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8 尊敬する上官

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 「ライヒシュタット公」
歯切れのよい声が呼びかけた。

 白の軍服に、赤いズボンの将校が歩いてくる。
 額に斜めに流した前髪が、軽くカールしている。髪も目も、濃い色だ。肌の色が白く、細身で、すらりとしていた。
 北欧系のようだ。

 「ヴァーサ公!」
 フランツが叫んだ。
 嬉しそうな、誇らし気な声。

 ……この人が。
 フランツの演習での、上官だ。フランツは、彼の連隊で実務訓練を受けている。
 直接会ったことはないが、ゾフィーは、彼のことは知っていた。グスタフ・ヴァーサは、彼女の、母方の従兄に当たる。母親同士が姉妹なのだ。




 声を弾ませ、フランツがヴァーサに尋ねている
宮殿こちらにいらしてたのですか?」
「クツシェラ将軍に呼ばれて」
 ヴァーサ公は答えた。にっこり笑って、フランツを見る。
「いつも朝が早いのに、君は、元気がいいな」
「はい! 明日もよろしくおねがいします!」

 フランツの、声だけでなく、体まで弾んでいるように見える。全身から、喜びが沸き立っている。好きで好きでたまらない気持ち。フランツの、希望に満ちた好意を、ゾフィーは感じた。
 ヴァーサ公は、新しい生活で得た、尊敬する将校なのだと、彼は、全身で主張していた。

 再び相手は微笑んだ。包容力のある、優しい笑顔だ。
「ああ。明日はプラーターで……」
そこで、ヴァーサ公は、ゾフィーに気がついた。
「これはこれは、ゾフィー大公妃。お初にお目にかかります」

 丁重に頭を下げた。顔を上げ、ゾフィーを見つめる。
「あなたのことは、亡くなった母から、聞かされておりました」

 なめらかな一連の動きが、止まった。
「近くで拝見すると、あなたは、……なんてあなたは……美しい」
 彼の目の色が、一段と深い鋼色を帯びたことに、ゾフィーは気がついた。

 下腹が、どくんと疼いた。

 はしゃいだ声で、フランツが尋ねる。
「クツシェラ将軍は、何かおっしゃっていましたか?」
「……」
「近日中に、僕からも、連絡を取らねばならないのですが」
「……」
「ヴァーサ公?」

 びくりと、ヴァーサ公の肩が震えた。
 不躾にゾフィーの上に据えていた目線を引き剥がし、フランツに移す。

「将軍は、何もおっしゃっていなかったよ」
ぎこちない笑みを浮かべた。
「逆に、私の方から報告しておいた。君の活力は、素晴らしいって。ライヒシュタット公は、やる気に満ちていて、兵士たちの憧れの的だ! ってね」

「いえ! まだまだです!」

 フランツの頬が、真っ赤に染まっている。
 憧れの人を見る目で、彼は、上官を見上げた。

 なぜか、ヴァーサ公は、そわそわとし始めた。
「それではまた、明朝! 寝坊するなよ。今夜は早く寝ろ!」
「はい!」
直立不動で、フランツは敬礼をした。

 ちらと、ヴァーサ公がゾフィーに視線を投げた。無礼なくらい、遠慮のない目線だった。
 ゾフィーは、衣服を脱がされ、心の奥まで見透かされたような気がした。
 しかし、全然、不快ではなかった。
 不快どころか……。






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