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異腹の妹弟

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 「グスタフ!」
馬に乗った弟を、下の兄が呼び止める。
「どこへ行く気だ?」

「決まってる。シェーンブルンだ。殿下に会いに行く」
胸を張り、大声で答える。

「グスタフ! この馬鹿が!」
馬の進路を塞ぎ、3つ年上の兄は、怒鳴りつけた。
「お前が行ってどうする? 何様のつもりだ!」

 もちろん、友人だ。頼りにならないかもしれないが、何の役にも立たないかもしれないが、グスタフは彼の友人なのだ。
 だから彼は、絶対的家父長の立場をひけらかす兄に逆らった。

「そこをどけ、兄貴! 俺は、プリンスに、心からの献身を誓った! 殿下は今、どれだけ、寂しく、心細い思いをしておられるか……。邪魔をすると、たとえ実の兄でも、容赦しないぞ」

 鞍の上から馬を操り、兄を踏みつけようとする。

「よく考えろ」
 危ういところで、兄は、馬の蹄をよけた。
 語調を変え、諭すように続ける。
「俺達の義理の妹弟きょうだい……恐れ多くも、パルマ女公マリー・ルイーゼ様のお子様たち……でさえ、呼ばれていないのだ。実のお母様パルマ女公が、シェーンブルンへ行かれているのにも関わらず、だ!」


 アルベルティーナとヴィルヘルムの妹弟は、グスタフら兄弟と、血がつながっている。
 父親が、同じだからだ。

 だが、妹弟の母は、グスタフらの母とは、全然違った。
 彼らの母は、マリー・ルイーゼ……皇帝の娘……だった。

 ウィーン会議の後、皇女マリー・ルイーゼは、パルマに所領を貰った。グスタフの父は、皇女の護衛として、共にイタリアへ下った。

 グスタフらの母とは、その際に離婚した。父との離婚後すぐに、母は亡くなった。しかし、マリー・ルイーゼの夫、そしてプリンスの父ナポレオンは、遠くセント・ヘレナでまだ生きていた。グスタフの父との間に、子どもが生まれたのは、ナポレオン生存中のことだ。

 それが、アルべルティーナとヴィルヘルムだ。

 皇族は所領を持たない臣下との結婚を禁じられている。貴賤婚ゆえに、生まれた子どもたちは皇族に列せられることはなかったが、グスタフの妹弟は、皇帝の血を引いている。


 さらに、兄は言い募った。
「それなのに、一介の軍人でしかないお前が、皇帝の孫ライヒシュタット公のご最期に、立ち会えるものか!」

「俺は、彼のそばで育った!」

 父のナイペルクは、母と引き離されたプリンスの傍に、同じ年齢の息子、グスタフを侍らせた。幼い彼から母を奪ったことの、せめてもの贖罪のつもりだったのだろうか。

 3年前、死に瀕したナイペルクからの手紙で娘の貴賤婚を知った皇帝は、自ら孫のライヒシュタット公に、母の再婚を伝えた。だが、結婚の事実を伝えただけで、子どもがいることについては知らせなかった。

 亡父の不実を怒り、プリンスの異父妹弟についての詳細を教えたのは、他ならぬグスタフだ。
 彼は、ウィーンに置き去りにされたプリンスの悲哀と孤独をよく知っていた。

「俺は、絶対の忠誠と、許されるのなら、真実の友情を、彼に対して抱いている!」


「馬鹿野郎! アルベルティーナ様異母妹ヴィルヘルム様異母弟の気持ちも考えろ!」
兄が怒声を上げた。
「血の通った兄上であられるにもかかわらず、お二人は、生涯で一度も、ライヒシュタット公に会わせてもらえないんだぞ!」

 そうだ。
 異腹の妹と弟は、プリンスと血が繋がっている。

 ……にもかかわらず、彼らは、一度も、彼に会ったことがない。一度も会わぬまま、彼らの兄は、死のうとしている……。


「馬から降りろ、グスタフ! 亡き父上の顔に、泥を塗る気か!」

 馬が、ぴたりと止まった。
 騎手が、馬から、転がり落ちた。
 そのまま、泥だらけの地面に、倒れ伏した。


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