【完結】竜王に嫁いだら、推しの半竜皇子の継母になりました〜冷酷な夫には興味ありませんが、闇落ち予定の皇子は私が全力で幸せにします!〜

せりもも

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47 脱出

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 叔父はロープを使い、軽々と外壁を滑り降りていった。
 次はわたしの番だ。合図に合わせて窓から身を乗り出すと、ふわりと浮いた。

「あ……」

 ふわふわ、ふわふわ。
 体は窓を乗り越え、静かに下へさがっていく。

 知らない人の魔力に身を委ねているわけだけど、不思議と怖さはなかった。それどころか、こんな時にもかかわらず、とても楽しい。術者の心理が伝わってくるのかもしれない。聖騎士団の騎士は楽しんでいるのだとわたしは思い、ほんわかした気持ちになった。たとえ非常時であっても、楽しみを見出すのはいいことだと思う。恐れるばかりでは何もなしえない。

「いいぞ。その調子だ」
 抑えた叔父の声が聞こえた。

 叔父が言った通り、頭上には、テリトワル・デュ・ドラゴン、竜の浮島が、厳然と浮かんでいる。それを確認する余裕さえあった。

 その時だった。

「だから人間はダメだと言ったのよ!」
険を含んだ甲高い声とともに、生臭い突風が吹き上げてきた。

 わたしの体は、竜巻に吹き上げられる葉のように、くるくると上空に蒔き上げられていく。

 体が回転し、気持ちが悪い。さまざまな方角に向きが変わる。足を上に真っ逆さまになった時、慌てて抑えたスカートのひだの間から、それが見えた。

「南の森よ! 楡の大木の下にカミラがいる!」
精いっぱいの声で叫んだ。

「竜の姿ですか?」

 それが誰の声かわからなかったけど、カミラは大嫌いだ。完璧にてんぱって、わたしは叫んだ。

「人型よ!」

「俺に任せろ! デジレを頼む!」
叔父が叫んで、走り出す。

 不意にカミラが両腕を高く持ち上げた。頭上の手と手の間に、燃え盛る玉が現れる。

「ダメよ、叔父様! カミラが火の玉を……!」

 複数のことが同時に起こった。
 大きくなった火の玉を、カミラがこちらへ向けて投げつけたのと。
 叔父が地面に伏せたのと。

 そして、建物の下に残っていた騎士が、強く輝く白い光を放った。

 騎士の白い波動は、叔父の頭上を通り、楡の大木を直撃した。ここまで届く大きな音を立て、枝を広げた木が木っ端みじんとなった。

 間一髪で白の流れを避け、緑色の塊が、はるか後方へ飛び去って行く。

 わたしを巻き上げていたカミラの竜巻は消えた。

 既に地上のすぐ近くまで降下していた。だから騎士は、もう大丈夫だと思ったのだろう。カミラへの攻撃に転じた。

 けれど、全然大丈夫ではなかった。わたしはすっかり、彼の魔術に身を委ね切っていたから。

「ふへえっ!」
 妙ちくりんな声を出し、地面に激突した……。

「大丈夫ですか?」
下から声がする。

 なんてこと。わたしは、自分を助けてくれた騎士の上に落ちてしまったのだ。

 強烈な既視感を感じた。

 でもすぐに、デジャヴは狼狽に取って代わった。

「ごごごご、ごめんなさいっ! よもやお怪我なんてしてませんよね?」
「もちろんです」
「ほんっとに、すみません。さぞや重かったでしょう?」
「いいえ。貴女は羽のように軽くて温かい。いつまでもこうしていたいくらいだ」

 その時、厚い雲の間から、満月が顔を覗かせた。暗闇に慣れた目には、自分の下敷きになった騎士の顔が見えるのに十分なくらいの月光が、惜しげもなく降り注ぐ。

「……バートラフ!」
わたしは目を見張った。
「バートラフ! バートラフ! バートラフ!」

「僕がわかるの?」

 月の光でも、彼の髪が濃い色なのがわかった。瞳の虹彩も黒っぽい。でもこれは、バートラフだ。

「バートラフ! よかった。わたしのバートラフが生きていた!」

 名を連呼すると、彼は満足そうに微笑んだ。

「ふふふ。聖女でさえも見破れなかった変装を、貴女はたった一目で見抜いてしまいましたね」

「当たり前よ。あなたはわたしにとって、一番大切なひとだわ!」

「妃殿下」

 わたしを上に乗せたまま、バートラフは腹筋の力を使って身を起こした。

「妃殿下は止めて」

 メレンクールが滅亡の危機にある今、契約結婚に意味はない。もはやわたしはワッツァの妻などではない。

「でじれ……」

 たゆたうようにバートラフがつぶやく。そして、なぜかぽっと頬を赤らめた。

 すぐ目の前にある眼帯を、わたしは見咎めた。

「あなた、右目はどうしたの? なぜ眼帯をしているの?」
「……」

バートラフはためらった。

「僕が右目を失ったと言ったら、貴女は僕を嫌いになるだろうか?」

 彼は、戦闘で目を失ったのだと思った。あるいは、ワッツァの手の者に射られたのか。

「馬鹿なことを! どんなことがあったって、あなたを嫌いになんかなるはずがないでしょ!」

 言いながら、嗚咽がこみあげてくる。黒い眼帯の上に、万感の思いを込めて両手を当てた。

「痛かったでしょう? 怖かったでしょう? それなのにわたしは、何も知らなかった。あなたのそばにいてやれなかった」

「デジレ」

 バートラフがわたしの背に両手を回した。おずおずと、でも強い力でぎゅっと抱きしめる。幼い日に、成竜になってからも、わたしがさんざん、彼にそうしてきたように。

 バートラフの喉がごろごろ鳴ったのが聞こえたような気がした。

「いつまでもこうしていたいです。でも、そうですね。フリート公がお戻りになる前に、僕の上から下りた方がいいかもしれません」

「うげ」

 慌てて飛び起きる。バートラフも立ち上がり、体についた落ち葉をはたいて落とす。

 間一髪で、フリート叔父が戻ってきた。驚いたことに、彼は、メレンクールの兵士からなる軍を引き連れていた。

「森に捕らえられていた俺の師団を見つけた。兵士たちは、危うくあのメス竜の餌にされるところだった」

「カミラです」
 さっきとは打って変わった厳しい口調でバートラフが指摘する。
「彼女には、僕も言いたいことが山ほどある。仕返しをしたいでしょうけど、その栄誉は、どうか僕に譲って下さい」

「ヨハンナの仇を討つのね?」

 魔力測定の時、強制された通過儀礼からわたしたちを救おうとしたバートラフを、カミラは羽交い絞めにした挙句、竜体になって地面にねじ伏せた。結果、ヨハンナはわたしの代わりに地面に飛び降りて、八つ裂きになって死んだ。

 バートラフは頷いた。

「ええ。けれどカミラには、もっと大きな罪があります。貴女の前で、何度も竜体になった」

「それは平気よ?」

「平気じゃありません!」
きつい目で、バートラフはわたしを睨んだ。
「貴女は忘れたんですか! 彼女が竜に変化した瘴気のせいで、貴女は死にかけたんですよ?」

 わたしは驚いた。

「なんで知ってるの?」

 わたしがレゼルネ村に隔離されていたことを、彼は、いつ、誰から聞いたのだろう。

「なんでって……」
バートラフはぐっと何かを飲み込んだ。
「噂を聞いたんです。メレンクールのデジレ姫がとても苦しんでいると。僕がどんなに心配したか!」

「ごめんなさい」

 斬鬼の思いでいっぱいだった。ワッツァから身を隠し、大変な思いをしていたバートラフに、余計な心配をかけてしまった。


「随分親しそうだが、デジレ。それと騎士バーサプロン。君たちは、知り合いだったのか?」
不思議そうに叔父が問う。

「バーサプロン? 何を言っているの、叔父様。このひとは、バートラフ。ロシュフォイユ帝国の王子だわ」

「なんだと!」

 叔父の目の色が変わった。彼の背後で、兵士たちが剣を抜く。

「ロシュフォイユのバートラフだと? ワッツァの息子が、聖女の騎士団に入っていたというのか!」


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