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贔屓の筋
2 役者の姿絵
しおりを挟む発端はもちろん、おえんだった。
「五右衛門は言った。なんでもいうこと、聞くって!」
「……」
あれは、春まだ寒い夜のことだった。
俺と独歩は、ちょっとした為事をしていた。
もちろん、歴とした義によってだ。男には、時には、どうしても。やらねばならないことがある。(※前章「五右衛門と仲間たち」参照)
それを、おえんに見られてしまった。
なにしろ、男二人の、真剣勝負だ。おえんは、すっかり怯えてしまった。
そして、おねしょ……じゃなくて、布団にお漏らしをしてしまい、本人曰く、「大恥をかかされた」。
だから。
……「五右衛門は、あたしの言うことを、何でも聞かなくちゃいけないんだ!」
まあね。
おえんを怯えさせちまったのは事実だしね。
でも、わざとじゃないんだよ。
あのタイミングで起きてくるとは思わなかったんだよ……。
「如信尼様も、そうしてもらえって!」
これは、殺し文句だった。
俺は、麗しの庵主、如信尼様には逆らえない。
舎弟(と認め合ったわけではないが)の独歩もだ。
そういうわけで、俺と独歩は、蒸し蒸しする初夏の日、大汗かいて、村の入会地の草刈りに精を出した。
つまり、手っ取り早くわかりやすく、金が必要だったわけ。
「愛之助様の絵!」
5歳の幼女は喚きたてた。
「姿愛之助様の姿絵が欲しい!」
「愛之助?」
聞いたことのない名前だった。
「愛之助様!」
すかさずおえんが訂正を食らわせる。なんだって、知らない野郎を、「様」付けで呼ばなければならないんだ?
「で、誰それ?」
「五右衛門、殺す!」
「うっわ。ひどくね? つか、誰よ、愛之助って」
「……役者」
おえんが言うには、二枚目看板役者だという。
「聞いたことないねえ」
独歩が首をかしげる。
俺は、不調法者だ。歌舞伎芝居なんぞ、とんとわからねえ。
だが、物知りな独歩が知らないんじゃ、大した役者じゃあるまい。
「ははあ。大部屋の大根か」
「ぐ、」
おえんの顔色が変わった。
「ばかばかばか!」
5歳幼女が、連呼して喚きたてる。
「愛之助様は、天下の二枚目! 日の本一の男前! なの!」
「日の本一の男前は、俺だろ?」
やっとのことで、俺は、真実を口にした。
返事は、ひどいものだった。
「馬鹿、死ね、五右衛門!」
「うっわ。ひっど」
「へえ。おえんのコレなわけ?」
それまで高みの見物を決め込んでた独歩が、にやにやして、小指を立てた。
途端に、逆襲の矛先が変わった。
「ばかーーーーーーっ! 独歩なんて、死んじゃえーーーーーっ!」
極めて語彙の少ない5歳女児、渾身の悪態である。
それなのに、独歩の心に深く深く突き刺さったようである。
独歩は泣き出した。
「うわあ。おえん、ひどいーーーーーっ!」
この少年は、精神年齢がめちゃめちゃ低いのだ。
「うえーーーん」
「うわーーーーん」
二人そろっての愁嘆場に、俺は思わず、耳を塞いだ。
「二人とも、静かにしろ! 耳が潰れるだろ。つか、独歩、おえん相手に、その小指の使い方、間違ってる……」
なんとか子ども二人を宥めようとしたのだが、二人そろって、一向に、収まらない。
ぎゃーぎゃー、わーわーと、うるさいったらない。
「お前らなあ。いくら墓場の横の一軒家ったって、限度ってものがあるだろう? 死人が起きちまうだろうが」
これも躾だ。
将来、こいつらが、市中の長屋に暮らす場合を考え、俺が、説教を始めた時だった。
「何事です? 大騒ぎして」
あばら家の前に、麗しい観音様が……。
「如信尼様」
「いったい何を騒いでいるのですか? 本堂まで聞こえましたよ?」
「如信尼様! 五右衛門がひどいんです!」
泣きながら、おえんが訴える。
「えっ、俺? いや、俺は何もしてないぞ?」
「した!」
「してない!」
「五右衛門は、極悪人!」
「いったいどうしたのです、おえん」
優しく如信尼様が問いただす。
「五右衛門は、愛之助さまのことを、大根役者だって言った! 大部屋の大根だって!」
「大根ならまだ、煮付けりゃ食えるが、大根役者は、クソの役にもたちゃしねえ」
好いた女性(仏の遣いだけど)の前で、他の男をこきおろすのは、気持ちのいいものだ。
「……」
沈黙が落ちた。
慈母のようだった如信尼様の表情が固まっている。
「五右衛門さん。あなた、間違ってます」
一言、落ちてきた。
氷のような声だった。
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