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第1章「松ヶ峰聡を取りまく、煩瑣な事情」
第9話「男とキスするのは、致命傷」
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(UnsplashのGavin Hangが撮影した写真)
ふわりと音也のうすい唇が聡の唇に重なった。
さっきまで聡と同じ煙草を吸っていた音也からは、外国煙草らしいスパイシーな匂いがした。
聡は一瞬身体をこわばらせ、すぐに音也をはねのけた。
「てめ……っ、一体何のつもりだ!」
聡に押しのけられた音也は、黙って笑っていた。
まるでいたずらが見つかった子供のような、悪びれたところは少しもない笑いだ。
聡は混乱する。
「なん……なんだよ、音也」
「度胸づけだよ」
音也は手にしていた煙草をもう一度くわえて、ゆっくり吸いつけた。
聡の目は、ついさっきまで自分のくちの上にあった親友の唇から離れられない。
小さなビートルの車内が静かになるのが怖くて、聡は機械的に音也の言葉をくりかえした。
「どきょうづけ?」
「もし『本郷』に売れのこりの娘を押し付けられたり結婚するハメになったりしたら―――今のを思い出せ」
「はあ?」
「聡、お前は男とキスなんていうみっともないことすら、やれたんだ、他の事なんか平気だろ」
「ば……バカじゃねえのか。そんなことしなくても、度胸くらいある!」
聡は憤然と車のエンジンをかけ直そうとしたが、手が震えているのか、きれいにかからない。
どんどん汗が噴き出してきて、ハンドルがすべりそうだ。
音也のほうはのんびりと煙草をふかしながら、外を見ている。
配置の完璧な二十七才の美貌が、四月の青空に浮かび上がってまるで絵のようだ。
聡は何もかもを忘れて、一瞬だけ、恋する親友の横顔に見とれた。
美しい。
性格がゆがんでいようが、聡に対して冷酷非情だろうが、楠音也は絶対的に美しい男だった。
ふっと音也がなだらかな二重まぶたの目を聡に向けた。
「サト、運転を代わってやるぜ?」
「いらねえよ!」
ようやくエンジンがかかる。聡は少しスピードを上げて古ぼけたビートルを走らせ始めた。
助手席で、音也はのんびりと言った。
「運転に気をつけろ、聡」
「おれは安全運転だ」
「こんなところで警察につかまってもらっちゃ、困る。政治家には交通違反だって致命傷だぞ」
「男とキスするのは致命傷にならないのかよ」
思わず聡がそう言い返すと、音也の返事が一拍おくれた。
「――音也?」
聡は運転しながら隣を盗み見た。
音也のわずかに反った鼻がひくんとした。
「……致命傷だよ」
「なにが」
「セックススキャンダル。有権者はクリーンな候補者が好きだからな。
覚えておいてくれ、セックススキャンダルは絶対にだめだ」
そう言う音也の声がひどく切迫していて、聡は思わず隣を見た。
ふわりと音也のうすい唇が聡の唇に重なった。
さっきまで聡と同じ煙草を吸っていた音也からは、外国煙草らしいスパイシーな匂いがした。
聡は一瞬身体をこわばらせ、すぐに音也をはねのけた。
「てめ……っ、一体何のつもりだ!」
聡に押しのけられた音也は、黙って笑っていた。
まるでいたずらが見つかった子供のような、悪びれたところは少しもない笑いだ。
聡は混乱する。
「なん……なんだよ、音也」
「度胸づけだよ」
音也は手にしていた煙草をもう一度くわえて、ゆっくり吸いつけた。
聡の目は、ついさっきまで自分のくちの上にあった親友の唇から離れられない。
小さなビートルの車内が静かになるのが怖くて、聡は機械的に音也の言葉をくりかえした。
「どきょうづけ?」
「もし『本郷』に売れのこりの娘を押し付けられたり結婚するハメになったりしたら―――今のを思い出せ」
「はあ?」
「聡、お前は男とキスなんていうみっともないことすら、やれたんだ、他の事なんか平気だろ」
「ば……バカじゃねえのか。そんなことしなくても、度胸くらいある!」
聡は憤然と車のエンジンをかけ直そうとしたが、手が震えているのか、きれいにかからない。
どんどん汗が噴き出してきて、ハンドルがすべりそうだ。
音也のほうはのんびりと煙草をふかしながら、外を見ている。
配置の完璧な二十七才の美貌が、四月の青空に浮かび上がってまるで絵のようだ。
聡は何もかもを忘れて、一瞬だけ、恋する親友の横顔に見とれた。
美しい。
性格がゆがんでいようが、聡に対して冷酷非情だろうが、楠音也は絶対的に美しい男だった。
ふっと音也がなだらかな二重まぶたの目を聡に向けた。
「サト、運転を代わってやるぜ?」
「いらねえよ!」
ようやくエンジンがかかる。聡は少しスピードを上げて古ぼけたビートルを走らせ始めた。
助手席で、音也はのんびりと言った。
「運転に気をつけろ、聡」
「おれは安全運転だ」
「こんなところで警察につかまってもらっちゃ、困る。政治家には交通違反だって致命傷だぞ」
「男とキスするのは致命傷にならないのかよ」
思わず聡がそう言い返すと、音也の返事が一拍おくれた。
「――音也?」
聡は運転しながら隣を盗み見た。
音也のわずかに反った鼻がひくんとした。
「……致命傷だよ」
「なにが」
「セックススキャンダル。有権者はクリーンな候補者が好きだからな。
覚えておいてくれ、セックススキャンダルは絶対にだめだ」
そう言う音也の声がひどく切迫していて、聡は思わず隣を見た。
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