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37 異母妹のリボン
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ベランダにロゼッタが出て来た。
「あ、ごめんなさい」
寝椅子で聞き耳を立てていたわたしの上に、コップの水を零す。病んだ体に降り注いだ、冷たい水が辛い。
「お熱があると聞いたから、お水を運んできてさしあげたのに、ご不満かしら?」
「いいえ。ありがとう、ロゼッタ」
「なら、なんでそんな目をなさるの?」
「そんな目?」
「私を睨んでいらっしゃる」
「睨んでなんかいないわ。びっくりしただけよ」
普段ロゼッタは私に近づいてこない。病が感染するのを恐れ(感染するとしたら、だが)、母のベアトリスに止められているのだ。
ちょうどいい機会だと思った。
「貴女たちのそのリボン、可愛いわね。どこから買ったの?」
「珍しいわね。お姉さまが装飾品に興味を持つなんて」
ロゼッタが目を吊り上げる。
わたしは怯まなかった。
「確か、贔屓の商人がいたわよね。コングラット商会とか」
「そうだけど。藪から棒に何よ?」
やっぱり。わたしは深いため息を吐いた。
「わたしは淫乱ではないわ。男をとっかえひっかえした経験もない」
私に関する悪い噂を流したことが露見したとわかったのだろう。
異母妹は、肩を竦めた。
「そういう噂が伝われば、竜の皇帝が喜ぶと思ったのよ。竜は淫乱なんでしょ?」
「……」
「わたしが譲って差し上げたから、大したことのない容貌のお姉様でも、ロシュフォイユ皇帝に嫁ぐことがおできになったことを、お忘れにならないでね」
わたしが淫乱だという噂は、メレンクールから来た装飾品を売る隊商の商人から聞いたと、ワッツァは言っていた。メレンクールに本拠を構える隊商はそう多くはなく、装飾品を扱うとなると極めて限定的だ。その上、異国の王宮にまで上がれるとなると、ほぼ一つしかない。コングラット商会だ。
そして、わたしが嫁ぐ前から、ロゼッタはコングラット商会と頻繁に取引していた。
不意に、ロゼッタは泣き出した。
「ロゼッタ! どうしたの!?」
部屋の中からバルコニーへ、ベアトリスがすっ飛んできた。
「お姉さまがとんでもない言いがかりをおつけになったの」
「言いがかり?」
ベアトリスの目が三角になる。
「なんて言われたの?」
「私が隣国に、お姉さまの悪口を広げたって」
「まあ! そんなことができるわけないじゃない。本当に、酷いことを……あなた、お聞きになりました?」
ベアトリスは、背後からついてきた父を振り返った。
「罪もない妹を侮辱するとは、なんてひどい仕打ちでしょう。やっぱりデジレは、この城には置いておけません」
真っ赤になって怒るベアトリスに向かい、父が頷いた。
こうしてわたしは、山間の里へ送られた。
山深く、霧に包まれた日の多いレゼルネ村。ここは、乳母の里だ。
赤子の頃、お乳を貰ったアーヤに、わたしは、人生の最後を看取ってもらうことになった。
けれど、悪いことばかりではなかった。
アーヤの息子、一緒に育ったセティが、生きていたのだ。
ロシュフォイユ帝国で囚われの身となっていたが、脱獄してことなきを得たと、彼は語ったという。ソスクレアのあの厳重な牢から、どうやって脱獄できたのか。詳細は明かさなかったらしい。
けれどわたしにはわかった。
バートラフ。
あなた、セティを逃がしてくれたのね?
敬愛する父親の意志に逆らって。
思わず泣きそうになって、零れかけた涙を、アーヤに見られないようにそっと俯いた。
彼女によると、ロシュフォイユから帰ってきてすぐ、セティは旅に出たという。
「せっかくデジレ様がこの里にいらっしゃったのに、まったくあの子ったら。今頃どこをほっつき歩いているのやら」
小説「ツェデイの聖女」では、そろそろセティは聖女アンジェリカと巡り合う頃だ。
そして、もう少ししたら、バートラフも。
でも、大丈夫。
彼はもう、自分が好きになった人をさらって隠したりしない。セティが彼を糾弾することもない。
もしかしたら、アンジェリカは竜王の息子の愛を受け容れて、彼は幸せになれるかもしれない。
そうでなくても、バートラフなら大丈夫。わたしが保証する。彼はきっと、素敵な恋を見つけるだろう。
安堵の吐息が出た。
小説のバートラフは、聖女を愛することで、自分の歪んだ性格を自覚し、自分がそうなった原因である継母を殺すことになっている。けれどわたしも、彼から殺されるという運命を免れることができそうだ。
だって、竜の瘴気で死ぬのだから。
⌒*⌒*⌒*⌒*⌒*⌒*⌒*⌒*⌒*⌒*⌒*
※辛い展開ですが、ご容赦下さい。なお、本作には「ハッピーエンド」のタグがついています!
「あ、ごめんなさい」
寝椅子で聞き耳を立てていたわたしの上に、コップの水を零す。病んだ体に降り注いだ、冷たい水が辛い。
「お熱があると聞いたから、お水を運んできてさしあげたのに、ご不満かしら?」
「いいえ。ありがとう、ロゼッタ」
「なら、なんでそんな目をなさるの?」
「そんな目?」
「私を睨んでいらっしゃる」
「睨んでなんかいないわ。びっくりしただけよ」
普段ロゼッタは私に近づいてこない。病が感染するのを恐れ(感染するとしたら、だが)、母のベアトリスに止められているのだ。
ちょうどいい機会だと思った。
「貴女たちのそのリボン、可愛いわね。どこから買ったの?」
「珍しいわね。お姉さまが装飾品に興味を持つなんて」
ロゼッタが目を吊り上げる。
わたしは怯まなかった。
「確か、贔屓の商人がいたわよね。コングラット商会とか」
「そうだけど。藪から棒に何よ?」
やっぱり。わたしは深いため息を吐いた。
「わたしは淫乱ではないわ。男をとっかえひっかえした経験もない」
私に関する悪い噂を流したことが露見したとわかったのだろう。
異母妹は、肩を竦めた。
「そういう噂が伝われば、竜の皇帝が喜ぶと思ったのよ。竜は淫乱なんでしょ?」
「……」
「わたしが譲って差し上げたから、大したことのない容貌のお姉様でも、ロシュフォイユ皇帝に嫁ぐことがおできになったことを、お忘れにならないでね」
わたしが淫乱だという噂は、メレンクールから来た装飾品を売る隊商の商人から聞いたと、ワッツァは言っていた。メレンクールに本拠を構える隊商はそう多くはなく、装飾品を扱うとなると極めて限定的だ。その上、異国の王宮にまで上がれるとなると、ほぼ一つしかない。コングラット商会だ。
そして、わたしが嫁ぐ前から、ロゼッタはコングラット商会と頻繁に取引していた。
不意に、ロゼッタは泣き出した。
「ロゼッタ! どうしたの!?」
部屋の中からバルコニーへ、ベアトリスがすっ飛んできた。
「お姉さまがとんでもない言いがかりをおつけになったの」
「言いがかり?」
ベアトリスの目が三角になる。
「なんて言われたの?」
「私が隣国に、お姉さまの悪口を広げたって」
「まあ! そんなことができるわけないじゃない。本当に、酷いことを……あなた、お聞きになりました?」
ベアトリスは、背後からついてきた父を振り返った。
「罪もない妹を侮辱するとは、なんてひどい仕打ちでしょう。やっぱりデジレは、この城には置いておけません」
真っ赤になって怒るベアトリスに向かい、父が頷いた。
こうしてわたしは、山間の里へ送られた。
山深く、霧に包まれた日の多いレゼルネ村。ここは、乳母の里だ。
赤子の頃、お乳を貰ったアーヤに、わたしは、人生の最後を看取ってもらうことになった。
けれど、悪いことばかりではなかった。
アーヤの息子、一緒に育ったセティが、生きていたのだ。
ロシュフォイユ帝国で囚われの身となっていたが、脱獄してことなきを得たと、彼は語ったという。ソスクレアのあの厳重な牢から、どうやって脱獄できたのか。詳細は明かさなかったらしい。
けれどわたしにはわかった。
バートラフ。
あなた、セティを逃がしてくれたのね?
敬愛する父親の意志に逆らって。
思わず泣きそうになって、零れかけた涙を、アーヤに見られないようにそっと俯いた。
彼女によると、ロシュフォイユから帰ってきてすぐ、セティは旅に出たという。
「せっかくデジレ様がこの里にいらっしゃったのに、まったくあの子ったら。今頃どこをほっつき歩いているのやら」
小説「ツェデイの聖女」では、そろそろセティは聖女アンジェリカと巡り合う頃だ。
そして、もう少ししたら、バートラフも。
でも、大丈夫。
彼はもう、自分が好きになった人をさらって隠したりしない。セティが彼を糾弾することもない。
もしかしたら、アンジェリカは竜王の息子の愛を受け容れて、彼は幸せになれるかもしれない。
そうでなくても、バートラフなら大丈夫。わたしが保証する。彼はきっと、素敵な恋を見つけるだろう。
安堵の吐息が出た。
小説のバートラフは、聖女を愛することで、自分の歪んだ性格を自覚し、自分がそうなった原因である継母を殺すことになっている。けれどわたしも、彼から殺されるという運命を免れることができそうだ。
だって、竜の瘴気で死ぬのだから。
⌒*⌒*⌒*⌒*⌒*⌒*⌒*⌒*⌒*⌒*⌒*
※辛い展開ですが、ご容赦下さい。なお、本作には「ハッピーエンド」のタグがついています!
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