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10 不穏

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 「また、フランツと出かけるのか?」
 ある日のこと。
 夫のF・カール大公が声を掛けてきた。





「ええ」
 ゾフィーは答えて、首元のスカーフをきゅっと結んだ。
 鏡を覗き込み、頬紅のチェックをする。

 夫が、後ろに立った。
「今日はどこに? 芝居か?」

「いいえ。シェーンブルンへ行こうと思いますの」
 少なくともそれは、嘘ではない。

「雨が降らないだろうか。朝から曇りがちのようだが」
「平気ですわ。庭園には、あずまやもありますし」
「ああ、お前のお気に入りの隠れ家か」
訳知り顔で、F・カールは答えた。

 ゾフィーは、むっとした。
 彼女のことなら何でも知っているという、夫の態度が厭わしかった。
 ……私のことなんか、何も知らないくせに。

 夫が、彼女の肩に手を置いた。
「フランツと、庭園を散策するのだな?」
 背後から、鏡を覗き込んできた。鏡の中の彼女の目を、捕らえようとする。
「ええ」
微妙に目線を反らせ、ゾフィーは、彼と目を合わせることを避けた。

 F・カールは、ため息をついた。
「そうか。気をつけていってくるがいい」
「はい」
「くれぐれも雨に濡れないように。今頃の雨は、体に毒だ」
「わかっていましてよ」
ぴしゃりと、ゾフィーは答えた。





 庭園のどこかで、ひときわ高く、鳥が囀った。
 狩猟場になっている森林地区から、ぱあん、という破裂音が聞こえる。


 花壇を抜けた噴水の先、樹々の高い梢に覆われた東屋から、一人の貴婦人が飛び出してきた。
 肩に掛けたショールが脱げかけ、スカートの位置がずれている。
 真っ赤な顔で、後をも見ずに、細い小道を駆けていく。
 覚束ない足取りだ。
 ゆっくりと、東屋から、男が出てきた。

 白い制服に、高級将校の穿く、赤いズボンを着用している。

 男は、婦人が走り去った小道を、いつまでも見つめていた。
 ……。






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