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第12章「あれは、夢か?」
第89話「やつは、だまって、消えた」
しおりを挟む(Unsplashのname_ gravityが撮影)
耳元で、うるさい音がする。 松ヶ峰聡《まつがみね さとし》は、むっとした。
耳から入って脳髄を掻きまわす、とげとげしい音。
聡をつつむ温かな眠りの世界に、冷たい刃を喰い込ませる音が続いていた。
むりやり目をひらき、ベッドの上を手でさぐる。
スマホが鳴り続けていた。
「……アラーム、かけておいたか?」
寝ぼけたままスマホを取り、時間を確認した。午後3時。
スマホを放り出そうとして、気づいた。
ちがう、アラームじゃない。
電話だ。
「はい、松ヶ峰です」
相手は、一瞬だけひるんだように息をのみ、それから一気にたたみかけてきた。
「聡さん、俺です、今野です。あの、さっき音也さんから、わけわかんないラインが来て」
「音也が、どうしたって?」
「聡さんにも連絡が来ていませんか?」
今野はかなりパニックになっているようだ。聡はうるさくなり、ベッドから起き上がってスマホを耳からはなした。
それからふと、自分が名古屋の松ヶ峰邸にいるのではないことに気が付いた。
天井が高い。
そうだ、東京のコルヌイエホテルだ。
そこから一気に聡の記憶がよみがえった。
音也、政治資金パーティ、御稲。それからまた音也。
そう、音也だ。
聡はいきなり立ち上がり、自分の姿を見おろして呆然とした。
真っ白いワイシャツは、昼間、政治資金パーティに出席するために着替えた時のままだ。すべてのボタンがきちんとはまり、シャツの上に、チャコールグレーのベストも着ている。
ジャケットはコルヌイエホテルの優雅なクローゼットにかかっている。
聡にもスーツにも、わずかの乱れもない。
だとしたら、あれは、夢か?
聡にキスをして首筋に唇を這わせ、シャツを開いて隙間から骨の長い指を差し込んだ音也は、全部夢か?
混乱しながら、今野に向かって言った。
「まだ俺はラインを見ていないが、音也は、なんだって?」
「俺のスマホに、二週間分の聡さんのスケジュールが送られてきました。
事務所スタッフが共有しているものじゃなくて、音也さんが作った分きざみのスケジュール表です。
そこに『秘書代理・今野哲史《こんのてつし》、期間・二週間』とありました……」
「――ひしょ、だいり?」
ふっと聡も今野も言葉を失った。
沈黙の後、今野がおそるおそる尋ねた。
「それで。俺は今夜、予定どおり名古屋駅に迎えに行けばいいんですか?
それとも、今から東京へ行きましょうか」
そんなこと、おれにわかるか。
音也がいないのなら、選挙などする必要があるか?
なにもかもすべて、音也のためだったのに――。
やつは、だまって。
消えた。
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