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27 成竜検定の通知
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バートラフが成竜になったという知らせは、その日のうちに、帝都コンディエンヌに届いた。
さっそく、魔力測定の日時を知らされてきた。魔力がないと判定されれば殺されてしまうという、恐ろしい検定試験だ。
バートラフは、前回は、ワッツァのお目こぼしで、なんとか生きて帰ることができた。
今回は……もちろん大丈夫だ。
今までバートラフは地道に努力を重ねて来た。立派に竜に変化できるようになった今、彼は自在に気を操り、高い魔力を示すだろう。
うっかり尻尾を仕舞い忘れることもなくなった。それはちょっと残念だったけど。
もちろん、わたしも、コンディエンヌに同行するつもりだ。
バートラフの魔力測定?
竜になった彼が自在に魔力を操るなんて、そんなスペクタクル、見たいに決まってる。
けれど、マティルドは渋い顔をした。
「コンディエンヌでは、竜人は気軽に竜の姿になります。竜になれば瘴気が起こり、それは妃殿下の健康に重篤な悪影響を与えます」
首を振り振り、そんな風に言う。
「マティルドの言う通りです」
執事に援軍が入った。
バートラフだ。
すっかり幼児期を抜けたバートラフが、すらりとしたシルエットで窓辺に寄り掛かり、腕を組んで立っている。
「竜になっても、僕からは瘴気は発生しません。それは、僕が半分、人間だから。けれど、他の竜は違う。彼らが竜体に変化する時には、恐ろしい瘴気が発生する。彼らは、近くに人間がいるからといって、竜に変化することをためらったりしません。特に帝都の竜の放つ瘴気は強烈です」
あれから何度も、バートラフが竜に変化する際の瘴気の測定が行われた。彼がそれを望んだからだ。離宮には人間が大勢仕えている。人間の血を引く幼竜だった彼を守る為だが、その従者たちの健康に悪影響を与える可能性を、彼は許せなかったのだ。
結果として、竜に変化しても、バートラフからは瘴気は確認できなかった。
これで、竜になった彼にも、気軽に近寄ることができる。わたしは嬉しかったけど、一番喜んでいたのは、当のバートラフ本人だった。
もちろん、自分が使用人たちの害にならないと知ったからだ。
そして彼は、わたしに対しては、未だにひたすら頑固だ。
「妃殿下はここにお残り下さい。俺は一人でコンディエンヌ城へ行きます」
バートラフの魔力測定。
竜の姿での大活躍。
見たい。見たすぎる。
「わたしも行きたい」
「わがままです」
ぴしりと言い放たれた。
「妃殿下」
マティルドが口を出す。
「若い竜は、自分を育てた者が一緒だと、いろいろとやりにくいものです。まして妃殿下は、殿下の母親でございますから。母とはどういうものか、私には経験がございませんが、人間どもの話では、大層、厄介なものだとか」
わたしにも母の記憶はない。前世でもこの世界でも、物心ついた時には、既に死んでいたから。
「とにかく、妃殿下はソスクレア宮殿に残るように。これは命令です」
バートラフの形の良い鼻が、得意げに蠢いているように見えた。
「命令?」
「この宮殿の主は、僕です」
馬鹿丁寧な言い方が、憎たらしい。
少し前までは、可愛い少年だったのに。成竜になったとたん、わたしに命令するようになるなんて。
名実ともにソスクレア宮殿の主となったバートラフは、かなり尊大な態度を示すようになった。けれど決して威張っているのではなく、彼に仕える人たちを慮ってのことだとすぐにわかった。
彼は城の収支を把握し、無駄を削減した。壊れている場所を修理するよう命じ、竜体になって自ら、城の屋根を点検したりもした。
180年も経ってようやく成竜になった彼は、今までの遅れを取り戻すべく、猛然と働き始めたのだ。つまり、身分のある竜の責務を果たし始めた。
だからわたしは、彼をそっと見守ることにした。もちろん、無理はしてほしくない。けれど、高貴な身分の者には、それ相応の責任もあるものだ。長い幼体時代に、バートラフがそのことをきっちりと学んでいたなんて、むしろ素晴らしいことだと思う。
忙しい日々を送っている彼は、朝食だけは必ずわたしと一緒に摂る。昼と夜は、仕事相手と食事をすることが多かったので、時間が取れるのは朝だけだったからだ。
時折、わたしが作ることもあった。焦げた目玉焼きや塩辛くなってしまったスープを、彼は文句も言わずに完食してくれる。もう、感謝しかない。
日中は会えないことも多かったけど、ただいまの挨拶だけは必ず言いにきた。だからわたしも、夜遅くなっても寝ないで、彼が住居部分に帰ってくるまで待っている。
というか、むしろ、彼がいないのは好都合だった。わたしは城中を歩き回り、セティを探した。
「妃殿下におかれては、この頃、宮殿内を散策されることが多いそうですが」
ある晩、執務室から帰ってきたバートラフが切り出した。毛皮をあしらったクロークを長椅子に投げ出し、ひどく不機嫌そうだ。
「何か、お探し物でも?」
わたしがセティを探し回っていることを、従者の誰かが、バートラフに知らせたのだろう。
彼には、セティのことは話していない。バートラフは、ワッツァの息子だ。父を敬愛している。父が閉じ込めた人間を、解放してくれるわけがない。
今だって、従者たちは間違いなくわたしがセティを探していることを告げたはずだ。けれど彼は、セティの名を口にしなかったばかりか、わたしが人探しをしていることさえ知らぬふりをした。
バートラフは、城に忍び込んだセティのことを快く思っていない。
けれど、背に腹は代えられない。地下牢は不健康極まる場所で、長い監禁は、それだけで命の危機に繋がる。バートラフなら、セティがどこに閉じ込められているか知っているだろう。
「お願い、バートラフ。セティを助けて。彼を地下牢から出してあげて」
「セティ?」
バートラフは眉を吊り上げた。大げさで、仰々しいしぐさだ。
「それは、貴女の大切な人なんですか?」
「ええ。たとえようもなく」
「ダメですね」
きっぱりとバートラフは言い放った。
「地下室に捕らえられているのは、悪辣な政治犯ばかりです。解放するわけにはいきません」
「そんな……」
「あなたの関係者なら、処刑したりしません。いいですか。これは温情です。セティとやらには、命が尽きるまで、地下牢に入っていてもらいます」
「だって、セティは何も悪いことはしていないのよ? 彼はただ、危険からわたしを逃そうとしただけで。それをワッツァが……、」
「父上が逮捕されたのなら、余計です。セティを逃がすことはできません」
「でも、」
「この話は終わりです。二度と蒸し返さないでください」
取り付く島もなかった。にべもなく言い放ち、バートラフはわたしの部屋から出て行った。
さっそく、魔力測定の日時を知らされてきた。魔力がないと判定されれば殺されてしまうという、恐ろしい検定試験だ。
バートラフは、前回は、ワッツァのお目こぼしで、なんとか生きて帰ることができた。
今回は……もちろん大丈夫だ。
今までバートラフは地道に努力を重ねて来た。立派に竜に変化できるようになった今、彼は自在に気を操り、高い魔力を示すだろう。
うっかり尻尾を仕舞い忘れることもなくなった。それはちょっと残念だったけど。
もちろん、わたしも、コンディエンヌに同行するつもりだ。
バートラフの魔力測定?
竜になった彼が自在に魔力を操るなんて、そんなスペクタクル、見たいに決まってる。
けれど、マティルドは渋い顔をした。
「コンディエンヌでは、竜人は気軽に竜の姿になります。竜になれば瘴気が起こり、それは妃殿下の健康に重篤な悪影響を与えます」
首を振り振り、そんな風に言う。
「マティルドの言う通りです」
執事に援軍が入った。
バートラフだ。
すっかり幼児期を抜けたバートラフが、すらりとしたシルエットで窓辺に寄り掛かり、腕を組んで立っている。
「竜になっても、僕からは瘴気は発生しません。それは、僕が半分、人間だから。けれど、他の竜は違う。彼らが竜体に変化する時には、恐ろしい瘴気が発生する。彼らは、近くに人間がいるからといって、竜に変化することをためらったりしません。特に帝都の竜の放つ瘴気は強烈です」
あれから何度も、バートラフが竜に変化する際の瘴気の測定が行われた。彼がそれを望んだからだ。離宮には人間が大勢仕えている。人間の血を引く幼竜だった彼を守る為だが、その従者たちの健康に悪影響を与える可能性を、彼は許せなかったのだ。
結果として、竜に変化しても、バートラフからは瘴気は確認できなかった。
これで、竜になった彼にも、気軽に近寄ることができる。わたしは嬉しかったけど、一番喜んでいたのは、当のバートラフ本人だった。
もちろん、自分が使用人たちの害にならないと知ったからだ。
そして彼は、わたしに対しては、未だにひたすら頑固だ。
「妃殿下はここにお残り下さい。俺は一人でコンディエンヌ城へ行きます」
バートラフの魔力測定。
竜の姿での大活躍。
見たい。見たすぎる。
「わたしも行きたい」
「わがままです」
ぴしりと言い放たれた。
「妃殿下」
マティルドが口を出す。
「若い竜は、自分を育てた者が一緒だと、いろいろとやりにくいものです。まして妃殿下は、殿下の母親でございますから。母とはどういうものか、私には経験がございませんが、人間どもの話では、大層、厄介なものだとか」
わたしにも母の記憶はない。前世でもこの世界でも、物心ついた時には、既に死んでいたから。
「とにかく、妃殿下はソスクレア宮殿に残るように。これは命令です」
バートラフの形の良い鼻が、得意げに蠢いているように見えた。
「命令?」
「この宮殿の主は、僕です」
馬鹿丁寧な言い方が、憎たらしい。
少し前までは、可愛い少年だったのに。成竜になったとたん、わたしに命令するようになるなんて。
名実ともにソスクレア宮殿の主となったバートラフは、かなり尊大な態度を示すようになった。けれど決して威張っているのではなく、彼に仕える人たちを慮ってのことだとすぐにわかった。
彼は城の収支を把握し、無駄を削減した。壊れている場所を修理するよう命じ、竜体になって自ら、城の屋根を点検したりもした。
180年も経ってようやく成竜になった彼は、今までの遅れを取り戻すべく、猛然と働き始めたのだ。つまり、身分のある竜の責務を果たし始めた。
だからわたしは、彼をそっと見守ることにした。もちろん、無理はしてほしくない。けれど、高貴な身分の者には、それ相応の責任もあるものだ。長い幼体時代に、バートラフがそのことをきっちりと学んでいたなんて、むしろ素晴らしいことだと思う。
忙しい日々を送っている彼は、朝食だけは必ずわたしと一緒に摂る。昼と夜は、仕事相手と食事をすることが多かったので、時間が取れるのは朝だけだったからだ。
時折、わたしが作ることもあった。焦げた目玉焼きや塩辛くなってしまったスープを、彼は文句も言わずに完食してくれる。もう、感謝しかない。
日中は会えないことも多かったけど、ただいまの挨拶だけは必ず言いにきた。だからわたしも、夜遅くなっても寝ないで、彼が住居部分に帰ってくるまで待っている。
というか、むしろ、彼がいないのは好都合だった。わたしは城中を歩き回り、セティを探した。
「妃殿下におかれては、この頃、宮殿内を散策されることが多いそうですが」
ある晩、執務室から帰ってきたバートラフが切り出した。毛皮をあしらったクロークを長椅子に投げ出し、ひどく不機嫌そうだ。
「何か、お探し物でも?」
わたしがセティを探し回っていることを、従者の誰かが、バートラフに知らせたのだろう。
彼には、セティのことは話していない。バートラフは、ワッツァの息子だ。父を敬愛している。父が閉じ込めた人間を、解放してくれるわけがない。
今だって、従者たちは間違いなくわたしがセティを探していることを告げたはずだ。けれど彼は、セティの名を口にしなかったばかりか、わたしが人探しをしていることさえ知らぬふりをした。
バートラフは、城に忍び込んだセティのことを快く思っていない。
けれど、背に腹は代えられない。地下牢は不健康極まる場所で、長い監禁は、それだけで命の危機に繋がる。バートラフなら、セティがどこに閉じ込められているか知っているだろう。
「お願い、バートラフ。セティを助けて。彼を地下牢から出してあげて」
「セティ?」
バートラフは眉を吊り上げた。大げさで、仰々しいしぐさだ。
「それは、貴女の大切な人なんですか?」
「ええ。たとえようもなく」
「ダメですね」
きっぱりとバートラフは言い放った。
「地下室に捕らえられているのは、悪辣な政治犯ばかりです。解放するわけにはいきません」
「そんな……」
「あなたの関係者なら、処刑したりしません。いいですか。これは温情です。セティとやらには、命が尽きるまで、地下牢に入っていてもらいます」
「だって、セティは何も悪いことはしていないのよ? 彼はただ、危険からわたしを逃そうとしただけで。それをワッツァが……、」
「父上が逮捕されたのなら、余計です。セティを逃がすことはできません」
「でも、」
「この話は終わりです。二度と蒸し返さないでください」
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