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第1章「ロンリーカナリア」
第4話「道端で、食い尽くしたい」
しおりを挟む(Barbora HnykováによるPixabayからの画像 )
路上のキスは、佐江の口紅すら剥がれないような、浅いキスだ。
しかし清春は自分のとった行動に面食らっていた。
井上清春(いのうえきよはる)は、朝の11時に路上で女にキスをするような男ではない。断じて違う。
しかし明るい路上で佐江の唇にふれた瞬間、清春の体内の渇かわきは一気に凶暴さを帯びた。
清春の体内を食い荒らす有無を言わせぬ渇きが、皮膚を食い破り、もっともっとと欲しがった。
この女をビルのかげに引きずり込み、唇が腫は上がるまでキスをしたい。柔らかい唇を割り広げて、清春の舌で内部を犯しつくしたい。
――できるわけがない、と思う。今はまだ11時で、ここは歩道で、佐江はこれから仕事に行くところだ。
出来ないはずがない、ともう一人の清春が言う。
佐江のほっそりした身体をかつぎ上げてタクシーに放り込み、どこかに閉じ込めて欲しいだけその身体をむさぼればいい。
危うい衝動を、佐江の声が押しとどめる。清春は目の前の美しい女を茫然と眺めた。
「キヨさん、あたし、仕事に行きます」
「……ああ。じゃあ、真乃(まの)の話は、また今度に……」
「次は、ありません。真乃のことは真乃に聞いてください」
清春はようやく頭の中の欲情の霧をふり払い、佐江の顔を真正面から見おろした。
佐江は女にしては背が高く、清春が思っていたよりも近いところになめらかな額があった。
この額に食いつきたい――。
清春はバカげた妄想を押し殺す。そして、さえちゃん、と呼ぶ自分の声の冷たさにぞっとする。
人が行きかう歩道で、こんな声を出さなければ自制ができないほど、清春は欲情している。
「佐江ちゃん、おれは何があってもきみの敵にはならない。きみが真乃を守ろうと思うなら、おれも真乃の敵にはならない。だから――教えてくれ。
おれの異母妹は、きみに、何を話したんだ?」
おれを信じろよと、清春は付け加えた。
佐江にそう言っておいて、清春は自分にあきれる。
おれみたいな男を、信じるな佐江。こいつは妹の親友を道端みちばたで食い尽くしたいと思うようなクズなんだ。
しかし佐江は清春の中のどす黒い欲情に気づきもせず、まっすぐに彼を見返した。
「わかっています、キヨさんは信用できる。あたしが話したら、真乃の味方になってくれますね?」
きらり、と佐江のアーモンド形の目がきらめいた。
策士の目だ、と清春は思った。
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