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第11章「俺の朝を、きみに」
第86話「君が恋しかった」
しおりを挟む(UnsplashのCamila Cordeiroが撮影)
松ヶ峰邸の二階で、今野は、次のDVDを機械に入れた。
「つぎつぎ見せて悪いけど、映画で見てもらったほうが早いから。
今度はね、さっきの映画から四年あとのサスペンス映画。
十歳くらいの女の子が、主人公のパートナー役をつとめているんだ」
さっきの子どもに似た雰囲気の少女が、カンフーを使って押し寄せる男たちをつぎつぎになぎ倒していた。
香港映画らしく動きのキレが良い。それからまた今野が映画をとめる。
環はじっと画面の少女の首もとを見た。
「……あれですね、白い玉《ぎょく》のネックレスをつけている。
でも子役は、それぞれみんな違うんですね」
「そうなんだ」
今野も、何か考え込みながらフリーズボタンを解除した。
画面の中では、すでに美貌の萌芽を見せ始めている銀髪の少女が、軽快に悪役を倒していた。
今野の声が続く。
「この映画、”ゴー・レディ”はアクションサスペンスに父娘の話をからめたストーリーで、城見監督の出世作なんだ。
あちこちの映画賞を総ナメにして、アカデミー賞の外国映画部門にもノミネートされた。受賞は逃したけれど」
「これ、見てみます。借りてもいいですか」
環が言うと、今野はろくろく聞いていないような声で、
「うん……ああ、やっぱりそうだ。
紀沙おくさんの絵は、みんな”白玉環《はくぎょくかん》の少女”を描いたものなんだ」
「はくぎょく?」
「さっきから見てもらっている、女の子たちと玉のネックレスのこと。
城見監督の映画ファンの間では、有名なんだよ。
役者は共通じゃないしチョイ役のことも多いんだけど、この白い玉のネックレスが目印になってる。だから”白玉環《はくぎょくかん》の少女”って呼ばれてて、カルト的な人気があるんだよね。
俺さ、一社《いっしゃ》のアトリエにあった絵を見たとき、なんか引っかかったんだ。
やっと気づいた。
あれ、全部”白玉環の少女”が出ているシーンなんだよ」
今野はスマホを取りだし、アトリエで撮影した写真を見せた。
「俺、映画マニアだからさ、”白玉環の少女”については、聞いたことがあったんだ。
それに――あの子たち、君に似ているんだよ」
今野は環の顔をじっと見た。
「君に似ているんだ、あの”白玉環の少女”が。
額《ひたい》のなだらかさとか、ほっぺの感じとか、ふんわりしているのに毅然としたところとか」
「私、太っていて機敏じゃないですし、パチンコもカンフーもできないですよ」
「そんなのは、どうでもいい。全体的な雰囲気が似ているんだよ。
ああ……だからなんだな」
環はきょとんとした。
自分が、映画の子役に似ている? それもアカデミー賞にノミネートされるような有名作品の子役に?
ありえない。
藤島環は、いたって平凡な人間だ。
確かに環の周囲には、地方財閥である松ヶ峰家を一手で切りまわしていた有能な紀沙がいて、若手政治家としての期待を一身に受けている聡がいる。
とびぬけた美貌の楠音也《くすのき おとや》もいる。
しかし環には、どこと言って特記すべき点はひとつもない。
頭の良さは平均的で、身長は160センチ。
体重は、聡にも内緒にしているが66キロある。
目立つところはひとつないも環が、映画の子役に似ているはずがない。
しかし今野は、環を見つめ続けている。
やがて、すこしかすれた声でつぶやいた。
「ゆうべは、ぶっとおしで城見監督の映画を見ていたんだ。
見ている間じゅうずっと、君が恋しかった」
きみがこいしかった、という音が、宇宙空間から来たのかと思うほど。
環から遠く、それでいて皮膚に寄り添うくらいに近く、ちかく感じられた。
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