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59 対峙
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先に立って回廊を上り詰め、バートラフはわたしを振り返った。
わたしは無言でうなずいた。
一瞬だけ瞑目し、彼はついに氷の宮殿の最上階へと、その足を踏み入れた。
広い王の間からは、氷の平原が一望のもとに見渡せた。さっきまでのように晴れ渡っていたら、どれほど美しかったろう。けれど、ゴブリンや氷の巨人兵と戦っている間に、変わりやすい北の空はすっかり曇り、鉛色の雲が滴るように重く立ち込めていた。
「来たか」
ワッツァは、氷でできた玉座に腰を下ろしていた。
玉座に座る為だろうか、人型を保っている。ロシュフォイユ城で別れたきりの彼は、相も変わらず横柄で、邪悪だった。
「聖女の一行に潜り込んでいたとはな。着眼点は良いが、お前には失望したぞ、バートラフ。なぜ、聖騎士団の情報を俺に流さなかった?」
背もたれにもたれ掛かり、高く足を組んだまま、ワッツァが言い放つ。バートラフは大きく息を吸った。
「それは、僕が貴方の傀儡ではないからです。僕は、自分の頭で考え、貴方とは別の道を進むことにしました。僕の半分は、人間です。その人間たちに、貴方はあまりに残虐な仕打ちをした」
彼は初めて、面と向かって父親に逆らったのだと、わたしは悟った。
それには、どんなに勇気が要ったことか。
真っ向から竜王と対峙するバートラフは、一歩も譲ろうとしない。けれど、身構えているわけではなく、あくまで自然体で、ワッツァの前に立っている。
「やはり俺は正しかったな。魔力検定に合格しても、そんなのは単なる形式に過ぎなかった。出来損ないの半竜め。天がお前を生かしても、俺はお前を生かしておくことはできない」
バートラフは動じなかった。わざとらしく辺りを見回す。
「従者の姿が見えませんね」
「わかっているくせに。臣下どもはみな、天の浮島へ帰ってしまった」
「なるほど。すると父上は今、この城にお一人でいらっしゃるわけですね」
「誰のせいだと思っている」
ワッツァの皮肉な質問に、バートラフは答えなかった。彼は、大きく息を吸った。
「つまりこれは、僕と父上の一騎打ちになるということです」
玉座の父と。
恐れもせずその前に立ちはだかる息子と。
父と息子は、無言で睨み合った。空気が一気に緊張感を孕む。
先に口を開いたのは、バートラフだった。
「付き人の一人もおらぬとは、父上におかれましては、さぞやご不自由でしょう。お察し致します。そこでひとつ、提案がございます。結界には期限があり、ほんの数十年先に、更新を迎えます。その際に、父上も天の浮島へ戻られたら如何でしょう」
「この俺に、尻尾を巻いて天上へ戻れと? せっかく手に入れた大陸を、人間どもに明け渡せと申すのか」
「レムリカ大陸は人間たちの居住区です。竜の瘴気は、人の命を奪います。浮島へ戻られたら、竜の王者として、父上には、今後二度と、人の領域で竜体にならぬよう、臣下の竜たちにお伝え願いたく存じます。帝王たる父上の言うことなら、竜たちも素直に聞き容れるでしょう。さすれば結界を解除し、浮島と地上の行き来ができるよう、私から時の聖女に申し伝えます」
竜と人間の共存。
これが、バートラフの考えた解決なのだと、わたしは悟った。
ただしそれには、竜は人の姿であることが必須だ。人もまた、竜を恐れて自分たちの世界から弾き出すのではなく、勇気を出して受け容れなければならない。
互いに尊重し合わねば、到底実現不可能な世界。半分竜で、半分人間のバートラフにしか考えつくことのできない、温和で優しい未来だ。
だが、ワッツァは、バートラフの提案を聞き流した。
「わが妃よ」
あろうことか彼は、わたしに向き直った。心臓が、ぎゅうと縮こまる。
「バートラフは、ここに至ってなお、バカげたことをほざいている。俺と一騎打ちだと? ありえないバカさ加減だ。修復しようがない。帝王として俺は、出来損ないの半竜は殺さねばならない。そうなると、次が必要だ。ところでお前は、俺の妃だ。お前が次を産むのだ」
わたしは無言でうなずいた。
一瞬だけ瞑目し、彼はついに氷の宮殿の最上階へと、その足を踏み入れた。
広い王の間からは、氷の平原が一望のもとに見渡せた。さっきまでのように晴れ渡っていたら、どれほど美しかったろう。けれど、ゴブリンや氷の巨人兵と戦っている間に、変わりやすい北の空はすっかり曇り、鉛色の雲が滴るように重く立ち込めていた。
「来たか」
ワッツァは、氷でできた玉座に腰を下ろしていた。
玉座に座る為だろうか、人型を保っている。ロシュフォイユ城で別れたきりの彼は、相も変わらず横柄で、邪悪だった。
「聖女の一行に潜り込んでいたとはな。着眼点は良いが、お前には失望したぞ、バートラフ。なぜ、聖騎士団の情報を俺に流さなかった?」
背もたれにもたれ掛かり、高く足を組んだまま、ワッツァが言い放つ。バートラフは大きく息を吸った。
「それは、僕が貴方の傀儡ではないからです。僕は、自分の頭で考え、貴方とは別の道を進むことにしました。僕の半分は、人間です。その人間たちに、貴方はあまりに残虐な仕打ちをした」
彼は初めて、面と向かって父親に逆らったのだと、わたしは悟った。
それには、どんなに勇気が要ったことか。
真っ向から竜王と対峙するバートラフは、一歩も譲ろうとしない。けれど、身構えているわけではなく、あくまで自然体で、ワッツァの前に立っている。
「やはり俺は正しかったな。魔力検定に合格しても、そんなのは単なる形式に過ぎなかった。出来損ないの半竜め。天がお前を生かしても、俺はお前を生かしておくことはできない」
バートラフは動じなかった。わざとらしく辺りを見回す。
「従者の姿が見えませんね」
「わかっているくせに。臣下どもはみな、天の浮島へ帰ってしまった」
「なるほど。すると父上は今、この城にお一人でいらっしゃるわけですね」
「誰のせいだと思っている」
ワッツァの皮肉な質問に、バートラフは答えなかった。彼は、大きく息を吸った。
「つまりこれは、僕と父上の一騎打ちになるということです」
玉座の父と。
恐れもせずその前に立ちはだかる息子と。
父と息子は、無言で睨み合った。空気が一気に緊張感を孕む。
先に口を開いたのは、バートラフだった。
「付き人の一人もおらぬとは、父上におかれましては、さぞやご不自由でしょう。お察し致します。そこでひとつ、提案がございます。結界には期限があり、ほんの数十年先に、更新を迎えます。その際に、父上も天の浮島へ戻られたら如何でしょう」
「この俺に、尻尾を巻いて天上へ戻れと? せっかく手に入れた大陸を、人間どもに明け渡せと申すのか」
「レムリカ大陸は人間たちの居住区です。竜の瘴気は、人の命を奪います。浮島へ戻られたら、竜の王者として、父上には、今後二度と、人の領域で竜体にならぬよう、臣下の竜たちにお伝え願いたく存じます。帝王たる父上の言うことなら、竜たちも素直に聞き容れるでしょう。さすれば結界を解除し、浮島と地上の行き来ができるよう、私から時の聖女に申し伝えます」
竜と人間の共存。
これが、バートラフの考えた解決なのだと、わたしは悟った。
ただしそれには、竜は人の姿であることが必須だ。人もまた、竜を恐れて自分たちの世界から弾き出すのではなく、勇気を出して受け容れなければならない。
互いに尊重し合わねば、到底実現不可能な世界。半分竜で、半分人間のバートラフにしか考えつくことのできない、温和で優しい未来だ。
だが、ワッツァは、バートラフの提案を聞き流した。
「わが妃よ」
あろうことか彼は、わたしに向き直った。心臓が、ぎゅうと縮こまる。
「バートラフは、ここに至ってなお、バカげたことをほざいている。俺と一騎打ちだと? ありえないバカさ加減だ。修復しようがない。帝王として俺は、出来損ないの半竜は殺さねばならない。そうなると、次が必要だ。ところでお前は、俺の妃だ。お前が次を産むのだ」
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