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Ⅲ
売国奴
しおりを挟む「あっ! 野添さん! 野添溂さんですよねっ!」
溂の車を見るなり、甲高い女の声が叫んだ。
「フロレツァールは? あなたのフロレツァールはどこですか!?」
「野添さん、一言!」
「七緒君と並んで、写真を!」
……こいつら、七緒の名前まで知ってやがる。
寺の駐車場で、溂は、立ち往生していた。
溂の車は、駐車場に止まるなり、大勢の報道陣に取り囲まれた。わナンバーが、目印になったのだ。レンタカー店が、免許証の情報を流したに違いない。
この状態では、前へ進むことも後ろへ退くこともできない。そんなことをしたら、確実に、誰かを轢いてしまう。
運転席に凍りついたままの溂に、激しくカメラのフラッシュが浴びせられる。
スタッフたちは、強引に後部座席を覗き込もうとしている。
「七緒はいない!」
窓を引き下げ、溂は叫んだ。
「いない……」
人々の間に、失望が走った。
だが、彼らは、貪欲だった。
「野添さん、フロレツァールに命を救われたご感想は?」
「普段は、どんな生活をされているのですか?」
「七緒君に関するエピソードを、何か!」
フロレツァールには、高度な知能はないとされている。ただ歌を歌い、ペットとして愛玩されるしか能のない鳥。美しいだけが取り柄の生き物……。
それが、飼い主の命を救った。しかも、一歩間違えば、自分の命を失う可能性もあった。一緒に、深い谷間に落ちてしまうことだって、あり得たのだ。
それなのに、彼は、飼い主を離さなかった。
ライブカメラに捉えられた七緒の映像は、多くの視聴者の共感を呼んだ。
フロレツァールは、高価なペットだ。一般の人には、まだまだもの珍しい。
「七緒君への、感謝の気持ちを一言!」
「あなたは、七緒君のことを、どのようにお考えですか?」
だが、肝心の七緒は、厚労省の役人に連れて行かれてしまった。ヒーローは七緒だ。溂は、そのヒーローに救われたお姫様といった役回りか。
……通常、刷り込みは、フロレツァール側にのみ発生するものですが。
……まさか、彼の刷り込みに応えたわけじゃ……。
厚生労働省の山下の言った言葉が、胸に蘇る。
応えてない。でも、七緒は要求してきている。溂に気に入られようと必死だ。
生きたネズミをプレゼントしたり(人間である溂には、はた迷惑な贈り物だった)。
重いものを運んで、一生懸命手伝いをしようとしたり(厨にぶちまけられた牛乳は、まだ少し、匂う)。
洋服も着るようになった。キスや、その他もろもろ、仕掛けても来ることもないし、眠っている溂を裸にひん剥くこともしない。
七緒は、いろいろ我慢しているのだ。
一緒に過ごす溂には、わかっている。
七緒が、溂のことを、すごく大切に思っていることが。
そして、溂自身も……。
「知能が劣っているといわれるフロレツァールにも、感情というものがあるのでしょうか?」
不意に、その質問が、耳に突き刺さった。
若い女のレポーターが、運転席の窓の隙間から、マイクをねじり込んでいる。
かっとした。
「七緒には、理性も感情もある!」
溂の声をマイクが拾った。
しん、と、辺りが静まり返った。
レポーターの女性の声が甲高く響いた。
「それはつまり、あの噂は本当だと肯定なさるのですね!」
「あの噂?」
嫌な予感がした。
フロレツァールの習性は、秘密ではない。ただ、あまり知られていないというだけで。
……この女、調べてきたのか。
「七緒君には、刷り込みがあったという噂です。しかも、前代未聞の異種間での刷り込み。ヒトと鳥との間で。……あなたとフロレツァールは、番いなんですね!」
「だからどうだというんだ!」
やぶれかぶれで、溂は叫んだ。
「俺は七緒のことを……」
言いかけて、すんでのところで、ストップした。
……こんな愚劣な質問に誘導されて、自分の気持ちを吐き出したくない。
だから、簡単に、真実だけを述べた。
「……いいや。俺達は、番いではない」
「……野添溂。あんたの名前は聞いたことがある」
女性レポーターの横に、中年の男の記者が並んだ。
「もう16~17年も前か? 天才小学生ハッカー……K国のコンピューターシステムをハッキングしたのは、あんただろ!」
「!」
「ハッキングされたのは、C国の国家機密だった。K国が密偵して得たものだ。おかげで当時、C国と緊張関係にあった我が国に、サイバー攻撃の疑いがかけられた。C国は、独裁国家だ。危うく、我が国との間で、全面戦争になるところだった……」
そうだ。
それこそが、小学生ハッカーだった溂の起こした事件の顛末だったのだ。
この事件の執り成しを、日本は、大国であるA国に頼んだ。結果、日本は、未だにそのツケを払っているという噂がある。
A国の言うなりになり、不利な案件を飲むたびに、今でも、溂の名前は、やり玉に上がる。
記者の目が暗く輝いた。
「野添溂。あんたは、売国奴だ!」
そう。
売国奴という蔑称とともに。
そして、今でも続く、激しい罵倒。
これこそが、溂が、世の中から逃げ、こんな山奥にひとり暮らしている、本当の理由だった。
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