石川五右衛門3世、但し直系ではない

せりもも

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花瓶の穴

6 出来損ない

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 泣き喚く子ども二人をどうにか宥めた如信尼は、床の上に投げ出されたアヤメの花に気がついた。
 隣人が持ってきたものだ。

 「お花に罪はないわ」

 アヤメを拾い上げ、花瓶になる物はないかときょろきょろする。
 首の長い、青い器が転がっていた。

 桶の水を満たし、花を生けたそれを、如信尼は本堂に運んでいった。





 3日後。ようやく俺は、釈明の機会を与えられた。
 もっともその頃には、如信尼様は、独歩とおえんから、あらかたの話は聞き終えていた。二人は互いに罵り合い、それゆえ、俺への疑いは、晴れたらしい。
 まずは、一安心だ。


「そうでしたか。独歩がそこまで強情を」
ほう、と、如信尼様は深いため息を吐いた。
「おとなしい独歩にしては、珍しいことです。彼はおえんを、先輩格として見ていましたし」


 寺に来たのは、おえんの方が先だ。5年前、まだへその緒の取れていない赤子が、山門の下に捨てられていた。それが、おえんだ。


「花瓶に孔は、いけませんけどね。水が漏れました」

「ああ、やっぱり!」
 泣き喚いていたおえんと独歩は、器には穴が開いていると如信尼様に注進することを忘れたらしい。

「やっぱり?」
 如信尼様の目に嫌な光が灯った。
「おかげで、お線香とお供えのお饅頭が、台無しになりましたけどね。あと、役者絵も」

 俺の背筋に寒気が走った。だって如信尼様は、売れない役者の贔屓筋だ。さすがにご本尊の顔に役者絵が貼り付けられていることはなくなったが、供物台に役者絵が供えられていることはままある。

「五右衛門さんが持ってきた花瓶ですってね?」

 俺が諸悪の根源だといわんばかりの、険しさだ。
 俺は慌てた。

「如信尼様への御進物です。日頃のお世話に、感謝をこめて、ですね」
「そうしたものは不要だと言ったでしょ」
「あの、濡れちまったんですか?」
「何が?」
「役者絵」
「……」

 沈黙があった。部屋の温度が氷室並みに下がった気がする。

「諸行無常万物流転」
やがて呪文のように如信尼様は唱えた。
「五右衛門さんが気にすることはありません。全て形をとどめないのが世の習い」

 ようやく彼女がそう言ってくれた時には、俺は冷や汗でびっしょりになっていた。

「すると、許して下さるんで?」
「許すも何も。二枚目役者、葉桜勘之助殿の絵姿が濡れて破れたしまっても、私は全く気にしていません」

 気にしてる! つか、これは絶対怒ってる!
 恐ろしさに俺は、わなわな震えた。

 こほん。
 如信尼様が小さな咳ばらいをしなさった。

「ところで、五右衛門殿。これは随分、高価な花瓶だそうじゃないですか」

 話題が変わって、俺はほっとした。

「磁器です。出来損ないですみません」
 自分で言うのは、忸怩たるものがあったが、仕方がない。如信尼様の大事の役者絵を台無しにしたとあっては、ただで済むはずがない。

「出来損ない?」
美しい眉を、如信尼様が顰めた。
「世の中に、出来損ないなんて、存在しないのですよ」

 感激した。

「俺、人からよく、出来損ない、って言われるんですけど」
「何事にも例外はあります。ですが、この花瓶の孔は、出来損ないということではないようですよ。独歩が言っていました。わざと開けたようです。蓋と取っ手をつける為に」

きんの?」
「ええ、金の」

静かに、如信尼様は微笑む。

「如信尼様は、それを、信じなさるので?」
「どうして疑う必要がありましょう」

思わず俺は、彼女の顔に見惚れてしまった。弥勒菩薩もかくやというほど、優しいお顔だ。

「問題は、独歩が癇癪を起したことです。穏やかなあの子が……。五右衛門さん。その時のことを、詳しく話してくれますか?」


 如信尼様に乞われるままに、俺は、当時の状況を話した。


「すると、磁器に金の蓋や取っ手はあり得ない、と言われて泣き出した訳ですね、独歩は」
「言ったのは、おえんです」
「わかっています。ですが、泣くほどのことでしょうか?」

 まるで、お前も何かしたんじゃないか、と言わんばかりの強い目の力で、俺を射すくめる。 
 何も言われない先から、俺は首を横に振った。

「磁器に金の取り合わせは、独歩にとっては、とても大切な思い出と結びついているんじゃないでしょうか」
「思い出?」
「なにか、子どもの頃の……」

 わずかに、如信尼様の顔色が変わった。「五右衛門さん。あなたは、独歩について、何か知っているのですか?」



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