ライヒシュタット公とゾフィー大公妃――マクシミリアンは誰の子?

せりもも

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2 くそ生意気な甥

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 シェーンブルンには、すでに、姉のマリー・ルイーゼとその息子フランツが、来ていた。

 連合軍のパリ進軍に伴い、マリー・ルイーゼは、フランスを出、実家であるオーストリア、ハプスブルク宮廷に帰ってきていた。
 3歳になったばかりの息子を連れて。

 ナポレオンは退位し、だが、その尊厳は完全には奪われず、エルバ島に封じられた。
 エルバ島の領主となった彼は、妻と息子を取り返そうとし、何度か、マリー・ルイーゼに手紙を寄こした。もちろん、父の皇帝も、宰相のメッテルニヒも、皇女マリー・ルイーゼに、ナポレオンとの接触を厳しく禁じた。

 フランツは、何も知らなかった。依然として彼は、フランスからついてきた取り巻きに囲まれ、母はそばにいて、幸せといえば、幸せだった。
 大好きな父とは、会えなかったけれども。


 フランツにとっては、母方の叔父であるF・カールは、当時12歳。おとなでもあり、子どもでもある、微妙な時期だ。



 「天気のいい日だった。気持ちのいい風が吹き、シェーンブルンの花壇には、満開の薔薇が咲き誇っていた」



 ……「まあ、F・カール。あなたも遊びに来たの」

 マリー・ルイーゼは、一人だった。彼女の息子は、温室の向こうの砂場にいるという。

 ……「行ってらっしゃい、私の可愛い息子」

 蕩けそうな声で、義母が言った。F・カールの新しい母は、姉とたった5歳しか違わない。父の皇帝の妻となった皇妃は、イタリアのエステ家の血を引く、若く美しい母だった。
 皇妃は、子どもたち……叔父と甥の関係だが……を、仲良くさせたいらしかった。
 また、子どもらのいないところで、継娘のマリー・ルイーゼと、つもり話もあったらしい。


 皇帝と皇妃は、従兄妹同士の結婚だった。新しい皇妃マリア・ルドヴィカと、皇帝の長女マリー・ルイーゼは、子どもの頃から行き来があり、姉妹のように仲が良かった。
 ただ、マリア・ルドヴィカは、ナポレオンが大嫌いだった。彼女の実家の領土は、ナポレオンにより、奪われた。彼女の父は、ナポレオンを呪いながら死んでいったという。

 マリア・ルドヴィカは、継娘ルイーゼの、フランスかぶれを、どうにかしたいらしかった。

 フランス人の従者に取り巻かれ、腕にナポレオンの細密画ミニアチュールをつけたマリー・ルイーゼは、オーストリアの皇女というより、依然として、フランスの皇妃だった。シェーンブルン宮殿の、彼らが占拠した一角は、さながら、フランスの派出所のようだ。
 フランス帝国は、崩壊したというのに。彼女の夫は、皇帝の座を追われたというのに。

 もちろん、12歳のF・カールには、義母のそこまでの深慮はわからない。
 しぶしぶ彼は、温室を横切り、砂場へ向かった。




 「でも、あいつ、生意気でさ……」



 F・カールは、甥より9歳、年上である。幼児と遊ぶなど、できるものではなかった。
 その上、フランスから来たこのチビは、フランス語しか、話そうとしない。服も、フランス製のものにしか、袖を通さない。



 「僕はその頃、フランス語の授業に落ちこぼれてたし、」



 当然、この二人に、意思の疎通はなかった。フランツは、F・カールに近寄ろうともしない。が、こちらが気になるのだろうか。おもちゃ(それは、F・カールのものだった。突然のパリ脱出で、彼は、自分の玩具を持ち出せなかったのだ)で遊びながら、ちらっ、ちらっ、と、こちらを見ている。



「で、僕は、言ってやったんだ……」



 ……「僕は、フランス人の子どもとは、遊ばない」
 もちろん、ドイツ語を使った。にも、関わらず、甥は反応した。

 ……「ぎぃゃーーーーーーーーーーーーっ!」

 それが、彼からの返事だった。
 慌てて駆けつけてきたマリー・ルイーゼに向かって、彼は叫んだ。(こちらは、フランス語だった。意味はあとから、家庭教師に聞いた)

 ……「ママ! このクソガキを、早くあっちへ連れて行ってよ!」



 「生意気なガキでさ。くそナマイキで、でも、かわいいんだ。僕は、彼を、放っておけなかった……」





 もう、何度目になるだろうか。この話を聞かされるのは。
 それでもゾフィーは、辛抱強く夫の話を聞き、最後の方では、笑ってみせもした。


 彼女は彼女で、鬱屈していた。

 ……フランツ。

 最後に彼に会ったのは、7月5日のことだ。
 翌6日に、次男マクシミリアンが生まれ、22日早朝に、彼は亡くなった。

 ……亡くなるまでの、17日もの間、私は、一度も、彼に会わなかったのだわ……。

 年齢の近い叔母として、何より、ウィーン宮廷での同志として、あまりにも、薄情に過ぎるのではなかったか。







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