生き須玉の色は恋の色

せりもも

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第五章 糺の森で

39 親の代の因果 2

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 「それで、沙醐。漂の君の姉君……華海親王の上の娘……の話は、聞けたのか?」

カワ姫が力ずくで、話を元に戻した。沙醐は、大きく頷いた。

「姉君によると、務の君は、下の娘の漂の君のことを、ひどく憎んでいる、と……」


 ……「不幸の原因は、全てあの子だと、母は、申しております」
 ……「まるで、そうすることによって、かろうじて、自分を支えているかのよう……」

 姉君の言葉を、沙醐は、伝えた。


「なんて母親だ!」
憤慨しきって、カワ姫が叫ぶ。
「かわいそうな漂の君……」
なんと、迦具夜姫は、涙ぐんでいた。

「母親とは、そうしたものじゃ。マロの母上も、時折は、マロのことが嫌いになるみたいだぞ」

 平然と一睡が述べた。
 沙醐は、ぎょっとした。

「一睡様、お母さまがいらっしゃったのですか……」
「え? そこ?」

目に涙を溜めたまま、迦具夜が笑い出した。カワ姫も苦笑いしている。

「だって、一度も、お姿を拝見したことがなかったものですから」

 一睡の世話は、百合根が一人でしているではないか。というか、一睡のような子どもを、よく放っておけるものだ。

「いるにきまってる」
なぜか胸を張って、一睡が答えた。


「それで、沙醐。母の務の君が、娘の漂の君を憎んでいるという、理由は?」
カワ姫が続きを促した。はっと、沙醐は我に返った。

 ……危ない。私まで、本筋をそれそうになった。
 見失いかけた筋道を、必死に追う。

「漂の君の母君・務の君は、華海親王の幼馴染だったといいます。親王にとって、彼女は、特別な人だったのでしょう。そして、アラマサの父、暁史の没落の原因は……」

 ちらりと、茵の上のアラマサを見た。相変わらずあぐらをかいたまま、挑むような眼で見返してくる。怯むことなく、沙醐は続けた。

「暁雅殿の父・暁史の没落……ひいては、暁家没落の原因は、華海親王です。親王が、暁史の思い人に手を奪ったから」

 華海親王は、暁史の想い人・池の女君を寝取った。だから、暁史の従者が、親王に矢を射掛けた。それが糾弾されて、暁史は失脚した。

「ですから、もし、暁史が、華海親王に復讐しようとしたのなら、暁史は、親王自身の、『特別な女性』に、手を出したのではないでしょうか。華海親王の幼馴染で、既に娘を一人産んだ後にも、親王が通い続けている、務の君に」


「ゲスい!」
迦具夜姫が叫んだ。姫君には、到底ふさわしくない言葉だが、沙醐は、咎める気がしない。

「けれど、そう考えると、務の君が、漂の君を遠ざけ、憎む理由が、わかる気がします。つまり、漂の君は、愛するの華海親王の子ではなく、彼女を強引にものにした暁史の子……」

「待って待って待って。よくわからない」
 幼い一睡には、理解が追い付いていないようだった。
「手を出した、とか、通い続ける、とか、さ。はっきり言ってくれなくちゃ、マロにはわからないよ」

 沙醐含め、女性3人は、顔を見合わせた。

「一睡、寝取る、という言葉は知っておるか?」
三人を代表して、カワ姫が尋ねる。
「うん、知ってる!」

 ……知っているのか。

「最初、これは、今から20年も前のことじゃが、華海親王が、暁史……ここにいるアラマサの父親じゃな……から、池の女君を寝取った。ここまではわかるか?」
「うん」

「で、怒った暁の部下が、華海親王に矢を射掛けた。結果、暁史はその罪を問われて没落。ここまではいいか?」
「大丈夫」

「華海親王のせいで、家ごと没落した暁史は、怒り心頭、腹が立って、たまらない。そこで、華海親王に復讐することにした」
「ふんふん」

「矢の事件から、5年も経った頃かの。暁史も、配流先から、京に戻っていた。その頃、女好きの華海親王には、新しい側室がいた。務の君じゃ」
「漂の君のお母さんだね!」

「そうじゃ。漂の君はまだ、生まれていなかったがの。姉上が生まれて、少しした頃だったか。それでも、飽きることなく、華海親王は、務の元に通っておった。つまり、華海親王は、務が、大好きだったのじゃ」

「わかった!」
一睡が叫んだ。
「それを見ていた暁司は、今度は、自分が、華海親王から、務の君を寝取ったんだね! 憎い華海親王が、大好きな人だから!」

「おう、一睡。よくわかったな」
いささか鼻白んだ顔で、カワ姫が応じた。誉められて、一睡は、大得意だ。

「だって、マロなら、絶対、そうするもの!」


「……」
「……」
「……」
 3人の年上の女性たちは、絶句した。

「この子、最初から、どろどろの大人の関係が、よくわかってるんじゃないの?」
ぽつんと迦具夜姫がつぶやいた。


 めげることなく、カワ姫が説明を続ける。

「つまりな。漂の君の父親は、暁史ということじゃ。言われているように、華海親王じゃなく」
「えっ! だって、暁史は、アラマサのお父さんだよ!」

「だから、漂の君とアラマサは兄妹ということになる。わかるか?」
「そっか!」

ようやく、一睡にも呑み込めたようだ。

「漂の君は、アラマサの妹だったのかあ!」


 期せずして、全員の視線が、アラマサの上に集まった。

 そのアラマサは、すっかり意気消沈していた。殺意に満ちていた目は、今は伏せられ、全身から立ち上っていた殺気も消え失せている。


 「おぬし、知っておったな?」

カワ姫が尋ねた。慈悲深い声だった。頷き、アラマサは、がっくりと項垂れた。

「……今際の際に、父が言い残した。妹を……漂の君を守ってやれ、と」
「守る? 何から?」
「華海親王から。彼は、漂が、自分の娘ではなく、俺の父……暁史の娘だと、知っている。愛する務の君が、父に、強引に、……」

 言いかけて、アラマサは、絶句した。
 カワ姫が頷いた。

「なるほど。華海親王には、漂の君を害する可能性があったわけか。……愛する大切な務の君を奪った、憎い男の娘だから」

「ひどい……」

思わず、沙醐はつぶやく。ちらりと沙醐を見やり、カワ姫が続けた。

「じゃが、既に華海親王は死んでおる。残された母親の務だけが、未だ、暁史との間にできた娘・漂の君を許せないでいるというわけか」

「彼女が原因で、華海親王の足が遠のいたと、母の務の君は嘆いている、と……、姉君は、申されました」


 本当に酷いと、沙醐は思う。漂の君は、何もしていない。それどころか、何も知らない。全ては、親の身勝手ではないか。






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