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25 空中遊泳
ほぼ垂直に切り立った岩を、わたしは、真っ逆さまに転落していく。
また死ぬのかしら。
前世からの最オシ、バートラフの前で?
彼はわたしのことをあまり買ってくれていないけど。
見苦しい姿は見せたくない。足より頭部の方が重いのはわかってる。でも、足を上にして落ちていくなんて、そんなのはいや。せめて、地面と水平に体を横たえた状態で落ちていけたら。
切れ切れにそんなことを考えた気がする。
ふんわりとした衝撃を感じた。変な言い方だけど。まるで羽根布団の上に落下したような? それよりもまだ、優しい感じ。
わたしは、本当に地面と水平に横になっていた。ここはまだ、地面ではない。腰と肩甲骨の辺りを、何かに支えられている。
なんか短い手に抱かれてるみたい。だって、鱗でいっぱいの胸がこんなに近くにあるもの。
青い空に白い鱗。きれい。まるで雲みたい。
鱗?
竜だ!
崖から落ちたわたしは、竜の腕に抱かれていた。
「え? え? え?」
竜と言ったら、ワッツァ? まさか。ワッツァがわたしを助けてくれるわけがない。
女官のカミラでもない。あの人は緑で、それに、ワッツァに妃として迎えられたわたしを憎んでいる。嫌味なオーギュストはオレンジ色だし、マティルド? いいや、この竜はつやつやしていて、とても若く見える。
「***」
竜が何か言った。けれどうまく伝わらない。
カミラは、直接脳に語り掛けて来たけど、この竜は言葉で伝えようとしているからだ。どうやら竜の発声器官は、人間と違うらしい。
竜は諦めたようで、再び上昇し始めた。
少し昇ってから、ぴたりと止まった。まるで自分は何をしているのだろうと考えているように、空中に留まっている。
小鳥がすぐ近くまで飛んできた。何気なく手を伸ばすと、指先にちょこんと止まった。
わけもなく楽しくなって、くすくす笑ってしまった。すると、竜も楽し気に、横抱きにしたわたしを揺さぶった。
わたしと小鳥を抱えたまま、竜は、ふわふわと下降し始めた。
そして、緑の芝の上に、そっとわたしを立たせた。
宮殿の芝生だった。前に、バートラフとランチをしたところだ。
竜は着地せず、地上数メートルのところにゆったりと浮かんでいる。
初めて宮殿に来た時、カミラはわたしを振り落としたけど、それとは全然違う下ろし方だ。同じ竜とは思えないくらい優しく、気遣わし気だった。
この白い竜は誰だろう?
「あっ!」
わたしは飛び上がった。手に止まっていた小鳥が驚いて、空の彼方へ飛んでいく。
「バートラフを置いてきちゃった。崖から落ちたら大変だわ。すぐに戻らなくちゃ。竜さん、助けてくれてありがとう」
お礼もそこそこに、岩場めがけて走り出す。
途中で靴を脱ぎ捨て、ドレスを膝上までたくし上げる。
もはや身なりを構っている場合ではない。
「そんなに慌てて、誰を迎えに行くの?」
後ろから声がした。
ぎょっとして振り返り、唖然とした。
そこには、バートラフが立っていた。
バートラフ。
けれど、さっきまでの彼ではなかった。
もっとずっと小説の彼に近かった。
背はすらりと伸び、水色の巻き毛は、緩やかなウェーブに代わっている。
胸がどくんと鳴った。
「驚かないの、妃殿下?」
「いや、充分驚いてます」
掠れた声で答える。
初めて聖女アンジェリカに会った時より、少し若いくらいの年齢に見える。
今のわたしより、1つか2つくらい年下の感じだ。12歳くらいあった年の差を、一気に縮められてしまった。
心配そうに、灰色の目が揺れた。
「急に大きくなって、びっくりした?」
「ええ、そりゃあもう。そんなことより、さっきの竜は?」
「僕だよ、もちろん」
「あなた、竜になれたのね!」
「うん。でも、人間の形に戻ろうとしたら、元の体に戻れなくて」
そういえば、さっき膝が痛いと言っていたけど、あれって、成長痛?
見えないところで、体は成長の準備をしていたのかもしれない。
急な変化に驚いているのは、わたしだけではなかった。バートラフ自身も、自分の急激な成長に驚き、戸惑っている。
「妃殿下が落ちて行くのを見た時、どうしても助けなくちゃって思った。ミミは死んじゃったけど、妃殿下は死なせるわけにはいかないって」
ウサギと一緒かい。
「何か言った?」
「ううん、何も」
ウサギと一緒でもいい。ミミは、バートラフが初めて心を許した生き物だから。
「そしたら、急に体が熱くなった。熱が出た時みたいに。気がついたら、空に浮いてた」
俄かに心配そうな顔になった。
「でも、なんてことをしてしまったのだろう。妃殿下の前で竜体になるなんて!」
瘴気は、人の姿では発生せず、竜になった時にまき散らされるという。バートラフは、わたしの前で竜の姿に変化してしまったことを、ひどく悔やんでいた。
「でも、貴方が竜になって救ってくれなければ、わたし、死んでたよ」
そう言うと、ぎょっとしたような顔になった。
「死ぬなんて言わないで」
「うん、ごめん。だいじょうぶ。わたしは丈夫にできてるから。カミラが竜になっても平気だった」
「カミラ……そんなことが? 貴女の目の前で、彼女は竜体になったのですか!?」
そのあまりの強い口調に、そら恐ろしささえ感じた。いけない。このままでは、カミラが叱責されてしまう。
「知らなかったのよ、きっと。皇都には人間はいないのでしょう?」
「いますよ。そして竜人なら誰でも、竜になった時の瘴気が、人間に対して有害なことを知っています」
バートラフは唇を噛み締めた。
また死ぬのかしら。
前世からの最オシ、バートラフの前で?
彼はわたしのことをあまり買ってくれていないけど。
見苦しい姿は見せたくない。足より頭部の方が重いのはわかってる。でも、足を上にして落ちていくなんて、そんなのはいや。せめて、地面と水平に体を横たえた状態で落ちていけたら。
切れ切れにそんなことを考えた気がする。
ふんわりとした衝撃を感じた。変な言い方だけど。まるで羽根布団の上に落下したような? それよりもまだ、優しい感じ。
わたしは、本当に地面と水平に横になっていた。ここはまだ、地面ではない。腰と肩甲骨の辺りを、何かに支えられている。
なんか短い手に抱かれてるみたい。だって、鱗でいっぱいの胸がこんなに近くにあるもの。
青い空に白い鱗。きれい。まるで雲みたい。
鱗?
竜だ!
崖から落ちたわたしは、竜の腕に抱かれていた。
「え? え? え?」
竜と言ったら、ワッツァ? まさか。ワッツァがわたしを助けてくれるわけがない。
女官のカミラでもない。あの人は緑で、それに、ワッツァに妃として迎えられたわたしを憎んでいる。嫌味なオーギュストはオレンジ色だし、マティルド? いいや、この竜はつやつやしていて、とても若く見える。
「***」
竜が何か言った。けれどうまく伝わらない。
カミラは、直接脳に語り掛けて来たけど、この竜は言葉で伝えようとしているからだ。どうやら竜の発声器官は、人間と違うらしい。
竜は諦めたようで、再び上昇し始めた。
少し昇ってから、ぴたりと止まった。まるで自分は何をしているのだろうと考えているように、空中に留まっている。
小鳥がすぐ近くまで飛んできた。何気なく手を伸ばすと、指先にちょこんと止まった。
わけもなく楽しくなって、くすくす笑ってしまった。すると、竜も楽し気に、横抱きにしたわたしを揺さぶった。
わたしと小鳥を抱えたまま、竜は、ふわふわと下降し始めた。
そして、緑の芝の上に、そっとわたしを立たせた。
宮殿の芝生だった。前に、バートラフとランチをしたところだ。
竜は着地せず、地上数メートルのところにゆったりと浮かんでいる。
初めて宮殿に来た時、カミラはわたしを振り落としたけど、それとは全然違う下ろし方だ。同じ竜とは思えないくらい優しく、気遣わし気だった。
この白い竜は誰だろう?
「あっ!」
わたしは飛び上がった。手に止まっていた小鳥が驚いて、空の彼方へ飛んでいく。
「バートラフを置いてきちゃった。崖から落ちたら大変だわ。すぐに戻らなくちゃ。竜さん、助けてくれてありがとう」
お礼もそこそこに、岩場めがけて走り出す。
途中で靴を脱ぎ捨て、ドレスを膝上までたくし上げる。
もはや身なりを構っている場合ではない。
「そんなに慌てて、誰を迎えに行くの?」
後ろから声がした。
ぎょっとして振り返り、唖然とした。
そこには、バートラフが立っていた。
バートラフ。
けれど、さっきまでの彼ではなかった。
もっとずっと小説の彼に近かった。
背はすらりと伸び、水色の巻き毛は、緩やかなウェーブに代わっている。
胸がどくんと鳴った。
「驚かないの、妃殿下?」
「いや、充分驚いてます」
掠れた声で答える。
初めて聖女アンジェリカに会った時より、少し若いくらいの年齢に見える。
今のわたしより、1つか2つくらい年下の感じだ。12歳くらいあった年の差を、一気に縮められてしまった。
心配そうに、灰色の目が揺れた。
「急に大きくなって、びっくりした?」
「ええ、そりゃあもう。そんなことより、さっきの竜は?」
「僕だよ、もちろん」
「あなた、竜になれたのね!」
「うん。でも、人間の形に戻ろうとしたら、元の体に戻れなくて」
そういえば、さっき膝が痛いと言っていたけど、あれって、成長痛?
見えないところで、体は成長の準備をしていたのかもしれない。
急な変化に驚いているのは、わたしだけではなかった。バートラフ自身も、自分の急激な成長に驚き、戸惑っている。
「妃殿下が落ちて行くのを見た時、どうしても助けなくちゃって思った。ミミは死んじゃったけど、妃殿下は死なせるわけにはいかないって」
ウサギと一緒かい。
「何か言った?」
「ううん、何も」
ウサギと一緒でもいい。ミミは、バートラフが初めて心を許した生き物だから。
「そしたら、急に体が熱くなった。熱が出た時みたいに。気がついたら、空に浮いてた」
俄かに心配そうな顔になった。
「でも、なんてことをしてしまったのだろう。妃殿下の前で竜体になるなんて!」
瘴気は、人の姿では発生せず、竜になった時にまき散らされるという。バートラフは、わたしの前で竜の姿に変化してしまったことを、ひどく悔やんでいた。
「でも、貴方が竜になって救ってくれなければ、わたし、死んでたよ」
そう言うと、ぎょっとしたような顔になった。
「死ぬなんて言わないで」
「うん、ごめん。だいじょうぶ。わたしは丈夫にできてるから。カミラが竜になっても平気だった」
「カミラ……そんなことが? 貴女の目の前で、彼女は竜体になったのですか!?」
そのあまりの強い口調に、そら恐ろしささえ感じた。いけない。このままでは、カミラが叱責されてしまう。
「知らなかったのよ、きっと。皇都には人間はいないのでしょう?」
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バートラフは唇を噛み締めた。
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