石川五右衛門3世、但し直系ではない

せりもも

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贔屓の筋

11 贔屓筋の使命

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 「愛之助様の舞台がかからなくなった」
 ため息をついて、おえんが言った。
 わざわざうちまで、愛之助の話をしにきやがったのだ。

「この頃、贔屓筋にさえ、お姿をお見せにならないのです」
 なんと、あばら家の入り口に、如来様が降臨されている……。

「げ。如信尼様!」

 俺は慌てて跳ね起きた。
 横になって、鼻くそをほじりながら、おえんのよしなしごとを聞いていたのだ。

 おえんと如信尼が、目と目を見合わせた。
 小さく、おえんが頷く。

「それでね、五右衛門」
どさりと俺の前に、紙の束が置かれた。
「これを、江戸市中にばらまいてきてほしいの」

「これは……印刷したばかりの、愛之助の姿絵じゃないか」
 日がな一日、独歩と刷った姿絵を、江戸の町に、ばら撒けと?
「大事な絵じゃなかったのか?」

「うん。でも、彼の美しさを、江戸のみんなにも教えてあげなくちゃ」
おえんの鼻息は荒い。
「そもそも、役者絵って、そういうものでしょう?」

「知るかよ」
 大方刷り過ぎて、持て余しているのだろうと、俺は思った、


 だが、おえんは、真剣だった。
 おえんだけじゃない。
 如信尼様もだ。
 二人とも、真剣すぎて怖いくらいだ。

「愛之助様の人気を上げるのは、贔屓の者の使命。それには、江戸の皆様に、絵姿を差し上げるのが、一番です」
「そうよそうよ。愛之助様を再び、表舞台に呼び戻すの」
「この美しい役者絵を見れば、江戸の皆さんも、彼の魅力を、きっと、わかってくれるはずです」
「人気が上がれば、彼は帰ってくる。絶対!」

 口々に言い募る。

「撒いてくるのよ、五右衛門!」
決めつけるようにおえんが言うと、如信尼が頷いた。
「あなたには、伝手がおありだと、おえんから聞きました」

「伝手?」

 思わず問い返す。
 おえんがにやりと笑う。
「ほら、五右衛門さんせ、」

 「うわあ!」
思わず俺は叫んだ。


 確かに、義賊として人気の高いこの俺が、絵姿をばら撒けば、評判になるだろう。愛之助の知名度が上がること、間違いなしだ。

 だが、俺が、大泥棒五右衛門3世だということは、如信尼様には内緒だ。
 穢れのない如信尼様に、裏家業を知られたくない。

 そこのところをわかっていて、おえんは、俺を脅しにかかっているわけで……。


「わかった。わかりましたよ」
悲鳴のような声が出た。
「愛之助の絵姿、江戸市中でばら撒いてきますとも!」





 「でも、五右衛門。それ、いいかもしれない」

 あばら家に降臨した弥勒菩薩と生意気なクソガキが帰ると、独歩が、ひょいと顔を出した。
 今まで、どこかに隠れていたものと見える。

 彼は、俺の前に置かれた役者絵の束を見つめていた。

「絵姿が出回れば、愛之助も、隠れていられなくなるはずだから」

 川原で草取りをしたうち、愛之助だけが、所在が分からないのだ。
 そして独歩は、お藤を殺したのは、愛之助だという。

「愛之助をあぶりだすために。ね、一肌脱いでおくれよ、五右衛門」

「なんで俺が」
溢れる愚痴が、止まらない。
「お武家の細君が殺されたって、俺には関係ねーよ」

「悪いことをしたやつが、野放しになってるんだよ? それは、よくないことだ」

「だから、俺は、ドロボーなの! 間違っても、お白洲の味方なんか、できないわけ!」
やや強めに言ってやると、独歩は顔を顰めた。
「なら、五右衛門は、平気なの? おえんや、如信尼様まで、愛之助が好きなんだよ? 彼女らの心を、愛之助に盗られたままで、いいの?」

「よっ、よくない!」
飛び上がって俺は叫んだ。
「行くぞ、独歩!」







 月の光を浴び、江戸の屋根にすっくと立つ、その、姿。

「義により参上仕った。我こそは、石川五右衛門が甥、五右衛門3世!」

 はらはらと舞い落ちる、たくさんの紙。

 拾い上げた人は、首を傾げた。目を眇め、月明りに翳す。

 それは、全く知られていない役者の絵姿だった。
 ただし、一部で人気沸騰中の役者だということを、善良な江戸の町人たちは、知らなかった。






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