それはまるで魔法のようで

綿柾澄香

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4、大きく変化が訪れる予感

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「嘘……」

 そのニュースが大きく報じられたのは放課後、アリサが家に帰るころだった。
 スマホに入った臨時ニュースの通知に『魔女が武装蜂起?』という文字があったのだ。

 アリサが最初、そのニュースを見た時に思ったのは、何かの比喩なのだろう、ということだった。魔女と呼ばれる女が主導者なのだ、とか、魔女と呼ばれる集団が起こした事件なのだ、と。とはいえ、魔女であるアリサが、そんなタイトルのニュースを気にしないはずがない。半信半疑でアリサはそのニュースを開き、そしてそれが事実だということを知った。

「……どういうこと?」

 ニュースによると、数日前に魔女というものの存在を知らせ、魔女同盟と呼ばれる組織の存在を知らせ、そしてその魔女同盟からの離脱を一人の女性が公表したのだという。世界中の報道機関に向けて、メッセージも添えて。

    ♦

 我々魔女は長きにわたり、虐げられてきた。恐れられ、憎まれ、疎まれ、蔑まれてきた。ただ、魔法を使うというだけで、攻撃されてきたのだ。

 ありのままの姿を晒すこともままならず、窮屈な暮らしを余儀なくされてきた。我々の本当の姿はこんなものではない。もっとのびのびと魔法を行使し、自由に生活できるはずだ。幸せな人生を手にできるはずだ。

 それなのに、魔女同盟はただ怯え、ひっそりと、まるで犯罪者のように隠れながら活動をしている。そうではないはずだ。彼女たちがすべきことは、魔女という存在を世に知らしめ、魔女たちのよりよい生活を目指すということだろう。我々は魔女だ、と胸を張って口にできる世界の創世を目指すべきだろう。

 無能で陰険で無力な魔女同盟はもう当てにしない。弱腰の魔女同盟から、我々は離脱する。

 そもそも、魔女はヒトよりも上位の存在のはずなのだ。
 ヒトと同じ肉体を持ち、ヒトと同じ知性を宿し、それでいて魔法を使い、そして不死だ。

 我々は明確にヒトよりも優れている。
 ならば、世界を動かすのは我々魔女であるべきだ。世界を支配すべきは我々魔女であるべきだ。

 今日、私は賛同する魔女たちと共に、立ち上がる。
 魔女同盟に宣戦布告し、このロンドンに宣戦布告し、そして世界に宣戦布告する。

 世界中にいる魔女たち。不遇の魔女たち。苦しんでいる仲間たちよ。
 今こそ世界を変えるべきなのだ。

    ♦

 魔女同盟というものの存在に、明確に触れているのが、その文章が本物であることの証明だ。

 けれども当然、そのメッセージを受け取った世界中の報道機関のすべてが当初、そのメッセージを本物として受け止めなかった。魔女を名乗るものが魔法の存在を主張したところで、今のこの時代、普通は誰も信じてなんてくれない。ただのイタズラだとして、そのまま無視されてしまう。

 それが無視されずに、数日経た今になって報道されることになったのは、ロンドンで実際に爆発が起きたからだ。市街地の一角で爆発が起き、その中心地にいた女が魔女を名乗り、大勢の人の目の前で魔法を行使し、ロンドンアイを爆破した。目撃者の証言によると、魔女は緑色の火球のようなものをその手の平から放ったのだという。そして、その後魔女は、駆けつけた特殊部隊に包囲されながら、数百発もの弾丸を打ち込まれてもなお死ななかったことから、世界中で報道されることとなった。

 アリサは魔女同盟に所属していない。それでも、このニュースはなにか、大きく変化が訪れる予感を抱かせるには充分過ぎるものだった。

「ねえ、このニュースって本当かな?」

「魔女? そんなのいるわけないじゃん」

「でも、撃たれても死ななかったんでしょ? 魔法を使う瞬間も目撃されてるし、動画も上がってるらしいよ」

「ただ、たまたま当たらなかっただけなんじゃないの。魔法ってのも今の時代、演出やトリックでどうとでもなりそうだし、動画なんて余計に加工は簡単でしょう」

「まぁ……だよねぇ」

「普通にテロなんじゃないの?」

「でも、テロを起こすのに魔法を演出する理由なんてなくない?」

「うーん、まあ、世の中には変な人たちも多いし、狂信的な信者を付いて来させるためにはそういった派手な演出も効果的なんじゃない」

「はー、なるほどね」

 なんて、同級生たちがそのニュースのことを話しながら、アリサの横を通り、校門を抜けていく。

 今ならまだ、魔法というものを信じる人々は少ない。けれども、この事件が長引けば、確実に信じる人々は増えていくはずだ。いや、彼女たちは本物の魔女だ。ならば、このまま魔女を信じる人々が増えるよりも前に、うまく迅速に事件が制圧されたとしても、確実に公の機関に魔女の存在が知られてしまう。

 イギリスという国が、いやきっと、世界中の国々が魔女というものの存在を知ることになるだろう。魔女というものが本当に存在するのだと国から正式に発表されれば、もはや隠し立てすることは不可能だ。もしかしたら、世界中で再び魔女狩りというものが始まるのかもしれない。世界中の研究機関からは魔女は研究対象として人体実験をされるかもしれない。そうなれば、間違いなく魔女にとっては今よりも余計に過ごし辛い世の中になる。

「やっぱりこのニュース、柏木は気になる?」

「……まあね」

 振り返るまでもない。そんな風に訊ねるということは、アリサが魔女であるということを知っているということ。アリサを魔女と知っているのはこの学校にはただ一人。拓光だけだ。

「でもきっと、大丈夫だよ」

 なんて、能天気に言って、拓光は笑う。アリサは知っている。彼のこの言葉には、なんの確証もない。ただ目の前にいる自分のことを安心させるためだけに放った、虚構にも近い言葉だ。けれども、それでも何の疑いもなく確信をもってそう言えてしまうのが拓光なのだ。まるでバカみたいに真っ直ぐで、それでいて嘘みたいに強い。アリサはそんな彼が少しだけ、羨ましい。そして、それと同時に彼のそんな愚直さが苦手で、その強さが眩しくて、彼から目を逸らしてしまう。

「貴方は魔女じゃないからそんなことを言えるのよ」

「そうだね、俺はきっと、魔女じゃないからそんなことを言えるんだろう。でも、どんなに世界が変わったって、キミは柏木アリサだろう? なら大丈夫さ」

「貴方が何を言いたいのかわからない」

「世界が変わっても、キミは変わらないだろうってこと。そして、キミはとても強い」

「貴方に私の何がわかるっていうの」

「まあ、たかだか半年くらいの付き合いだから、確かにそう言われると弱いけど……」

 そう言って、拓光は頬をかく。

「……でも、うん、キミは強い。だから大丈夫」

「そんな気休めはいらない」

「気休めじゃないさ。俺は少しだけだけれども、キミのことを知っている。魔女であることを隠して生活し、魔女同盟にも所属せず、両親もいない。それでも普通に学校に通って、普通の女の子として暮らしながら、それでも気高く魔女であろうとするキミは間違いなく強い」

 それは事実だ。確かにアリサは両親がいない。けれども、物心ついた頃には両親はもういなかったし、それがアリサにとっての普通だった。別にそれがアリサが強いという証明にはならない。世の中に両親がいない子供なんていくらだっている。学校に通うのも、特別なことではない。普通に同世代の女の子たちと同じような生活を送りたいと思っていただけだし、魔女同盟に所属していないのもただの気紛れだ。魔女であることに誇りを持っているわけでもない。魔法を練習していたのは、ただ単純に、もっと思い通りに魔法が使えればもっと楽になるだろう、と思っていただけだ。

 ――だから、私は強いわけじゃない。

 アリサは拓光に背を向ける。

「別に、私は強くなんかない。ただ、成すがまま、成されるがままに、流されながらただ惰性で生きてきただけ。これが私にとっての平凡なの。“普通”の定義なんて、人によってぜんぜん違うんだから、こんなことを私の強さだなんて言わないで」

「……そっか。柏木の言いたいことはわかった。確かに今キミが言ったように、普通の定義は人によってぜんぜん違うんだろう。でも、それと同じように“強さ”の定義も人によってぜんぜん違うはずだ。俺にとっての強さの定義は、キミだよ。キミのその在り方は、強さは、俺にとっての理想なのだと思う」

「そう、まあ言うだけ、思うだけなら貴方の自由よ。他人の思想や信念に、とやかく言えるほど私は立派じゃない」

 そっか、と囁くように吐いて、拓光は小さく肩をすくめる。

 アリサはもう一度ネットニュースのトップを開いてみる。そこには『魔女が武装蜂起、死者二百人超か?』の文字が流れている。

 例え、魔女が絡むニュースでなくても、死者が出るニュースは嫌いだ。それが、不特定多数の人たちがなんの理由もなくそこに居合わせたというだけで、死んでしまうというものならばなおさらだ。しかも、その事件は自分と同じ魔女が引き起こしたものだ。不安感も、憤りも、悲しみも、そして同時に罪悪感も浮かんできて、アリサは今にも走り出したくなってしまう。

 この事件を引き起こした魔女の言いたいことはよくわかる。魔女が怯え、隠れながら過ごす世界よりも、穏やかにのびのびと暮らせる世界は魅力的だ。そんな世界が存在するのならば、実現するのならば、どんなにいいか。けれども、その世界を実現するために、多くの人々の犠牲を必要とするのならば、そんな世界はいらない。そんな悲しみの上に成り立つような世界で、生きていきたいとは思わない。

「キミは、彼女たちの言い分に納得できる?」

 と、拓光が訊ねる。

「さあね。でも、理解はできる」

「もし、彼女たちがキミに魔女たちの解放のために力を貸してほしいといったら、協力するかい?」

「それはない。私は今の暮らしに何の不満も無いもの。多少の生きづらさはあるけれど、そんなのは誰だって抱いているものでしょう? 多くの人を、文字通り犠牲にして、殺してしまって、その上でより良い生活を手に入れようとは思わない。あの人たちのやり方は間違っている。私は、魔女である前に、ひとりの人間よ。ひとりの人間として、彼女たちのやり方を受け入れることは出来ない」

 そこまで言って、アリサはそっぽを向く。

「そっか、まあ、例え仮にキミが魔女の側に付いたとしても、俺にはどうすることもできないし、どうにかする権利もないからね。結局のところはキミ次第だ。人間側の立場としては、柏木アリサという人物の人格を信じるしかない」

 そう言って、拓光は歩き出す。

「それじゃ、今日はそろそろ帰るよ。また明日」

 と、こんな事件が起きたというのに、まるでいつもと同じ明日が来るような別れの挨拶を残して行ってしまう。

 空を見上げると、金色に近い夕日が眩しい。

 確かに、今回ロンドンで起きた事件は大きなものだけれども、日本にいる自分にただちに影響があるというわけでもない。どうせ今の自分に出来ることは何もないし、今日のところはとりあえず帰るか。と、アリサも歩き出す。
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