竜王に嫁いだら、推しの半竜皇子の継母になりました〜冷酷な夫には興味ありませんが、闇落ち予定の皇子は私が全力で幸せにします!〜

せりもも

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12 天が齎す死

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 「さようでございますか」
 ことの次第を聞いて、執事のマティルドはため息を吐いた。

 彼も混じりけなしの獣人だけど、ワッツァやオーギュストと違って、優しく穏やかだ。それになにより、彼はバートラフの味方だ。
 わたしにとっても、頼もしい存在だ。

「尻尾は、これから立派になるに決まってるわ。竜体にだって、ちゃんと変化《へんげ》できるようになる。おとなになれば、必ず。それを、あのオーギュストったら!」

 ……。
 ワッツァの弟、バートラフの叔父は、めいっぱいバートラフを侮辱した後、いきなり、竜体に変化した。
 オレンジ色の派手な竜だった。
 わたしは慌ててバートラフの鼻と口を塞いだ。
 竜の形になると、瘴気が発生するという。バートラフは半竜だから耐性があるとはいうが、彼にほんの少しでも苦しい思いをさせたくない。
 緑の目でじろりとわたしを睨んでから、オレンジの竜は、天高く駆け上がる。

「これが真の竜というものだ。ここまでなれぬのなら、お前の命は尽きたも同じだな」

 雨をざんざん降らせ、大地を揺るがすほどの大風を吹かせて、空の高みからオーギュストはバートラフを罵った。
 可哀そうなバートラフは、小刻みに震えている。
 わたしは彼の体をしっかりと抱きしめた。
 どす黒く濁った空を、オーギュストは、皇都の方角目指して飛び去って行った。
 ……。


 執事の淹れてくれた香り高いお茶を、一息に飲み下した。
 わたしの精神状態を察してか、お茶はぬるかった。さもなければ、喉を火傷するところだった。

 「帰るなら、素直にさよならって言えばいいのよ。それを、思いっきりバートラフを罵倒して去っていくなんて」
 
 だん、とテーブルにソーサーを置く。レディらしからぬ行いだということはわかっている。けれど、自分を抑えきれない。だって、あんなにバートラフを馬鹿にして。それだけじゃなくて、怯えさせもして。
 あんなに小さな子を。
 あんなに健気で可愛い子を。
 バートラフは将来、有能なイケメン騎士になるのよ!

「オーギュスト公が不意に来られたから、何事かと案じておりました。魔力検定が近いのではと」
 そういえば、オーギュストがそんな風なことを言っていたと思い出した。
「魔力検定って、試験のようなものなの?」
「はい。一人前の竜になったかどうかを見定める儀式です。実はバートラフ殿下はすでに、何度か検定を受けておられますが……」
言葉を濁す。わたしは続きを待った。
「バートラフ様は、ロシュフォイユに、数千年ぶりにお生まれになった半竜です。しかも、ワッツァ皇帝陛下のお子です。初回のバートラフ殿下の魔力検定には、大勢の竜たちが集まりました」


 ……。
 会場は、帝国の盆地で行われた。空にも地にも大勢の竜が集まり、ものものしい雰囲気だった。
 幼いバートラフは、ひどく緊張しているように、執事のマティルドと養育係のエミーガルの目には見えた。
 それも、無理もないことだろう。普段彼は、竜人の少ない環境で育てられているのだから。天に竜が舞い、地上には正装した竜人貴族たちがひしめいている状況では、緊張するなという方が無理だ。

 最初の試験は、風を起こす試験だった。
 窪んだ大地にただ一人、ちょこんと立ったバートラフが、周囲の山々に向かって五体投地してから、呪文を唱えだす。

 「かしこみ恐みもの申す
  天つ御空みそらの山々の
  口より給へ 朝明けの風」

 しかし、なんとしたことか。
 風は、そよとも吹かなかった。
 観客の竜の鼻息の方が、まだ強かったくらいだ。

 次の検定は、雨を降らせる試験だ。
「竜は水と切り離せぬもの。失敗は許さぬぞ」
玉座の上からワッツァが言う。強張った顔で、バートラフは頷いた。

「天つ御空掻き曇り
 雨注ぎたべ、降りて来よ
 言祝ことほぎ奉る 村雨の音」

 水の音どころか、太陽は、翳る気配も見えなかった。半竜とは言え、バートラフは皇帝の息子だ。集まった竜たちの顔に当惑が宿る。
 憤然とワッツァが立ち上がった。
 足音荒く、立ち去っていく。
 ……。


 「それからでございます。竜たちがバートラフ殿下を、そのう……見下すようになったのは」
 言いにくそうに、マティルドは言い添えた。
 彼は頭を振り、気分を変えるように、空になったわたしのカップを取り上げた。ソーサーを敷いたまま、高い位置から紅茶を注ぐ。
「けれど、それは間違いです。バートラフ殿下は将来、立派な竜に育つと、私めは確信しております。私だけではない、長年乳母を務めてきましたエミーガルも。けれど、時間が……」

 言葉を濁す。
 わたしは言い返した。

「時間? 竜は長生きなんでしょ? 少しくらい待つべきよ」
「そうだったら、どんなにいいか」

 マティルドはため息を吐いた。力なく俯いている。
 さすがにわたしも不安になった。

「彼がおとなになるのを、待ってもらえないというの?」
 暗い目をマティルドが上げた。
「妃殿下。魔力の弱い竜は、この世界で生きることができません。竜の寿命を決めるのは天です。魔力がないことを天が怒れば、竜はそこで終わりなのです」
「終わり?」
「死ぬという事です」

 バートラフは死ぬの?
 わたしは絶句した
 そんなことがあっていいはずがない。
 だって彼は、小説「ツェデイの聖女」の登場人物で、健気で一途で思いやりがあって……、
 そうよ。
 小説のバートラフは、大人になっていた。少なくとも、幼児ではなかった。
 彼は、成長する筈だ。

 安心したせいか、マティルドの言ったことが、少しずつ頭に染みていった。
 この先、バートラフが高い魔力を得て、一人前の竜にならなければ、彼は、「天」から抹殺されてしまう。
 抹殺の時期はいつか、わからない。今日かもしれないし、100年後かもしれない。
 「天」とは、あやふやな存在なのだ。
 だから竜たちは、魔力検定を行って、幼竜が有能であることを、天に知らしめるのだという。
 けれど、バートラフは、この試験に失敗してしまったわけで……。しかも、マティルドが匂わせたところによると、何度も失敗しているらしい。

 「そもそもなぜ、魔力が弱いと死ななければならないの?」
「竜とは、魔力の強い生き物ですから。魔力のない、あるいは弱い竜は、摂理に反した存在です。生きる資格はありません」
 優しい口調だったにも関わらず、マティルドの言葉は、冷酷に響き渡った。
 わたしはぞっとした。
「バートラフは大丈夫よ。彼には尻尾が生えて来たわ。もうすぐ、立派な竜になる。高い魔力だって獲得できる」
 自分に言い聞かせるように言う。
「さようでございます」
マティルドは頷いた。
「私にできることは、あの方のご成長を見守ることだけ。あの方を信じることだけなのです」

 わたしは頷いた。
 そうよ。誰かから信じられ、愛されている子は、与えられた能力を、めいっぱい発揮することができるのよ。


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