石川五右衛門3世、但し直系ではない

せりもも

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五右衛門3世、参上

11 出発の朝

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 風呂敷を胸の前に抱えたお妙が、ぺこりと頭を下げた。
 江戸の袋物屋に奉公先が決まったのだ。




 あれから、如信尼と妙は、二人きりで話し込んでいた。
 その後二人は、無縁仏の墓に詣で、長いこと、経を唱えていた。


 部屋に帰ってきた妙は、びっくりするくらい、明るい顔をしていた。床も上げ、さっぱりとした着物を着ている。

「如信尼様の半生を聞いたら、私のやったことなんて、なんでもないことなんだ、って思えてきちゃって」
晴れ晴れとした顔で、妙は言った。

 ……如信尼様の半生?
 妙の「やったこと」とは、夫殺しだ。それが、「なんでもないこと」って……?




 この日を境に、妙は、憑き物が落ちたように明るくなった。


 婚家から妙に、帰ってきてもよいと言ってきた。放蕩者の宗十郎は、店の金を持ち出していた。そのまま、どこかへ蓄電したのだろうというのが、婚家の見方だった。

 婚家でも、まさか、宗十郎が死んでいるとは思わなかったのだろう。彼には気の毒だが、日頃の不善が招いた結果だ。

 だが、妙は、婚家には帰らなかった。舅や姑らが、息子の暴力を見て見ぬふりをしていたのも理由のひとつだ。だが、何より大きかったのは、息子の嫁を、ていのいい(無賃の)使用人として使い倒す気まんまんだったからだ。


 椿寿院御用達の口入屋が暗躍し、袋物屋にお妙の勤め先が決まった。
 女性客に人気の、手堅い商売をしている店だ。給金は大したことないが、働きやすく、長く勤められそうだという。

 また、出産前後は、空いている部屋で養生して構わない、という申し出もあった。
 先方も、優しく、よく気が回るお妙が、気に入ったようだ。子どもが生まれたら、育児に手を貸そうと、お内儀が張り切っているそうだ。





 「泣かない、泣かない。おえんちゃん、泣かないの」

 屈みこんで、妙はしきりと、おえんに言い聞かせている。
 全く信じられないことだが、妙と別れるのがいやだと、おえんは、べそべそ泣いているのだ。

「またすぐ、遊びに来るから」
「他のみんなみたいに?」

 例の、お漏らしの一件以来、おえんはすっかり、幼児返ってしまっている。
 あ、ほんとに幼児か。
 ふだん、生意気だから、すっかり忘れてた。

「うん。みんなと一緒に来るよ」
「えんを、遊びに連れてってくれる?」
「もちろん!」

 おえんは納得したようだった。

 二人を見守っている俺と独歩に、おえんが、ちらりと目線を投げかけてきた。すぐに目をそらし、妙に耳を貸すようにせがむ。
 お妙がしゃがみ込むと、耳元に、しきりと何かささやいている。

 妙は頷き、立ち上がった。つつつ、と、こちらに近づいてきた。

「おえんちゃんからの言付けです」
 まじめな顔をする。
 声色を変え、一息にいってのけた。
「二人は彼女のことをひどい目に遭わせたのだから、何でも言うことを聞きなさい!」

「はあ?」
俺と独歩は顔を見合わせた。
「何でも?」

「ええ、何でもです」

「いや……」

 あの幼女のことだ。
 どのような無理難題を押し付けてくるか、わかったものではない。

「ここは、おえんの言う通りですね」

 すぐそばで、涼やかな声がした。
 如信尼だ。立ち姿も麗しい。

「たとえ子どもであっても、女性にょしょうは女性。それなのに、幽霊で脅すなんて」

「脅したわけじゃありません!」
 慌てて俺は弁解した。

「まさかあそこで起きてくるなんて思わなかったんです。いつもだったら、一度寝たら、蹴とばしても起きないじゃないですか」

 独歩が変な援護射撃をする。
 俺は慌てた。ここで如信尼様を刺激するのは良くない。本当に怒らせてしまう。

「ええと。普段強気なおえんですからね。青い光を見たくらいで、まさかおねしょをするなんて……、」

「おねしょじゃない!」

 金切り声が聞こえた。
 少し離れた所から、おえんが俺と独歩を睨んでいる。

「あ、ごめん。おもらしだった。夜具の洗濯があまりに大変だったものだから」

 当然のごとく、大洪水の布団と寝巻を洗うのは、俺と独歩の仕事だった。

「いずれにしろ、女性にょしょうに恥をかかせたわけですから。その責任は、とらねばなりません」
涼やかに、如信尼がのたまう。
「それに、三人は、仲間なんでしょ? 彼女をのけものにして、二人だけでこそこそしたのは、信義に反します」

 思わず、俺と独歩は息を呑んだ。
 確かにおえんには内緒で、宗十郎の死体を担ぎ、金倉屋に出掛けたが……。

 いったい如信尼様は、どこまでご存じなんだ?

「影絵の件です」

 思わず、ほっとし、俺たちは、頷きあってしまった。

「わかりました」
安堵の気持ちを隠し、ことさらに、俺は渋面を作った。
「おえんの言うことは、何でも聞きましょう」

「ただし、ひとつだけです!」
慌てて独歩が付け加えた。

「よろしい。これでいいですか、おえん」

 如信尼に聞かれ、お妙の袖の陰で、お延は頷いた。





 振り返り振り返り、お妙は去っていった。
 その姿が見えなくなると、勤行の時間だと言って、如信尼も本堂に消えた。
 相変わらず不機嫌なおえんは、彼女についていった。


「なあ、独歩。俺たちは仲間なのか?」
残された独歩に俺は尋ねた。

「ん?僕と五右衛門は仲間だよ 」
何心なく、独歩が断言する。
 素直ないつには、虚飾という感情はない。

「おえんも?」

「恐らく。さもなければ、仮病のふりして、五右衛門のことを助けたりしないよ」

 金倉屋で、俺がニセ医者だとバレそうになったの時の話だ。何しろ、宗十郎の死体にゃ、傷がある。筵を開けられたら、疫死でないのは、一目瞭然だった。

 そこへ、おえんが出てきて、熱が出たと言って、皆の気を反らしてくれた。

 この企ては、おえんには内緒だった。宗十郎が死んだ時、彼女は、寺の女達と買い物に出掛けていた。それが、いつの間にやら、金倉屋に潜入していたのだ。


「そうだったのか!」

 俺は驚いた。
 なにしろ、泥棒だ。日陰でこそこそと働くのが身上だ。
 そう思っていた。だから、その言葉は、ひどく新鮮だった。

「仲間か!」

「だって、僕ら、他に身寄りがないだろ。如信尼様以外に」

 言われてみれば、その通りだ。

「それにしても、如信尼様は、俺らが仲間だって、どうしてわかったのかな?」
言ってから、不安になった。
「もしかして、俺が、3代目石川五右衛門だってこと、バレちゃってるとか?」

「まさか」
即座に独歩は打ち消した。
「如信尼様は、心の広い方だ。だけど、盗賊を隣に匿ってやるほど、お人よしじゃないよ。それに五右衛門は如信尼様を頼って、逃げてきたわけじゃないしね」

「ちげえねえ」
俺は頷いた。

 弥勒菩薩のように慈悲深い尼僧には、やっぱりどうしても、俺の正体は知られたくなかった。







 ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄

第一話「五右衛門と仲間たち」は、ここまでです。
第二話は、「贔屓の筋」です。

どうかお楽しみ頂けますように……。
初めて書いた時代小説です。ご感想など頂けると嬉しいです。





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