石川五右衛門3世、但し直系ではない

せりもも

文字の大きさ
32 / 43
花瓶の穴

9 白野屋の客

しおりを挟む


 将監河岸の陶器商、白野屋では、店主の春兵衛が、不審な客に目を付けた。

 まず第一に、身なりが粗末だった。

 白野屋では、陶磁器を扱っている。比較的手の出やすい価格で販売しているが、それでも、高価であることに、変わりはない。陶磁器は、こんなみすぼらしいなりの町民風情に、買えるような代物ではないのだ。

 それなのに、男は、しつこかった。番頭の矢八郎に、あれやこれや出してこさせては、鹿爪らしい顔で、ひねくり回している。

 まだ若い男だ。

 裕福なお店のぼんぼんが、陶磁器集めの趣味に嵌ることはある。だが、この若者からは、そうした鷹揚さは、全く感じられなかった。一言でいえば、貧乏くさい。


「あたしに貸してごらん」
 奥の倉庫から出てきた番頭から、春兵衛は、花瓶を受け取った。
「馬鹿だね、矢八郎、お前さんは。あんなみすぼらしい客に、こんな高価な花瓶が買えるものかね。質の悪い冷やかしだよ」

「壱拾州屋さんは、いつも、すり切れた着物を着ていらっしゃいますが」

番頭の矢八郎が返す。壱拾州屋というのは、いつも大量に磁器を買い付けてくれる、太筋の客だ。

「壱拾州屋の大旦那は、もうご老人だろ。今店に来てる客は、若い。若いもんは、外見に気を遣うものだ。ありゃ、ただの貧乏人だよ」
「さすが、旦那さんだ」

 感心して見送る矢八郎の視線を背に、春兵衛は店に戻った。

「いらっしゃいませ、お客様」
愛想のよい笑顔で、若い客に向かう。

「あれ? さっきの番頭さんは?」
「あいにくと矢八郎は、所用ができまして。店主のあたしがお相手をさせて頂きます」

「俺ぁ、さっきの番頭さんが、気に入ったんだが。まあ、いいや。花瓶を見せてくんな」

 番頭に対して、変に馴れ馴れしい客を、春兵衛は、不快に思った。

「申し訳ございません、お客様。これは、大層、高価なものでございまして」
「わかってるよ?」

「値が高いのでございます。うっかり不調法があったら大変です」
「俺が、割っちまうとでも?」
「万が一、です。万が一そのような不幸があった場合、私どもは、お客様にご迷惑をおかけしたくないのでございます」
「俺は、平気だよ。割れるのは、あんたんとこの商品だもん」
「場合によっては、お客様に弁償して頂くこともあるかと」
「何だって!?」
「ですから、万が一です。万が一、お客様ご自身の手が、するりと滑ったら……」
「違ぇねえ。己の落ち度は償わなくっちゃな」

 店の上がり框に腰かけた男は、意外にあっさりと認めた。
 春兵衛に向かって身を乗り出す。

「実は、俺の友達にね。穴の開いた花瓶を売りつけられたやつがいるんだ」
「穴の開いた花瓶、でございますか?」
「そうだ。そっから水が漏れてよ。それで友達は、女にフられたそうだ」
「はあ……。花瓶から水が漏れて、女性にょしょうにふられなすった……」

 彼は、相手の男を、じっくりと観察した。間の抜けた顔をしている。。

「なんでも、花瓶から漏れた水に濡れて、その女の大事なものを台無しにしちまったんだそうだ。線香とか饅頭とか、役者絵とか、な」

 線香と饅頭と役者絵。変な取り合わせだ。

「陶器に、エミ(割れ目)でも入っていたのでしょうか」
「いや、それがな。花瓶のくびれの辺りに、小さな丸い孔が空いていたんだと」
「小さな丸い孔……」

春兵衛の頭に、幽かな警告灯が灯った。

「大方、虫にでも喰われたんだろうが、それにしても、買ってすぐのことだからよ」
「お客様。陶磁器は、虫に喰われることはありません」

 杞憂か。この客は、ただの愚か者だ。


 「やい! 白野屋春兵衛! 俺を雇ってくれる約束はどうなったんだよ!」
その時、店の外から、大きな声が聞こえた。

「おっ! 騒ぎかい!?」
飛び上がるようにして、男が立ち上がった。どうやら、野次馬根性の強い性質たちのようだ。

 小さく、春兵衛は舌打ちをした。


「春兵衛! 出てこい、春兵衛!」

 店の外で騒いでいる男には、心当たりがあった。

 一方でこの若い客は、磁器の孔を、話題に振ってきた。
 たとえ阿呆であっても、この若い男にも、注意が必要だ。


 奥から、番頭の矢八郎が走ってきた。矢八郎は春兵衛と目を合わせ、頷いた。

「お客様。こちらの皿なら、お客様にもお手が出せますよ?」
店の棚から赤絵(色絵)の小皿を取り出し、柔らかな声で、矢八郎が言う。

「いや、俺は、花瓶が欲しいの」
言いながらも、番頭が気に入ったという男は、框に腰を下ろした。

「番頭も出てきたことですし、ちょっと失礼しますよ」

言い置き、春兵衛は店の外へ出た。



しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~

さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」 あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。 弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。 弟とは凄く仲が良いの! それはそれはものすごく‥‥‥ 「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」 そんな関係のあたしたち。 でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥ 「うそっ! お腹が出て来てる!?」 お姉ちゃんの秘密の悩みです。

与兵衛長屋つれあい帖 お江戸ふたり暮らし

かずえ
歴史・時代
旧題:ふたり暮らし 長屋シリーズ一作目。 第八回歴史・時代小説大賞で優秀短編賞を頂きました。応援してくださった皆様、ありがとうございます。 十歳のみつは、十日前に一人親の母を亡くしたばかり。幸い、母の蓄えがあり、自分の裁縫の腕の良さもあって、何とか今まで通り長屋で暮らしていけそうだ。 頼まれた繕い物を届けた帰り、くすんだ着物で座り込んでいる男の子を拾う。 一人で寂しかったみつは、拾った男の子と二人で暮らし始めた。

裏長屋の若殿、限られた自由を満喫する

克全
歴史・時代
貧乏人が肩を寄せ合って暮らす聖天長屋に徳田新之丞と名乗る人品卑しからぬ若侍がいた。月のうち数日しか長屋にいないのだが、いる時には自ら竈で米を炊き七輪で魚を焼く小まめな男だった。

父親が再婚したことで地獄の日々が始まってしまいましたが……ある日その状況は一変しました。

四季
恋愛
父親が再婚したことで地獄の日々が始まってしまいましたが……ある日その状況は一変しました。

わたしの下着 母の私をBBA~と呼ぶことのある息子がまさか...

MisakiNonagase
青春
39才の母・真知子は息子が私の下着を持ち出していることに気づいた。 ネットで同様の事象がないか調べると、案外多いようだ。 さて、真知子は息子を問い詰める? それとも気づかないふりを続けてあげるか? そのほかに外伝も綴りました。

楽将伝

九情承太郎
歴史・時代
三人の天下人と、最も遊んだ楽将・金森長近(ながちか)のスチャラカ戦国物語 織田信長の親衛隊は 気楽な稼業と きたもんだ(嘘) 戦国史上、最もブラックな職場 「織田信長の親衛隊」 そこで働きながらも、マイペースを貫く、趣味の人がいた 金森可近(ありちか)、後の長近(ながちか) 天下人さえ遊びに来る、趣味の達人の物語を、ご賞味ください!!

本能寺からの決死の脱出 ~尾張の大うつけ 織田信長 天下を統一す~

bekichi
歴史・時代
戦国時代の日本を背景に、織田信長の若き日の物語を語る。荒れ狂う風が尾張の大地を駆け巡る中、夜空の星々はこれから繰り広げられる壮絶な戦いの予兆のように輝いている。この混沌とした時代において、信長はまだ無名であったが、彼の野望はやがて天下を揺るがすことになる。信長は、父・信秀の治世に疑問を持ちながらも、独自の力を蓄え、異なる理想を追求し、反逆者とみなされることもあれば期待の星と讃えられることもあった。彼の目標は、乱世を統一し平和な時代を創ることにあった。物語は信長の足跡を追い、若き日の友情、父との確執、大名との駆け引きを描く。信長の人生は、斎藤道三、明智光秀、羽柴秀吉、徳川家康、伊達政宗といった時代の英傑たちとの交流とともに、一つの大きな物語を形成する。この物語は、信長の未知なる野望の軌跡を描くものである。

妻に不倫され間男にクビ宣告された俺、宝くじ10億円当たって防音タワマンでバ美肉VTuberデビューしたら人生爆逆転

小林一咲
ライト文芸
不倫妻に捨てられ、会社もクビ。 人生の底に落ちたアラフォー社畜・恩塚聖士は、偶然買った宝くじで“非課税10億円”を当ててしまう。 防音タワマン、最強機材、そしてバ美肉VTuber「姫宮みこと」として新たな人生が始まる。 どん底からの逆転劇は、やがて裏切った者たちの運命も巻き込んでいく――。

処理中です...