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第11章「俺の朝を、きみに」
第79話「朝めしのデリバリー」
しおりを挟む(UnsplashのTanya Sidorenkoが撮影)
大正時代に建てられたという松ヶ峰家《まつがみねけ》は、古い古い洋館だ。
敷地は広大で間取《まど》りは複雑に入《い》り組《く》み、この屋敷で育った藤島環《ふじしまたまき》にとっても、時には巨大な墓所《ぼしょ》のように感じられた。
よく手入れをされて豪奢《ごうしゃ》で美しいが、静かすぎて広すぎて、何もない空っぽの墓所のよう。
とくに、あるじの松ヶ峰聡《まつがみね さとし》も、同居している聡の親友・楠音也《くすのき おとや》もいない一人きりの夜は、環《たまき》にとってひどく長く感じられた。
今朝も、早朝六時にはもうベッドから跳《は》ねおきて、捻挫《ねんざ》した右足をかばいつつ、ゆっくりと螺旋階段をおりた。
朝食を支度するために、家族用のキッチンへ向かう。
しかし巨大な階段を降りたところで、環はイヤになった。
キッチンは、広壮な屋敷をつらぬく寄《よ》せ木細工《ぎざいく》の廊下を延々と歩き続けた先にある。
空っぽの部屋部屋《へやべや》を抜けてひとりキッチンまで歩くのかと思うと、もうそれだけで、環の気持ちは萎《な》えた。
どれだけ空腹でも二階の自室で寝ていようか、と考える。
きのう、聡の選挙スタッフである今野《こんの》をかばって3メートルの高さの椎《しい》の木《き》から飛びおりたせいで、環の右足首はまだずきずきと痛む。足首をテーピングで固定しているために歩きにくい。
階段を上がるのも、キッチンに行くのも嫌だ……ため息をついたとき、手にしたスマホが鳴った。
朝6時、聡から緊急の用事だろうかとスマホ画面を見た環は、ちょっと不思議な顔をした。
画面には、聡の選挙スタッフである“今野”の名が表示されていたからだ。
ゆっくりと電話をとる。
「おはようございます、今野さん。あの、サト兄さんになにか?」
「聡さん? いや、そっちは関係ない。俺ね、朝めしのデリバリーに来たの。門の前にいるからさ、入り口のセキュリティを解除してくんない?」
「あ、はい」
環は玄関まで足を引きずって歩き、パネルでセキュリティを解除した。
こうしておかないと今野が巨大な松ヶ峰家の門扉《もんぴ》を押した瞬間にすさまじい警報音が鳴り響き、警備会社が急行してくる。
セキュリティを解除したかと思うと、たちまち玄関が勢いよくあいた。
早朝のひんやりする風とともに、175センチの今野が飛び込んできた。
「おはよう……っと、環ちゃん、まだ歩いちゃだめだよ」
今野は肩にかついでいた巨大な荷物を床におき、今度はかるがると環を抱きあげた。
「……きゃっ!」
突然の事に、環は小さな叫び声をあげた。
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