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45 メレンクールの王家
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重く陰気な複数の足音が、床を伝わってくる。
引きずられるようにして連れて来られた人たちを見て、わたしは絶句した。
父、義母、そして異母妹……。長い間拘束されていたのだろう、3人とも髪はぼさぼさ、衣服は汚れて垢じみている。揃って青ざめた顔を上げた。
「お姉様」
異母妹のロゼッタが涙声を上げる。おしゃれだった彼女のドレスは埃でどろどろになって床にひきずられていた。
こんな姿になっても、指のネイルが剥げていないのが彼女らしい。
ワッツァが鼻を鳴らした。
「なぜそんな目で俺を見る。こいつらは、戦犯としてメレンクールの牢獄に囚われていた。さっきも言ったように、竜の首の鱗は、弱点などではない。ようやくそのことに気がついた同盟国の奴らに捕らえられ、投獄されたのだ。そもそも俺を信じ、ロシュフォイユの属国に留まっていればいいものを。なのに裏切って同盟国に与しようとは、愚かなことよ」
わたしの結婚は、ワッツァの目線では単なる息子の養育係の雇用だが、レムリカ大陸の常識では、国と国との契約結婚ということになる。ところが、王女のわたしをロシュフォイユに嫁がせておきながら、父は、人間界からオミットされることを恐れ、同盟に加盟した。ロシュフォイユの敵である同盟にだ。
ならば、わたしの結婚は、いったい何だったのだろう。祖国にとって、わたしの役割とはいったい……。レゼルネ村でメレンクールの同盟加盟を知り、繰り返し自問し、空しい思いにとらわれたものだ。
ワッツァは得々と語り続ける。
「そんな裏切り者のこやつらを、わが軍がメレンクールの王都に入城した際、牢から出してやったのだ。さもなければ、城もろとも焼け落ちていたろう。わかったか、デジレ。俺にも優しいところがあるのだ」
わたしは口を捻じ曲げた。、優しい? 何を言っているんだ、この男は。
「慈悲深い皇帝陛下に感謝申し上げます。この上は、どうか、どうか命だけはお助けを。お願いでございます」
父が床に頭をこすりつける。
「さあ、お前も陛下に頭を下げるんだ」
そう言って、義母の頭もぐいぐいと床に押し付けた。そんな両親を、ロゼッタがぽかんと口を開けて見ている。
「どうかな。お前たちは、俺が要求しても、デジレを渡さなかったじゃないか。なんとかいう村に押し込めて」
「お言葉ですが、デジレは重篤な病に罹っており、もし陛下や重臣の方々にお伝染しでもしたら大変ですから」
「そのわりに、村には医者も派遣していなかったな」
「そっ、それは!」
「デジレが嫌がったからです! 自分は静かに死にたいと!」
王妃が金切声で叫んだ。
「そうなのか、デジレ? お前が自ら医療を拒絶したのか」
ワッツァに問われ、無言で首を横に振った。わたしは最後まで、自分の命を諦めなかった。諦めるわけがない。最後に一目、バートラフに会いたかった。彼の無事を確かめたかったのだから。
低い声で、ワッツァは笑った。
「この俺をたばかろうとはな。いい根性だ」
「私は陛下を騙そうとしてはいない!」
一人、傲然と頭を上げたまま、ロゼッタが叫んだ。
「それに、そもそも陛下と結婚するのは私だったのよ! 花嫁になる資格は、私がお姉さまに譲って差し上げたんだわ」
「おや、そうか。お前は妹だな? 俺も若い方が良かった。お前は、デジレと違って竜人に理解がありそうだし」
ロゼッタの顔に媚びるような笑みが浮かんだ。
「その通りです、皇帝陛下」
「なら、そうだな。いい考えがある。我が国には、俺の婚姻を羨ましがっているやつがいてな。自分も、人間を妻にしたいと望んでいる竜人がおるのだ」
再びワッツァは呼び鈴を鳴らした。
「呼んだか、兄者」
現れたのはオーギュストだった。わたしとバートラフの楽しいお弁当タイムの邪魔をし、幼いバートラフを侮辱した挙句、成竜にはなれないと言い放った竜人だ。
「お前、デジレが欲しいと言ったろう?」
にやにや笑いながらワッツァが言う。
わたしが欲しい? ソスクレアの庭園では、さんざん馬鹿にしたくせに。
「ああ。人間の分際で、この俺に盾突くような女は初めてだからな。興味が湧いたのだ」
「デジレはくれてやれないが、代理ができた。彼女の妹だ。お前にやる」
「それはありがたい」
言うなり、オーギュストはロゼッタに飛び掛かった。
「ぎゃっ! 何するの!?」
「何って、子づくりさ。お前にはたくさん子どもを産んでもらうぞ。もっとも、一人目を生む前に死んでしまうかもしれないがな」
「いっ、いやよ、そんなの!」
ロゼッタを押さえつけたまま、オーギュストはワッツァに目を向けた。
「兄貴、この子、俺にくれるんだろ?」
「やるよ。本人の了承も取ってある」
オーギュストの腕の中で、ロゼッタが、じたばたと見苦しく暴れる。
「いやっ! お父様、お母様、助けてっ!」
「うるさい。体力はとっておけ」
オーギュストは猫を掴むように、ロゼッタの首根っこをひっつかんで、ずるずると引きずって歩き出した。
「ロゼッタ!」
ばたんとドアが閉められると、父が叫んだ。義母もその場に崩れ落ちる。
どうせなら、オーギュストが室内にいるうちにそうすればよかったのにと、わたしは思った。
「娘が心配か?」
ワッツァが偽善的な笑みを浮かべる。
「もちろんです」
「娘をお助け下さい、陛下!」
父と義母が声を合わせる。
「なら、助けに行くがよい」
二人は顔を見合わせた。次の瞬間、二人合わせてドアめがけて殺到する。
「ああ、言い忘れたが、」
見苦しく我先にと外へ逃れようとするメレンクール王夫妻に、ワッツァが声をかけた。
「この城は要塞になっていてな。要所要所に矢をつがえた弓が取り付けてある。竜人以外で動くものがあれば、魔力で矢が飛ぶ仕掛けだ。今まで生きて外に出られた捕虜はいない」
二人の動きが止まった。
「何をしている。さあ、行くがいい」
「……」
「娘を助けるのだろう? 愚図愚図していると、オーギュストは帰ってしまうぞ」
「……」
「行け!」
電流が流れるような声だった。弾かれるように、父と義母は廊下の暗闇へと消えていった。
引きずられるようにして連れて来られた人たちを見て、わたしは絶句した。
父、義母、そして異母妹……。長い間拘束されていたのだろう、3人とも髪はぼさぼさ、衣服は汚れて垢じみている。揃って青ざめた顔を上げた。
「お姉様」
異母妹のロゼッタが涙声を上げる。おしゃれだった彼女のドレスは埃でどろどろになって床にひきずられていた。
こんな姿になっても、指のネイルが剥げていないのが彼女らしい。
ワッツァが鼻を鳴らした。
「なぜそんな目で俺を見る。こいつらは、戦犯としてメレンクールの牢獄に囚われていた。さっきも言ったように、竜の首の鱗は、弱点などではない。ようやくそのことに気がついた同盟国の奴らに捕らえられ、投獄されたのだ。そもそも俺を信じ、ロシュフォイユの属国に留まっていればいいものを。なのに裏切って同盟国に与しようとは、愚かなことよ」
わたしの結婚は、ワッツァの目線では単なる息子の養育係の雇用だが、レムリカ大陸の常識では、国と国との契約結婚ということになる。ところが、王女のわたしをロシュフォイユに嫁がせておきながら、父は、人間界からオミットされることを恐れ、同盟に加盟した。ロシュフォイユの敵である同盟にだ。
ならば、わたしの結婚は、いったい何だったのだろう。祖国にとって、わたしの役割とはいったい……。レゼルネ村でメレンクールの同盟加盟を知り、繰り返し自問し、空しい思いにとらわれたものだ。
ワッツァは得々と語り続ける。
「そんな裏切り者のこやつらを、わが軍がメレンクールの王都に入城した際、牢から出してやったのだ。さもなければ、城もろとも焼け落ちていたろう。わかったか、デジレ。俺にも優しいところがあるのだ」
わたしは口を捻じ曲げた。、優しい? 何を言っているんだ、この男は。
「慈悲深い皇帝陛下に感謝申し上げます。この上は、どうか、どうか命だけはお助けを。お願いでございます」
父が床に頭をこすりつける。
「さあ、お前も陛下に頭を下げるんだ」
そう言って、義母の頭もぐいぐいと床に押し付けた。そんな両親を、ロゼッタがぽかんと口を開けて見ている。
「どうかな。お前たちは、俺が要求しても、デジレを渡さなかったじゃないか。なんとかいう村に押し込めて」
「お言葉ですが、デジレは重篤な病に罹っており、もし陛下や重臣の方々にお伝染しでもしたら大変ですから」
「そのわりに、村には医者も派遣していなかったな」
「そっ、それは!」
「デジレが嫌がったからです! 自分は静かに死にたいと!」
王妃が金切声で叫んだ。
「そうなのか、デジレ? お前が自ら医療を拒絶したのか」
ワッツァに問われ、無言で首を横に振った。わたしは最後まで、自分の命を諦めなかった。諦めるわけがない。最後に一目、バートラフに会いたかった。彼の無事を確かめたかったのだから。
低い声で、ワッツァは笑った。
「この俺をたばかろうとはな。いい根性だ」
「私は陛下を騙そうとしてはいない!」
一人、傲然と頭を上げたまま、ロゼッタが叫んだ。
「それに、そもそも陛下と結婚するのは私だったのよ! 花嫁になる資格は、私がお姉さまに譲って差し上げたんだわ」
「おや、そうか。お前は妹だな? 俺も若い方が良かった。お前は、デジレと違って竜人に理解がありそうだし」
ロゼッタの顔に媚びるような笑みが浮かんだ。
「その通りです、皇帝陛下」
「なら、そうだな。いい考えがある。我が国には、俺の婚姻を羨ましがっているやつがいてな。自分も、人間を妻にしたいと望んでいる竜人がおるのだ」
再びワッツァは呼び鈴を鳴らした。
「呼んだか、兄者」
現れたのはオーギュストだった。わたしとバートラフの楽しいお弁当タイムの邪魔をし、幼いバートラフを侮辱した挙句、成竜にはなれないと言い放った竜人だ。
「お前、デジレが欲しいと言ったろう?」
にやにや笑いながらワッツァが言う。
わたしが欲しい? ソスクレアの庭園では、さんざん馬鹿にしたくせに。
「ああ。人間の分際で、この俺に盾突くような女は初めてだからな。興味が湧いたのだ」
「デジレはくれてやれないが、代理ができた。彼女の妹だ。お前にやる」
「それはありがたい」
言うなり、オーギュストはロゼッタに飛び掛かった。
「ぎゃっ! 何するの!?」
「何って、子づくりさ。お前にはたくさん子どもを産んでもらうぞ。もっとも、一人目を生む前に死んでしまうかもしれないがな」
「いっ、いやよ、そんなの!」
ロゼッタを押さえつけたまま、オーギュストはワッツァに目を向けた。
「兄貴、この子、俺にくれるんだろ?」
「やるよ。本人の了承も取ってある」
オーギュストの腕の中で、ロゼッタが、じたばたと見苦しく暴れる。
「いやっ! お父様、お母様、助けてっ!」
「うるさい。体力はとっておけ」
オーギュストは猫を掴むように、ロゼッタの首根っこをひっつかんで、ずるずると引きずって歩き出した。
「ロゼッタ!」
ばたんとドアが閉められると、父が叫んだ。義母もその場に崩れ落ちる。
どうせなら、オーギュストが室内にいるうちにそうすればよかったのにと、わたしは思った。
「娘が心配か?」
ワッツァが偽善的な笑みを浮かべる。
「もちろんです」
「娘をお助け下さい、陛下!」
父と義母が声を合わせる。
「なら、助けに行くがよい」
二人は顔を見合わせた。次の瞬間、二人合わせてドアめがけて殺到する。
「ああ、言い忘れたが、」
見苦しく我先にと外へ逃れようとするメレンクール王夫妻に、ワッツァが声をかけた。
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二人の動きが止まった。
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