朝になるまでモフッてやるから覚悟しろ

せりもも

文字の大きさ
44 / 82

売国奴

しおりを挟む
 
「あっ! 野添さん! 野添溂さんですよねっ!」
溂の車を見るなり、甲高い女の声が叫んだ。
「フロレツァールは? あなたのフロレツァールはどこですか!?」
「野添さん、一言!」
「七緒君と並んで、写真を!」


 ……こいつら、七緒の名前まで知ってやがる。
 寺の駐車場で、溂は、立ち往生していた。
 溂の車は、駐車場に止まるなり、大勢の報道陣に取り囲まれた。わナンバーが、目印になったのだ。レンタカー店が、免許証の情報を流したに違いない。

 この状態では、前へ進むことも後ろへ退くこともできない。そんなことをしたら、確実に、誰かを轢いてしまう。
 運転席に凍りついたままの溂に、激しくカメラのフラッシュが浴びせられる。
 スタッフたちは、強引に後部座席を覗き込もうとしている。


 「七緒はいない!」
窓を引き下げ、溂は叫んだ。

「いない……」
 人々の間に、失望が走った。
 だが、彼らは、貪欲だった。
「野添さん、フロレツァールに命を救われたご感想は?」
「普段は、どんな生活をされているのですか?」
「七緒君に関するエピソードを、何か!」


 フロレツァールには、高度な知能はないとされている。ただ歌を歌い、ペットとして愛玩されるしか能のない鳥。美しいだけが取り柄の生き物……。

 それが、飼い主の命を救った。しかも、一歩間違えば、自分の命を失う可能性もあった。一緒に、深い谷間に落ちてしまうことだって、あり得たのだ。
 それなのに、彼は、飼い主を離さなかった。

 ライブカメラに捉えられた七緒の映像は、多くの視聴者の共感を呼んだ。
 フロレツァールは、高価なペットだ。一般の人には、まだまだもの珍しい。


 「七緒君への、感謝の気持ちを一言!」
「あなたは、七緒君のことを、どのようにお考えですか?」


 だが、肝心の七緒は、厚労省の役人に連れて行かれてしまった。ヒーローは七緒だ。溂は、そのヒーローに救われたお姫様といった役回りか。

 ……通常、刷り込みは、フロレツァール側にのみ発生するものですが。
 ……まさか、彼の刷り込みに応えたわけじゃ……。
 厚生労働省の山下の言った言葉が、胸に蘇る。

 応えてない。でも、七緒は要求してきている。溂に気に入られようと必死だ。
 生きたネズミをプレゼントしたり(人間である溂には、はた迷惑な贈り物だった)。
 重いものを運んで、一生懸命手伝いをしようとしたり(厨にぶちまけられた牛乳は、まだ少し、匂う)。

 洋服も着るようになった。キスや、その他もろもろ、仕掛けても来ることもないし、眠っている溂を裸にひん剥くこともしない。
 七緒は、いろいろ我慢しているのだ。

 一緒に過ごす溂には、わかっている。
 七緒が、溂のことを、すごく大切に思っていることが。
 そして、溂自身も……。


 「知能が劣っているといわれるフロレツァールにも、感情というものがあるのでしょうか?」

 不意に、その質問が、耳に突き刺さった。
 若い女のレポーターが、運転席の窓の隙間から、マイクをねじり込んでいる。
 かっとした。

「七緒には、理性も感情もある!」
 溂の声をマイクが拾った。

 しん、と、辺りが静まり返った。
 レポーターの女性の声が甲高く響いた。
 「それはつまり、あの噂は本当だと肯定なさるのですね!」

「あの噂?」
嫌な予感がした。
 フロレツァールの習性は、秘密ではない。ただ、あまり知られていないというだけで。

 ……この女、調べてきたのか。

「七緒君には、刷り込みがあったという噂です。しかも、前代未聞の異種間での刷り込み。ヒトと鳥との間で。……あなたとフロレツァールは、番いなんですね!」

「だからどうだというんだ!」
やぶれかぶれで、溂は叫んだ。
「俺は七緒のことを……」
言いかけて、すんでのところで、ストップした。

 ……こんな愚劣な質問に誘導されて、自分の気持ちを吐き出したくない。

 だから、簡単に、真実だけを述べた。
「……いいや。俺達は、番いではない」


 「……野添溂。あんたの名前は聞いたことがある」
 女性レポーターの横に、中年の男の記者が並んだ。
「もう16~17年も前か? 天才小学生ハッカー……K国のコンピューターシステムをハッキングしたのは、あんただろ!」

「!」

「ハッキングされたのは、C国の国家機密だった。K国が密偵して得たものだ。おかげで当時、C国と緊張関係にあった我が国に、サイバー攻撃の疑いがかけられた。C国は、独裁国家だ。危うく、我が国との間で、全面戦争になるところだった……」

 そうだ。
 それこそが、小学生ハッカーだった溂の起こした事件の顛末だったのだ。

 この事件の執り成しを、日本は、大国であるA国に頼んだ。結果、日本は、未だにそのツケを払っているという噂がある。
 A国の言うなりになり、不利な案件を飲むたびに、今でも、溂の名前は、やり玉に上がる。

 記者の目が暗く輝いた。
「野添溂。あんたは、売国奴だ!」

 そう。
 売国奴という蔑称とともに。
 そして、今でも続く、激しい罵倒。


 これこそが、溂が、世の中から逃げ、こんな山奥にひとり暮らしている、本当の理由だった。
しおりを挟む
感想 2

あなたにおすすめの小説

【完結】ただの狼です?神の使いです??

野々宮なつの
BL
気が付いたら高い山の上にいた白狼のディン。気ままに狼暮らしを満喫かと思いきや、どうやら白い生き物は神の使いらしい? 司祭×白狼(人間の姿になります) 神の使いなんて壮大な話と思いきや、好きな人を救いに来ただけのお話です。 全15話+おまけ+番外編 !地震と津波表現がさらっとですがあります。ご注意ください! 番外編更新中です。土日に更新します。

伝説のS級おじさん、俺の「匂い」がないと発狂して国を滅ぼすらしいい

マンスーン
BL
ギルドの事務職員・三上薫は、ある日、ギルドロビーで発作を起こしかけていた英雄ガルド・ベルンシュタインから抱きしめられ、首筋を猛烈に吸引。「見つけた……俺の酸素……!」と叫び、離れなくなってしまう。 最強おじさん(変態)×ギルドの事務職員(平凡) 世界観が現代日本、異世界ごちゃ混ぜ設定になっております。

過保護な父の歪んだ愛着。旅立ちを控えた俺の身体は、夜ごとに父の形で塗り潰される

中山(ほ)
BL
「パックの中、僕の形になっちゃったね」 夢か現か。耳元で囁かれる甘い声と、内側を執拗に掻き回す熱。翌朝、自室で目覚めたパックに、昨夜の記憶はない。ただ、疼くような下腹部の熱だけが残っていた。 相談しようと向かった相手こそが、自分を侵食している張本人だとも知らずに、パックは父の部屋の扉を開く。 このお話はムーンライトでも投稿してます〜

聖獣召喚に巻き込まれた俺、モフモフの通訳をしてたら冷徹騎士団長に外堀を埋められました

たら昆布
BL
完璧っぽいエリート騎士×無自覚な愛され系

薔薇摘む人

Kokonuca.
BL
おじさんに引き取られた男の子のお話。全部で短編三部作になります

【完結 一気読み推奨】片想いの相手が「そろそろ恋愛したい」と言ったので、用済みの俺はニートになることにしました。

はぴねこ
BL
 高校生の頃、片想いの親友に告白した。  彼はノンケだったから玉砕して友人関係も終わるものだと思っていた。  もしかすると気持ち悪いと軽蔑される覚悟までしていたのに、彼は「今は恋愛をしている時間がないんだ」と自分の夢を語ってくれた。  彼は会社を興した祖父のことをとても尊敬していて、自分も起業したいと熱く語ってくれた。  そして、俺の手を握って「できれば親友のお前には俺の右腕になってほしい」と言われた。  同性愛者の俺のことを気持ち悪いと遠ざけることもせずに、親友のままでいてくれた彼に俺は感謝して、同じ大学に進学して、大学の頃に彼と一緒にゲームを作成する会社を起業した。  あれから二十年間、本当に二人三脚で駆け抜けてきた。  そして、昨年売り出したVRMMOが世界的に大ヒットし、ゲーム大賞を取ったことを祝うパーティーで親友が語った言葉に俺の覚悟も決まった。 「俺もそろそろ恋愛したい」  親友のその言葉に、俺は、長年の片想いを終わらせる覚悟をした。  不憫な拗らせアラフォーが”愛”へと踏み出すお話です。

吊るされた少年は惨めな絶頂を繰り返す

五月雨時雨
BL
ブログに掲載した短編です。

【完結済】王子を嵌めて国中に醜聞晒してやったので殺されると思ってたら溺愛された。

うらひと
BL
学園内で依頼をこなしていた魔術師のクリスは大物の公爵の娘からの依頼が入る……依頼内容は婚約者である王子からの婚約破棄!! 高い報酬に目が眩んで依頼を受けてしまうが……18Rには※がついています。 ムーン様にも投稿してます。

処理中です...