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35 通過儀礼2
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※残酷な描写があります
________________
「外に出てはいけません」
ヨハンナがわたしの腕を握りしめた。
「空を飛ぶ竜は、空中にある生きとし生ける者の体を切り刻むことができます」
「あの青紫の竜は?」
震える声でわたしはヨハンナに尋ねる。応える彼女の声も震えていた。
「あれは、塔から飛び降りる人間を待っているのでしょう」
「そんな話は聞いてない!」
地上で、悲鳴のような声で、バートラフが叫んだ。
「妃殿下。塔から出てはダメです。そこに留まって下さい。今、僕が迎えに行きます」
わたしとヨハンナがわずかな希望を胸に、顔を見合わせた時だった。
「なにをおっしゃるのやら。あなたはここにいるのです」
一人の女官が彼の体を羽交い絞めにした。カミラだ。
バートラフが竜の姿になって抵抗すると、カミラも竜化して、力ずくで彼を地上にねじ伏せようとする。
その時、わたしの耳に、重い足音が聞こえた。塔の中を、階段を上って来る。
兵士たちが、わたしを塔から突き落とす為に、階段を上ってきているのだ。
窓の外では、青紫の竜が、舞い狂い、塔から飛び降りる人間を、今か今かと待ち構えている。
絶体絶命だ。
不意にヨハンナがわたしを突き飛ばした。
「お許しください、妃殿下。ですが貴女は、殿下にとって、なくてはらない方です」
続いて彼女は、窓を全開にして、大声で叫んだ。
「バートラフ殿下をお育てしたのは、妃殿下ではありません。この私、メイドのヨハンナです。殿下の晴れの舞台に、この血を捧げられることを、誇りに思います」、
止める暇もなく、彼女は、塔の窓から身を躍らせた。
青紫の竜が笑った気がした。
彼は落ちていくヨハンナの体を横切り、戻って来てまた横切った。
見る間に、彼女の体は切れ切れになっていく。
大量の血しぶきが飛んだ。
赤い血が、地上の白い竜の上に振り注いだ。
居並ぶ兵士たちの間を突っ切り、わたしは、階段を駆け下りた。
外では、竜人たちが本来の姿を表し、地を這い、池で泳ぎ、空を飛び回っていた。
狂乱する竜達を尻目に、懸命にバートラフを探す。
捩れてぬめる色とりどりの体の間に、金色の袍が見えた。袍には、赤い血が一面に飛び散っていた。
人型に戻った彼は、呆けたように地面に座り込んでいた。竜体を維持する気力も失っているのだろう。
必死で駆け寄り、わたしはバートラフの体を抱きしめた。バートラフは無反応だった。
ソスクレアを出発する前、自分の命は長くはないと、ヨハンナは言った。唐突な告白だった。彼女は多分、こういう結果になることを予感していたのだろう。
けれど、たとえそれを知ったとしても、ヨハンナ。バートラフには、何の慰めにもならないよ。
彼の体は、細かく震えていた。
その体を、強く強く抱きしめた。
……。
どれくらいの時間が経ったろう。
狂ったように笑い踊る竜達の上で、俄かに空が掻き曇った。
鈍色の重い雲を、稲妻がかぎ裂きに切り裂く。
雷のような咆哮が轟いた。
「謀叛だ。人間どもの国が同盟を組んで、一斉に蜂起した。誇り高き竜人たちよ。汝らの任を全うせよ。人間どもを焼き炙り、瘴気の海に沈めるのだ」
ワッツァの声だ。
狂気のように逆上していた竜達の宴が、ぴたりと止んだ。
「皇帝陛下に忠誠を誓い申し上げる!」
地上の竜達が一斉に空に舞い上がった。
空で塊になって舞い狂っていた竜の一団も、するするとほどけた。
「今こそ、忠義の証をお見せしよう!」
竜達は、思い思いの方角に散っていく。
「お前もだ、バートラフ。わが息子よ。行って汝の義務を果たすがよい」
天上から再びワッツァの声が轟いた。
その時だった。
バートラフが、狂ったようにわたしを掻き抱いた。
鋼鉄のような眼差しが、まっすぐにわたしの目を射すくめる。
次の瞬間、彼は竜に変化していた。
白い竜が、わたしを鷲掴みにして、空の高みへ飛翔する。
急激な高度差に、わたしは意識を失った。
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「外に出てはいけません」
ヨハンナがわたしの腕を握りしめた。
「空を飛ぶ竜は、空中にある生きとし生ける者の体を切り刻むことができます」
「あの青紫の竜は?」
震える声でわたしはヨハンナに尋ねる。応える彼女の声も震えていた。
「あれは、塔から飛び降りる人間を待っているのでしょう」
「そんな話は聞いてない!」
地上で、悲鳴のような声で、バートラフが叫んだ。
「妃殿下。塔から出てはダメです。そこに留まって下さい。今、僕が迎えに行きます」
わたしとヨハンナがわずかな希望を胸に、顔を見合わせた時だった。
「なにをおっしゃるのやら。あなたはここにいるのです」
一人の女官が彼の体を羽交い絞めにした。カミラだ。
バートラフが竜の姿になって抵抗すると、カミラも竜化して、力ずくで彼を地上にねじ伏せようとする。
その時、わたしの耳に、重い足音が聞こえた。塔の中を、階段を上って来る。
兵士たちが、わたしを塔から突き落とす為に、階段を上ってきているのだ。
窓の外では、青紫の竜が、舞い狂い、塔から飛び降りる人間を、今か今かと待ち構えている。
絶体絶命だ。
不意にヨハンナがわたしを突き飛ばした。
「お許しください、妃殿下。ですが貴女は、殿下にとって、なくてはらない方です」
続いて彼女は、窓を全開にして、大声で叫んだ。
「バートラフ殿下をお育てしたのは、妃殿下ではありません。この私、メイドのヨハンナです。殿下の晴れの舞台に、この血を捧げられることを、誇りに思います」、
止める暇もなく、彼女は、塔の窓から身を躍らせた。
青紫の竜が笑った気がした。
彼は落ちていくヨハンナの体を横切り、戻って来てまた横切った。
見る間に、彼女の体は切れ切れになっていく。
大量の血しぶきが飛んだ。
赤い血が、地上の白い竜の上に振り注いだ。
居並ぶ兵士たちの間を突っ切り、わたしは、階段を駆け下りた。
外では、竜人たちが本来の姿を表し、地を這い、池で泳ぎ、空を飛び回っていた。
狂乱する竜達を尻目に、懸命にバートラフを探す。
捩れてぬめる色とりどりの体の間に、金色の袍が見えた。袍には、赤い血が一面に飛び散っていた。
人型に戻った彼は、呆けたように地面に座り込んでいた。竜体を維持する気力も失っているのだろう。
必死で駆け寄り、わたしはバートラフの体を抱きしめた。バートラフは無反応だった。
ソスクレアを出発する前、自分の命は長くはないと、ヨハンナは言った。唐突な告白だった。彼女は多分、こういう結果になることを予感していたのだろう。
けれど、たとえそれを知ったとしても、ヨハンナ。バートラフには、何の慰めにもならないよ。
彼の体は、細かく震えていた。
その体を、強く強く抱きしめた。
……。
どれくらいの時間が経ったろう。
狂ったように笑い踊る竜達の上で、俄かに空が掻き曇った。
鈍色の重い雲を、稲妻がかぎ裂きに切り裂く。
雷のような咆哮が轟いた。
「謀叛だ。人間どもの国が同盟を組んで、一斉に蜂起した。誇り高き竜人たちよ。汝らの任を全うせよ。人間どもを焼き炙り、瘴気の海に沈めるのだ」
ワッツァの声だ。
狂気のように逆上していた竜達の宴が、ぴたりと止んだ。
「皇帝陛下に忠誠を誓い申し上げる!」
地上の竜達が一斉に空に舞い上がった。
空で塊になって舞い狂っていた竜の一団も、するするとほどけた。
「今こそ、忠義の証をお見せしよう!」
竜達は、思い思いの方角に散っていく。
「お前もだ、バートラフ。わが息子よ。行って汝の義務を果たすがよい」
天上から再びワッツァの声が轟いた。
その時だった。
バートラフが、狂ったようにわたしを掻き抱いた。
鋼鉄のような眼差しが、まっすぐにわたしの目を射すくめる。
次の瞬間、彼は竜に変化していた。
白い竜が、わたしを鷲掴みにして、空の高みへ飛翔する。
急激な高度差に、わたしは意識を失った。
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