【完結】竜王に嫁いだら、推しの半竜皇子の継母になりました〜冷酷な夫には興味ありませんが、闇落ち予定の皇子は私が全力で幸せにします!〜

せりもも

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46 浮気?

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 ワッツァが近づいてくる。

「さてと。我々も引き上げるとするか」
「お先にどうぞ。わたしは使用人の部屋で休ませてもらいます」
「何を言っている。お前は俺の寝室へ来るのだ」
「いやです」
「強情な奴だ。もうお前を助けてくれる者などおらぬのだぞ」

 わたしを助けてくれる人……その時わたしの頭に浮かんだのは、レゼルネ村のアーヤでもセティでも、ましてや今ここからいなくなったばかりの父や義母でもなかった。

 バートラフだった。

「お前は、俺の子を産まねばならぬのだ。テリトワル・デュ・ドラゴンは、間もなくコンディエンヌ城この城の真上に到達する。怒りに突き動かされた竜たちは我を忘れ、本能のままに浮島へ帰ろうとするだろう。数百年の不在が生まれる。竜人には、人の血を引く子が必要だ」

 唐突に、浮島の名を出した。確かに、竜の発祥の地であるこの島は、今、大陸の上に差し掛かっている。

 でも、ヴァーツァが何を言っているのか、わたしには理解できなかった。自分に向かって伸ばされた太い腕から逃れるのにせいいっぱいだったのだ。

 追い詰められ、暖炉と壁に押し付けられるようにして、わたしは逃げ場を失った。

「与えられる栄誉を楽しむがよい。俺の子は、時期皇帝なのだぞ?」
 強張った肩を、大きな手ががしっと掴んだ。
「さあ、行くぞ」

 どうやって逃げる? この凶暴な竜人から。

 絶対にいや。こんな男の言いなりになるなんて。わたしには感情がある。たんなる物品ではないし、ましてや子どもを産む道具なんかではない。

 不意に、ワッツァの顔が固まった。
 眉間に太い皺が走る。

「お前……」
目に怒りが灯った。
「誰だ?」

「はい?」

「誰の血を飲んだ?」

「血? そんなもの……」

「どこの竜が、俺の妻に聖なる血を与えたというのだ!」

 ワッツァはわたしを突き飛ばした。勢いよく弾かれ、わたしは絨毯の上に転んだ。暖炉の中でなかったのが不幸中の幸いだ。

 不潔なものをみるかのようにじろりと一瞥し、ワッツァは、足音荒く立ち去って行った。



 ワッツァの言ったことは意味不明だった。なんだかわたしの不貞を疑っていたようだけど、そっちは全く全然心当たりがない。あるわけがない。

 それに、血? やだ、そんなもの、わたしが飲むわけがない。聖なる血というからには、出血してすぐの血だろう。煮沸してあるならまだしも、ナマの血なんか飲んだら、食中毒になるかもしれない。

 ワッツァはわたしのことをなんだと思っているのだろう。やはりどうしても、竜の価値観は、人のそれとは相容れないようだ。

 共生は大事だが、それはあくまで相手が敵対していない場合だ。特に相手が強大である場合は、多様性もくそもないと思われる。

 そこまで考えた時、窓をこんこんと叩く音がした。
 メレンクール王夫妻が部屋を出てから、この棟はワッツァが人払いをしていた。彼が呼ばない限り、誰も立ち入ってはこないはずだ。

 恐る恐る窓に近寄り、重いカーテンを開ける。

「叔父上!」
 窓の外には、騎士団長フリートの姿があった。
 「ご無事だったんですね! よかった!」

 ロシュフォイユとの戦闘で、メレンクールの騎士団は、壊滅したと聞いていたのだ。

「この城に囚われていた。隻眼の青年に助けられたのだ、黒髪の。聖騎士団所属だと言っていた。聖女の下で戦っていると」

 はっとした。ロンウェイユという霊薬をアーヤに渡したのは、黒髪で隻眼の青年だったという。わたしはまだ、彼にお礼を言っていない。

「聖女さまがこの城に?」
「いいや。彼は、聖女一行とは別行動をしていると言っていた」

 窓から、叔父は部屋の中へと身を躍らせた。

「ワッツァはどうした?」
油断なく辺りに目を走らせて問う。
「出ていきました。ぷりぷり怒って」
「怒って?」
「まるでわたしが、そのう、浮気でもしたかのように」
 叔父の目が窪んだように見えた。
「したのか?」
「何を?」
「だから、浮気」
「してません!」

 こんな時に何を言っているのか。睨みつけると、叔父はこほんと咳払いをした。

「だが、よかった。ワッツァが城に帰ってきたからお前の身が危ないと、俺を助けてくれた騎士が言ってな。危険はすぐ眼前に迫っていると」
「危険?」

 わたしに子どもを産ませたがっていることだとすぐにわかった。
 竜と人間がまぐわえば、人間の体は耐えられないだろう。バートラフの母親のジュリアさんがそうであったように。

「でも、変よね。なんでワッツァは、わたしに子どもを産ませようとするのかしら。竜は、跡継ぎなんて必要ないのに。竜が死ぬと、新たな竜が出現するのだから」
「ワッツァは何と言っていた?」

 わたしは懸命に思い出そうとした。
 なにしろ、差し迫った危険に晒されていたのだ。頭を整理する必要があった。

「浮島のことを話していた気がする。テリトワル・デュ・ドラゴンがコンディエンヌ城の上空に到達することをひどく気にしていたわ。怒りで竜たちが本能に突き動かされるとか、数百年の不在とか」
「数百年の不在?」
「ええ。だから、人間の血を引く子が必要なんですって」

「わけがわからんな」
叔父は眉を潜めた。
「だが、浮島の存在が、竜たちにとって、大きな意味を持つことだけは確かだ。なにしろ、あの島は、竜たちの発祥の地なのだから。それが、ロシュフォイユの上空に到達している」

 浮島が大陸に差し掛かったのは知っていたが、その後、ずっと城内に監禁されていたので、ワッツァがその名を口にするまで忘れていた。そうか。テリトワル・デュ・ドラゴンは、ロシュフォイユの上に来たのか。

「数百年ぶりっていうわよね。前回はいつだったの?」
「400年前だ」
「400年!」

 気が遠くなるような話だ。だが、竜たちにとっては、ほんのひと昔なのだろう。事実ワッツァは、その頃からすでにいたわけだし。

「島でおとなしくしてればよかったのに」
わたしは毒づいた。
「人の世界になんか下りて来ずに」

叔父は肩を竦めた。すぐに真顔になる。
「実はな。聖女は、とある作戦を立てている。俺はその計画の前衛部隊にいたのだが、任務遂行中に捕らえられ、投獄されたんだ」

 初めて聞く話だった。
 さらに辺りを見回し、叔父は、計画の全貌を話し始めた。




 窓の外から、フクロウの鳴き声が聞こえた。

「合図だ」
 叔父が囁く。

 あけ放たれたままの窓から、ロープの束が投げ込まれた。

「行くぞ、デジレ」
「行くって……」

 ロープを伝って下へ降りるの? ここは、5階だ。落ちたら死ぬかも。

「大丈夫だ。さっき言った聖騎士団の騎士が、魔術でサポートしてくれる」
「下から? いやよ、そんなの」
「恥ずかしがっている場合か!」
久しぶりで叔父は笑顔を見せた。
「まだ若いが、彼は信頼に足る人物だ」
「そりゃ、そうだろうけど……」

 下を覗くと、ローブを羽織った黒い影が見えた。暗くてよくわからないけど、確かに若い男性だ。

「普通に階段を下りることはできないの?」
「城のあちこちには、危険な罠が仕掛けられていると、彼は言っていたぞ」

 ワッツァもそう言っていた。そのひとつに、メレンクール王と王妃、わたしの父と義母が犠牲となったはずだ。

「確かに、窓から逃げるしかなさそうね」
わたしは腹を決めた。


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