃墟の、よりによっていつもアリサが魔法の練習を行っている部屋の中に人がいるだなんて。それに、アリサが魔法の練習を行っている時にはいつもその廃墟自体に結界を張っているはずのに。なぜか、彼はその場にいたのだ。

 住み始めた街を散策しようというのはわかる。わかるけれども、なんで住み始めたばかりの街の散策で廃墟になんか入ってるの? アホなの? それともバカ? 信じられない!

 と、アリサは拓光を一通り罵倒した後に、廃墟を倒壊させ、拓光を潰しかけ、それでも和解(半分脅したり)して、何とか事態を鎮静化させた。拓光を殺さなかったのは、ただ単純にアリサに人を殺す覚悟がなかっただけだ。ほかの魔女ならば、きっと迅速に目撃者を殺していただろう。それほどまでに魔女は魔女であることを明かされることを嫌う。

 魔女は自ら魔女であることを明かさない。

 それが当然のことだし、常識だ。まあ、魔女の常識は世間の常識とはズレがあるのかもしれないけれども。それでもきっと、世間的にもマイノリティはあまり表には公にしないことのほうが多いはずだ。そして、大多数のマイノリティたちがそうであるように、魔女たちもまた、魔女同士でのコミュニティーを持っている。それが、魔女同盟と呼ばれる組織だ。

 魔女同盟は世界中で確認された魔女のデータベース化や魔法の痕跡を調査、隠匿することを中心とした活動をしている。魔女という存在が外に知られないように、そして、魔法の研鑽を続け、さらにこの魔法というものを進歩させていこう、ということを目的としているのだ。

 そして、大抵の魔女はこの魔女同盟に所属している。別に加入は強制ではないものの、魔女同盟に所属していると、それなりにメリットもあるので、多くの魔女は自ら望んでこの組織に入っている。

 例えば、世間に魔法のことがバレそうになると、その隠蔽作業を請け負ってくれる。魔法が世間一般に知れるのは魔女界全体にとっての損失だ、というのが魔女同盟の考え方だからだ。他にも自分以外の魔女の研究もシェアさせてもらえる。全体で研究を共有した方が進歩も早い、というのは当然のことだろう。客観的な目があったほうが、新たな発見があるのは世の常だ。そのかわり、自分の研究結果も公開しなければいけなくなるけれども、そう大きな損失でもない。魔法は大抵、本人の資質によるところが大きいからだ。トップレベルのプロスポーツ選手と全く同じメニュー、生活をしていても同じようにトップレベルのプロスポーツ選手になれるとは限らないのと同じだ。他の魔女のやり方を取り入れたところで、劇的に変わることはそうそう無い。もちろん、本人のやり方と相性が抜群に良くて急激に成長する魔女もいるけれども、それはまあ、例外のようなものだ。あとはやはり、同じ魔女同士で出会う機会が大幅に増すというのもメリットの一つだろう。同じ悩み、苦しみを共有できる仲間がいるというのはそれだけでも精神的に随分と気楽になれる。

 ただ、柏木アリサはその魔女同盟には所属していない。

 別に、魔女同盟が嫌い、もしくは魔女同盟の中に嫌いな人がいる、というわけではない。集団活動が苦手というわけでもない。ただ単純に、所属する必要性をそれほど感じなかったから、今まで所属してこなかったというだけの話だ。魔女の友達はいないものの、普通の友達はいるし、友達とは呼べないけれども、知り合いと呼べるくらいの魔女ならいる。それだけで十分だ。魔女としての苦悩や苦しみを分かち合う、というほど悩んだこともないし、魔法の向上心もそう強くはない。他の多くの魔女と違い、アリサにとって魔法は、生まれた時から使えるものだったから、ごく自然に、当然のようにそこにあるものとして育ってきたということも大きいのかもしれない。

 だから、魔女同盟に対してそう興味のなかったアリサだけれども、その日に大きく報道された魔女同盟での内紛、分裂、そして武装蜂起というニュースにはさすがに動揺を隠せなかった。
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