39 / 50
第五章 糺の森で
39 親の代の因果 2
しおりを挟む
「それで、沙醐。漂の君の姉君……華海親王の上の娘……の話は、聞けたのか?」
カワ姫が力ずくで、話を元に戻した。沙醐は、大きく頷いた。
「姉君によると、務の君は、下の娘の漂の君のことを、ひどく憎んでいる、と……」
……「不幸の原因は、全てあの子だと、母は、申しております」
……「まるで、そうすることによって、かろうじて、自分を支えているかのよう……」
姉君の言葉を、沙醐は、伝えた。
「なんて母親だ!」
憤慨しきって、カワ姫が叫ぶ。
「かわいそうな漂の君……」
なんと、迦具夜姫は、涙ぐんでいた。
「母親とは、そうしたものじゃ。マロの母上も、時折は、マロのことが嫌いになるみたいだぞ」
平然と一睡が述べた。
沙醐は、ぎょっとした。
「一睡様、お母さまがいらっしゃったのですか……」
「え? そこ?」
目に涙を溜めたまま、迦具夜が笑い出した。カワ姫も苦笑いしている。
「だって、一度も、お姿を拝見したことがなかったものですから」
一睡の世話は、百合根が一人でしているではないか。というか、一睡のような子どもを、よく放っておけるものだ。
「いるにきまってる」
なぜか胸を張って、一睡が答えた。
「それで、沙醐。母の務の君が、娘の漂の君を憎んでいるという、理由は?」
カワ姫が続きを促した。はっと、沙醐は我に返った。
……危ない。私まで、本筋をそれそうになった。
見失いかけた筋道を、必死に追う。
「漂の君の母君・務の君は、華海親王の幼馴染だったといいます。親王にとって、彼女は、特別な人だったのでしょう。そして、アラマサの父、暁史の没落の原因は……」
ちらりと、茵の上のアラマサを見た。相変わらずあぐらをかいたまま、挑むような眼で見返してくる。怯むことなく、沙醐は続けた。
「暁雅殿の父・暁史の没落……ひいては、暁家没落の原因は、華海親王です。親王が、暁史の思い人に手を奪ったから」
華海親王は、暁史の想い人・池の女君を寝取った。だから、暁史の従者が、親王に矢を射掛けた。それが糾弾されて、暁史は失脚した。
「ですから、もし、暁史が、華海親王に復讐しようとしたのなら、暁史は、親王自身の、『特別な女性』に、手を出したのではないでしょうか。華海親王の幼馴染で、既に娘を一人産んだ後にも、親王が通い続けている、務の君に」
「ゲスい!」
迦具夜姫が叫んだ。姫君には、到底ふさわしくない言葉だが、沙醐は、咎める気がしない。
「けれど、そう考えると、務の君が、漂の君を遠ざけ、憎む理由が、わかる気がします。つまり、漂の君は、愛するの華海親王の子ではなく、彼女を強引にものにした暁史の子……」
「待って待って待って。よくわからない」
幼い一睡には、理解が追い付いていないようだった。
「手を出した、とか、通い続ける、とか、さ。はっきり言ってくれなくちゃ、マロにはわからないよ」
沙醐含め、女性3人は、顔を見合わせた。
「一睡、寝取る、という言葉は知っておるか?」
三人を代表して、カワ姫が尋ねる。
「うん、知ってる!」
……知っているのか。
「最初、これは、今から20年も前のことじゃが、華海親王が、暁史……ここにいるアラマサの父親じゃな……から、池の女君を寝取った。ここまではわかるか?」
「うん」
「で、怒った暁の部下が、華海親王に矢を射掛けた。結果、暁史はその罪を問われて没落。ここまではいいか?」
「大丈夫」
「華海親王のせいで、家ごと没落した暁史は、怒り心頭、腹が立って、たまらない。そこで、華海親王に復讐することにした」
「ふんふん」
「矢の事件から、5年も経った頃かの。暁史も、配流先から、京に戻っていた。その頃、女好きの華海親王には、新しい側室がいた。務の君じゃ」
「漂の君のお母さんだね!」
「そうじゃ。漂の君はまだ、生まれていなかったがの。姉上が生まれて、少しした頃だったか。それでも、飽きることなく、華海親王は、務の元に通っておった。つまり、華海親王は、務が、大好きだったのじゃ」
「わかった!」
一睡が叫んだ。
「それを見ていた暁司は、今度は、自分が、華海親王から、務の君を寝取ったんだね! 憎い華海親王が、大好きな人だから!」
「おう、一睡。よくわかったな」
いささか鼻白んだ顔で、カワ姫が応じた。誉められて、一睡は、大得意だ。
「だって、マロなら、絶対、そうするもの!」
「……」
「……」
「……」
3人の年上の女性たちは、絶句した。
「この子、最初から、どろどろの大人の関係が、よくわかってるんじゃないの?」
ぽつんと迦具夜姫がつぶやいた。
めげることなく、カワ姫が説明を続ける。
「つまりな。漂の君の父親は、暁史ということじゃ。言われているように、華海親王じゃなく」
「えっ! だって、暁史は、アラマサのお父さんだよ!」
「だから、漂の君とアラマサは兄妹ということになる。わかるか?」
「そっか!」
ようやく、一睡にも呑み込めたようだ。
「漂の君は、アラマサの妹だったのかあ!」
期せずして、全員の視線が、アラマサの上に集まった。
そのアラマサは、すっかり意気消沈していた。殺意に満ちていた目は、今は伏せられ、全身から立ち上っていた殺気も消え失せている。
「おぬし、知っておったな?」
カワ姫が尋ねた。慈悲深い声だった。頷き、アラマサは、がっくりと項垂れた。
「……今際の際に、父が言い残した。妹を……漂の君を守ってやれ、と」
「守る? 何から?」
「華海親王から。彼は、漂が、自分の娘ではなく、俺の父……暁史の娘だと、知っている。愛する務の君が、父に、強引に、……」
言いかけて、アラマサは、絶句した。
カワ姫が頷いた。
「なるほど。華海親王には、漂の君を害する可能性があったわけか。……愛する大切な務の君を奪った、憎い男の娘だから」
「ひどい……」
思わず、沙醐はつぶやく。ちらりと沙醐を見やり、カワ姫が続けた。
「じゃが、既に華海親王は死んでおる。残された母親の務だけが、未だ、暁史との間にできた娘・漂の君を許せないでいるというわけか」
「彼女が原因で、華海親王の足が遠のいたと、母の務の君は嘆いている、と……、姉君は、申されました」
本当に酷いと、沙醐は思う。漂の君は、何もしていない。それどころか、何も知らない。全ては、親の身勝手ではないか。
カワ姫が力ずくで、話を元に戻した。沙醐は、大きく頷いた。
「姉君によると、務の君は、下の娘の漂の君のことを、ひどく憎んでいる、と……」
……「不幸の原因は、全てあの子だと、母は、申しております」
……「まるで、そうすることによって、かろうじて、自分を支えているかのよう……」
姉君の言葉を、沙醐は、伝えた。
「なんて母親だ!」
憤慨しきって、カワ姫が叫ぶ。
「かわいそうな漂の君……」
なんと、迦具夜姫は、涙ぐんでいた。
「母親とは、そうしたものじゃ。マロの母上も、時折は、マロのことが嫌いになるみたいだぞ」
平然と一睡が述べた。
沙醐は、ぎょっとした。
「一睡様、お母さまがいらっしゃったのですか……」
「え? そこ?」
目に涙を溜めたまま、迦具夜が笑い出した。カワ姫も苦笑いしている。
「だって、一度も、お姿を拝見したことがなかったものですから」
一睡の世話は、百合根が一人でしているではないか。というか、一睡のような子どもを、よく放っておけるものだ。
「いるにきまってる」
なぜか胸を張って、一睡が答えた。
「それで、沙醐。母の務の君が、娘の漂の君を憎んでいるという、理由は?」
カワ姫が続きを促した。はっと、沙醐は我に返った。
……危ない。私まで、本筋をそれそうになった。
見失いかけた筋道を、必死に追う。
「漂の君の母君・務の君は、華海親王の幼馴染だったといいます。親王にとって、彼女は、特別な人だったのでしょう。そして、アラマサの父、暁史の没落の原因は……」
ちらりと、茵の上のアラマサを見た。相変わらずあぐらをかいたまま、挑むような眼で見返してくる。怯むことなく、沙醐は続けた。
「暁雅殿の父・暁史の没落……ひいては、暁家没落の原因は、華海親王です。親王が、暁史の思い人に手を奪ったから」
華海親王は、暁史の想い人・池の女君を寝取った。だから、暁史の従者が、親王に矢を射掛けた。それが糾弾されて、暁史は失脚した。
「ですから、もし、暁史が、華海親王に復讐しようとしたのなら、暁史は、親王自身の、『特別な女性』に、手を出したのではないでしょうか。華海親王の幼馴染で、既に娘を一人産んだ後にも、親王が通い続けている、務の君に」
「ゲスい!」
迦具夜姫が叫んだ。姫君には、到底ふさわしくない言葉だが、沙醐は、咎める気がしない。
「けれど、そう考えると、務の君が、漂の君を遠ざけ、憎む理由が、わかる気がします。つまり、漂の君は、愛するの華海親王の子ではなく、彼女を強引にものにした暁史の子……」
「待って待って待って。よくわからない」
幼い一睡には、理解が追い付いていないようだった。
「手を出した、とか、通い続ける、とか、さ。はっきり言ってくれなくちゃ、マロにはわからないよ」
沙醐含め、女性3人は、顔を見合わせた。
「一睡、寝取る、という言葉は知っておるか?」
三人を代表して、カワ姫が尋ねる。
「うん、知ってる!」
……知っているのか。
「最初、これは、今から20年も前のことじゃが、華海親王が、暁史……ここにいるアラマサの父親じゃな……から、池の女君を寝取った。ここまではわかるか?」
「うん」
「で、怒った暁の部下が、華海親王に矢を射掛けた。結果、暁史はその罪を問われて没落。ここまではいいか?」
「大丈夫」
「華海親王のせいで、家ごと没落した暁史は、怒り心頭、腹が立って、たまらない。そこで、華海親王に復讐することにした」
「ふんふん」
「矢の事件から、5年も経った頃かの。暁史も、配流先から、京に戻っていた。その頃、女好きの華海親王には、新しい側室がいた。務の君じゃ」
「漂の君のお母さんだね!」
「そうじゃ。漂の君はまだ、生まれていなかったがの。姉上が生まれて、少しした頃だったか。それでも、飽きることなく、華海親王は、務の元に通っておった。つまり、華海親王は、務が、大好きだったのじゃ」
「わかった!」
一睡が叫んだ。
「それを見ていた暁司は、今度は、自分が、華海親王から、務の君を寝取ったんだね! 憎い華海親王が、大好きな人だから!」
「おう、一睡。よくわかったな」
いささか鼻白んだ顔で、カワ姫が応じた。誉められて、一睡は、大得意だ。
「だって、マロなら、絶対、そうするもの!」
「……」
「……」
「……」
3人の年上の女性たちは、絶句した。
「この子、最初から、どろどろの大人の関係が、よくわかってるんじゃないの?」
ぽつんと迦具夜姫がつぶやいた。
めげることなく、カワ姫が説明を続ける。
「つまりな。漂の君の父親は、暁史ということじゃ。言われているように、華海親王じゃなく」
「えっ! だって、暁史は、アラマサのお父さんだよ!」
「だから、漂の君とアラマサは兄妹ということになる。わかるか?」
「そっか!」
ようやく、一睡にも呑み込めたようだ。
「漂の君は、アラマサの妹だったのかあ!」
期せずして、全員の視線が、アラマサの上に集まった。
そのアラマサは、すっかり意気消沈していた。殺意に満ちていた目は、今は伏せられ、全身から立ち上っていた殺気も消え失せている。
「おぬし、知っておったな?」
カワ姫が尋ねた。慈悲深い声だった。頷き、アラマサは、がっくりと項垂れた。
「……今際の際に、父が言い残した。妹を……漂の君を守ってやれ、と」
「守る? 何から?」
「華海親王から。彼は、漂が、自分の娘ではなく、俺の父……暁史の娘だと、知っている。愛する務の君が、父に、強引に、……」
言いかけて、アラマサは、絶句した。
カワ姫が頷いた。
「なるほど。華海親王には、漂の君を害する可能性があったわけか。……愛する大切な務の君を奪った、憎い男の娘だから」
「ひどい……」
思わず、沙醐はつぶやく。ちらりと沙醐を見やり、カワ姫が続けた。
「じゃが、既に華海親王は死んでおる。残された母親の務だけが、未だ、暁史との間にできた娘・漂の君を許せないでいるというわけか」
「彼女が原因で、華海親王の足が遠のいたと、母の務の君は嘆いている、と……、姉君は、申されました」
本当に酷いと、沙醐は思う。漂の君は、何もしていない。それどころか、何も知らない。全ては、親の身勝手ではないか。
0
あなたにおすすめの小説
熟女愛好家ユウスケの青春(熟女漁り)
MisakiNonagase
現代文学
高校まで勉強一筋で大学デビューをしたユウスケは家庭教師の教え子の母親と不倫交際するが、彼にとって彼女とが初の男女交際。そこでユウスケは自分が熟女好きだと自覚する。それからユウスケは戦略と実戦を重ねて、清潔感と聞き上手を武器にたくさんの熟女と付き合うことになるストーリーです。
滝川家の人びと
卯花月影
歴史・時代
勝利のために走るのではない。
生きるために走る者は、
傷を負いながらも、歩みを止めない。
戦国という時代の只中で、
彼らは何を失い、
走り続けたのか。
滝川一益と、その郎党。
これは、勝者の物語ではない。
生き延びた者たちの記録である。
別れし夫婦の御定書(おさだめがき)
佐倉 蘭
歴史・時代
★第11回歴史・時代小説大賞 奨励賞受賞★
嫡男を産めぬがゆえに、姑の策略で南町奉行所の例繰方与力・進藤 又十蔵と離縁させられた与岐(よき)。
離縁後、生家の父の猛反対を押し切って生まれ育った八丁堀の組屋敷を出ると、小伝馬町の仕舞屋に居を定めて一人暮らしを始めた。
月日は流れ、姑の思惑どおり後妻が嫡男を産み、婚家に置いてきた娘は二人とも無事与力の御家に嫁いだ。
おのれに起こったことは綺麗さっぱり水に流した与岐は、今では女だてらに離縁を望む町家の女房たちの代わりに亭主どもから去り状(三行半)をもぎ取るなどをする「公事師(くじし)」の生業(なりわい)をして生計を立てていた。
されどもある日突然、与岐の仕舞屋にとっくの昔に離縁したはずの元夫・又十蔵が転がり込んできて——
※「今宵は遣らずの雨」「大江戸ロミオ&ジュリエット」「大江戸シンデレラ」「大江戸の番人 〜吉原髪切り捕物帖〜」にうっすらと関連したお話ですが単独でお読みいただけます。
与兵衛長屋つれあい帖 お江戸ふたり暮らし
かずえ
歴史・時代
旧題:ふたり暮らし
長屋シリーズ一作目。
第八回歴史・時代小説大賞で優秀短編賞を頂きました。応援してくださった皆様、ありがとうございます。
十歳のみつは、十日前に一人親の母を亡くしたばかり。幸い、母の蓄えがあり、自分の裁縫の腕の良さもあって、何とか今まで通り長屋で暮らしていけそうだ。
頼まれた繕い物を届けた帰り、くすんだ着物で座り込んでいる男の子を拾う。
一人で寂しかったみつは、拾った男の子と二人で暮らし始めた。
花嫁御寮 ―江戸の妻たちの陰影― :【第11回歴史・時代小説大賞 奨励賞】
naomikoryo
歴史・時代
名家に嫁いだ若き妻が、夫の失踪をきっかけに、江戸の奥向きに潜む権力、謀略、女たちの思惑に巻き込まれてゆく――。
舞台は江戸中期。表には見えぬ女の戦(いくさ)が、美しく、そして静かに燃え広がる。
結城澪は、武家の「御寮人様」として嫁いだ先で、愛と誇りのはざまで揺れることになる。
失踪した夫・宗真が追っていたのは、幕府中枢を揺るがす不正金の記録。
やがて、志を同じくする同心・坂東伊織、かつて宗真の婚約者だった篠原志乃らとの交錯の中で、澪は“妻”から“女”へと目覚めてゆく。
男たちの義、女たちの誇り、名家のしがらみの中で、澪が最後に選んだのは――“名を捨てて生きること”。
これは、名もなき光の中で、真実を守り抜いたひと組の夫婦の物語。
静謐な筆致で描く、江戸奥向きの愛と覚悟の長編時代小説。
全20話、読み終えた先に見えるのは、声高でない確かな「生」の姿。
花嫁
一ノ瀬亮太郎
歴史・時代
征之進は小さい頃から市松人形が欲しかった。しかし大身旗本の嫡男が女の子のように人形遊びをするなど許されるはずもない。他人からも自分からもそんな気持を隠すように征之進は武芸に励み、今では道場の師範代を務めるまでになっていた。そんな征之進に結婚話が持ち込まれる。
裏長屋の若殿、限られた自由を満喫する
克全
歴史・時代
貧乏人が肩を寄せ合って暮らす聖天長屋に徳田新之丞と名乗る人品卑しからぬ若侍がいた。月のうち数日しか長屋にいないのだが、いる時には自ら竈で米を炊き七輪で魚を焼く小まめな男だった。
どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~
さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」
あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。
弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。
弟とは凄く仲が良いの!
それはそれはものすごく‥‥‥
「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」
そんな関係のあたしたち。
でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥
「うそっ! お腹が出て来てる!?」
お姉ちゃんの秘密の悩みです。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる