「何もない、静かな部屋」 キスを待つ頬骨シリーズ2.5

水ぎわ

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第4章「奇妙な家」

第29話「バカ・今野」

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 聡はあの夜、音也から、たまきと選挙のために結婚するよう言われ得てから、なんとなく音也を避けている。
 いっぽうの音也は選挙準備に走りまわり、聡を連れて挨拶あいさつまわりに忙しい。

 しかし音也もまったく平気ではない証拠に、あの日をさかいに聡と二人きりで移動することをやめた。
 かわりに、どこへ行くにも若い無給スタッフ・今野哲史こんのてつしも連れていくようになった。奇妙な三人連れだ。

 今野はもともと、聡の政治上のにあたる参議院議員・横井謙吉よこいけんきちの事務所にいた男だ。
 愛想がいいのと機転が利くことから音也が気に入り、頼み込んで選挙用スタッフとして借りだしている。
 
 身長170センチ、ほどよく肉のついた明るい男で、ごくごく平均的な外見。  ときにはふざけた感じも与える今野だが、目上めうえの人や後援会の有力者にはきちんとした態度で接しているし、ときどき失敗するところがかえって愛嬌あいきょうだ。

 人あたりがいいので、音也は便利に使っているようだ。
 聡は、実務的なことはすべて音也に丸投まるなげだから、音也が良ければそれでいい。

 聡はじろっと助手席に座る今野を見た。
 少し天然パーマらしく、毎朝見るたびに違う方向に少しずつ跳ねている。それもまた、今野の愛嬌だ。

 こいつが、たまちゃんに気があるというのは本当か?
 たまちゃんの相手には、ちょっと軽すぎる男だが……。

 聡は口を結んで考える。そんな沈黙をまったく気にしない今野は、
 
「そういえば聡さん、俺、あの家に環ちゃんと行ってみたっすよ」

 と話をふってきた。
 『あの家』というのは、聡の母親の死後に見つかった一軒家のことだ。
 長年にわたり松ヶ峰紀沙まつがみね きさの個人秘書を勤めてきた環でさえ、まったく知らなかったという未知みちの家。

 環がひとりで家を見に行くといったとき、聡は危険すぎると反対したのだが結局、忙しくて同行できなかった。

 どうも、今野が環について行ったらしい。

 聡はちらりとアウディの運転席にいる長身の秘書に目をやり、ぼそりと言った。

「てっきりお前がついて行ったのかと思っていたぜ、音也」
「どうしても、時間が取れなくてな」

 運転席にいる音也が答えた。
 その声がいつもよりこわばっているように感じるのは聡の気のせいだろうか。
 聡は頭を振り、余計な考えを吹き飛ばした。それから今野に向かい、

「どんな家だった?」
「でかい一軒家でしたよ。地下鉄の『一社駅いっしゃえき』から、歩いて5分くらいかなあ。
 少し高台に登ったところです。
 新築っぽくなかったですが、中も外もキレイにリフォームしてありましたよ」
「誰か住んでいるのか?」

 聡が尋ねると今野は明るく首を振った。
 いうことを聞かない髪の毛がぶんぶんと左右に揺れ、好き勝手に跳ね飛んだ。

「いやあ、っすよ。
 しかしね、変な空き家なんですよ。環ちゃんもそう言っていた―――」

 ぴくっ、と聡の耳がふるえた。

『変な空き家』とは、どういうことだ?
 しかもなぜ、なれなれしく『環ちゃん』などというんだ、このバカ今野が……。
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