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Ⅲ
大事な家族
しおりを挟む「なにするんだよ!」
近づいてくる男たちを溂は罵った。
「危ない運転、しやがって!」
「野添溂さんですね」
溂の抗議などものともせずに、二人のうち、若い方の男が言った。
「厚生労働省の岡田雅樹と申します」
「は?」
こうせいろうどうしょう?
とっさに、漢字変換ができなかった。
警察か公安の方が、まだ納得できたろう。ハッカー時代に、さんざんお世話になったから。……別にお世話されたかったわけではないが。
「同じく、山下です。野添さん。あなたの車には、フロレツァールが乗っていますね?」
年輩の方が言った。決めつけるような言い方だ。
「届け出はされましたか?」
「届け出?」
フロレツァールを飼育するのに、届け出が必要なのか。
聞いたこともない。フロレツァールの研究をしているという敬介も、そんなことは言っていなかった。
「輸入届です」
「ゆにゅう?」
だが、七緒は、卵の状態で森に置かれていた。
輸入したわけではない。
「その卵が、密輸の可能性があるのです。感染症法の規定により、フロレツァールは、成体も卵も、輸入の際の届け出が必要な生き物です。このまま所持し続けることは、検疫上の重大な違反になります」
「いや、だって、七緒は、健康そのものだし」
「規則です」
若い方の岡田が、車の後部座席のドアに手をかけた。
「ここを開けて下さい」
「七緒を、どうするつもりだ?」
「フロレツァールが感染症の保菌者であった場合、公衆衛生上、非常に危険です。バイオセーフティーレベル3以上の扱いで隔離する必要があります」
……隔離?
「だから、七緒は、まったくの健康体だ!」
「ですが、潜在的な保菌者の可能性は否定できません。なにしろ、当該フロレツァールは、感染症法第57条による輸入届出がなされていないわけですから」
年配の山下が、岡田に頷いた。
岡田は、強引に運転席の窓から手を差し伸べ、ドアを開いた。
「なにをする!」
溂は叫んだ。
腕を捕まれた。
「七緒! 逃げろ!」
掴まれた腕を振り放し、溂は、後部座席のドアロックを解除した。
ばん!
ドアが大きく開く。
体ごと、内側からドアにぶつかった七緒が、車の外へ出るなり、羽を大きく拡げた。
白い羽が、太陽の光を受け、美しく輝く。
気がかりそうに、彼は、車を振り返った。運転席の溂と目が合う。
「行け! 俺もすぐに行くから」
そう叫ぶと、頷いた。
だが、溂を振り返った、その一瞬が命取りだった。
不意に、七緒の体が、へなへなと崩れ落ちた。
崩れた七緒のすぐそばに、山下が立っていた。手に、注射器を握っている。
「おまっ、七緒に何を!」
肺腑を、握りつぶされたような気がした。悲鳴のような声で溂は叫んだ。
「そんなことして、許されると思っているのか!」
まだ運転席側のドアに張り付いてた岡田を蹴飛ばし、外へ転がり出た。
「大丈夫です。ただの睡眠剤ですから」
山下は薄く笑った。注射器を隠そうともしない。
彼は、運転席から飛び出した溂の腕を捉えた。ひどく強い力だ。どうしても振り離せない。無理やり外そうとすると、ますます強く握りしめてくる。
……こいつ。
明らかに、何らかの訓練を受けているのだと、溂は悟った。
「おっと、おやめなさい。それ以上の抵抗は、公務執行妨害になりますよ。あなたに危害を加える気は、こちらとしてもありません」
山下は不気味に笑った。
溂に蹴り飛ばされた岡田が、よろよろと立ち上がった。ぐったりと道路にうずくまった七緒を抱きかかえる。
「そいつに触るな! 離せ! 七緒から手を離せ!」
溂は叫んだ。
二人の捜査官は、不思議そうに溂を見た。
「ペットとして飼ううちに、情がわきましたか?」
からかうように、山下が言った。
「七緒は、ペットじゃない!」
「ほほう。……通常、刷り込みは、フロレツァール側にのみ発生するものですが。あなたのそれは、不思議な心理状態ですね。しかも、ヒトと鳥の間で。……まさかあなた、彼の刷り込みに応えたわけじゃ?」
……刷り込みに応えた?
……それって、……。
溂の頬が赤らんだ。
「下品なことを言うな! 七緒は俺の、大事な家族だ!」
「……家族」
山下は鼻で笑った。
「16世紀から始まる長いフロレツァールの飼育史の中でも、そのようなことを言った人間はいませんでしたよ。彼らは、愛玩動物に過ぎません。しかし今や、それ以上の利用価値が……」
言いかけて、言葉を濁した。
咳払いをして続ける。
「野添溂さん。今のところ、あなたの処遇は保留です。ですが、国外退去の際は、必ず、最寄りの検疫所に連絡を入れるように」
言い置いて、クラウンへ向かう。
岡田は、後部座席に七緒を押し込めていた。
乱暴な手つきだ。あれでは、羽が折れてしまう。
七緒の美しい羽が。
かっとした。職務に集中しているらしい無防備な背中に飛びつき、思い切り引っ張った。
岡田は振り返り、応戦しようとした。だが、体が半分車の中に入ってしまっているので、うまくいかない。
溂は岡田の体を、ひとおもいに、車から引きずり出そうとした。
この車をのっとってやる。そして、どこまでも逃げるのだ。
そう思った時、ぴりりと、ひどい衝撃が、肩から背中にかけて走った。
耐えきれず、その場に崩折れた。
「だから、邪魔したらダメだと言ったでしょ? 我々は、ただの公僕ではないのですよ。逆らっても無駄です」
山下が、溂の肩先に、スタンガンのようなものを押し付けたのだ。
「念のために忠告しておきますが、この護身用のスタンガンは、特殊に開発されたものでしてね。体に痕跡を残しません。訴えても無駄です」
そう言って、助手席に座った。
岡田も、溂を睨みながら、運転席に乗り込んでいく。
短いエンジンの回転音の後、車はタイヤを軋ませ、走り始めた。
よろよろと、溂は、その後を追いかけた。自分の車に戻る時間が惜しかった。
灰色の車体は、すぐに見えなくなった。それでも溂は、走り続けた。力尽きて道路にへたり込むまで。
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