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第10章「いつか離れる日が来ても」
第103話「ありえないわ、そんなこと」
しおりを挟む佐江を呼ぶ自分の声に、朝のカフェに似つかわしくない煽情的《せんじょうてき》な音が混じっているのに気がついて、清春はぎくりとする。
落ち着け、と自分自身に言い聞かせる。
しかしなかなかこちらに向かってこない佐江に対して、いら立ちがつのる。
「佐江」
二度目に呼んだ時、清春は自分が耐えきれない事に腹が立った。
佐江が、マスターとの話を終えてゆっくりとこちらに向かってくる。清春は立ち上がり、佐江のタイミングに合わせて自分の隣の椅子を引いた。
佐江はごく自然な様子で腰を落とす。
絶妙なタイミングで、佐江のほっそりした腰の下に椅子を滑りこませ、清春はゆるやかに身をかがめて女の耳元に唇をあてた。
「会いたかった」
そのまま首筋にそってキスを続けたい衝動を、押し殺す。佐江の身体が甘やかに反応するところは、他の誰にも見せたくない。
佐江を座らせると、清春は何くわぬ顔で彼女の隣に腰を降ろした。
エスプレッソカップを手に取るが、もうカップの中の香りのいいコーヒーに用はない。
なぜなら、清春の隣にはエスプレッソよりも覚醒作用《かくせいさよう》の強いものがあるからだ。
岡本佐江。
清春の天国の番人だ。
「きみも、ここに通っているんだってな」
なにげなく尋ねた。
カップ越しに佐江を見ると、なぜか佐江はひどく緊張した笑顔を作り、すぐに目を伏せてコーヒーを飲んだ。
こんなむりな笑顔は、“白楽天《はくらくてん》”で真乃たちと会ったとき以来だ。
清春がそんなことを考えていると、佐江は、
「キヨさんこそ、こんな時間に一体何をしているんです? あと二日はコルヌイエにカンヅメでしょう?」
「ゲストが予定よりも早くチェックアウトしたんだよ」
すると佐江は、少しうろたえたような声を上げた。
「早くチェックアウトした? ありえないわ、そんなこと」
清春は眉をひそめて、佐江を焦げるほど見つめた。
佐江が清春の仕事に対して、これほど熱心に尋ねてきたことはなかった。
今日の佐江には、何かがある。
清春に見られていることを意識したのか、佐江は口元をキュッと引き締めた。
口角《こうかく》が上がると、ふっくらした唇が女優のような曲線を描く。 清春は、そのなめらかな曲線を目でなぞった。
あの唇を、キスで割って舌で責め立ててやりたい。
しかしここでは、佐江の身体をたかぶらせるためのキスはできない。清春は自分の意識をそらそうと、視線をはずしてどうでもいいことを話しはじめた。
「おれが、担当していたゲストは、今朝早くに予定を繰り上げてチェックアウトなさったんだ。おかげでこうやって、きみと朝のコーヒーを楽しめるわけ。偶然にしても、うれしいよ」
きみに、会いたかった。
清春の全身が、佐江に向かってそう叫んでいた。
しかしブラックコーヒーのカップを両手でもったままの佐江は、きれいな眉をゆがめたまま清春を見もしないでつぶやいた。
「あなたのゲストが、予定を繰り上げてチェックアウト…?」
……なぜ今日の佐江は、こんなにコルヌイエホテルのゲストについて聞きたがるのだろうか。
まさか。
やはりあのとき、佐江は香奈子と会っていたのか?
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