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第13章「姫の逆襲」
第105話「コーヒーの好みを知るより先に、寝ちまった」
しおりを挟む聡が東京へ行ってしまった翌日の午後二時。
名古屋にある巨大な松ヶ峰家の1階サンルームでは、今野哲史《こんのてつし》がシャツにデニムというカジュアルな姿でコーヒーを入れていた。
コーヒーは、今野の実家からかっぱらってきた豆で、焙煎は濃いめだ。香りはいいが好ききらいが分かれそうな味だった。
「環ちゃん、濃いコーヒーはだめかもな……」
今野はコーヒーがたっぷりと入ったガラスのサーバーを透かしてみた。
濃厚な液体が、ゆるやかに初夏の光のなかで踊っている。
「ま、いっか、砂糖を持っていけばいいや」
今野はデニムのポケットにサンルームのキチネットから見つけ出した砂糖のスティックを適当に押し込んだ。
料理は綿密だが、コーヒーは適当な男だ。
それでも環に自分がいれたコーヒーを飲ませたいから、今野は嬉々として動き回っていた。
ガラスのコーヒーサーバーとカップを持ち、鼻歌を歌いながら二階に上がるらせん階段に足をかけた。
くすり、と笑う。
「信じらんねえ。あの子のコーヒーの好みを知るより先に、寝ちまったよ……かわいかったな」
ベッドの上でふるえていた柔らかい首筋。小さな耳と、今野の唇の下で微かに浮き上がった鎖骨。それから今野を呼ぶ愛らしい声。
何もかもが、今野を有頂天にさせた。
経験のない環を思いやって、今野なりに時間をかけてやさしくしたつもりだ。そして今野の身体の下で、環は想像以上の反応を見せた。
「今からあんなに可愛くちゃ、この先やべえよな」
にやっと笑った今野は、軽快にらせん階段を上がった。階上、ふたつめのドアが環の部屋だ。
まだ眠っているかもしれない、と今野は思った。
環は初めての愛撫に緊張して身体も心も疲れ果ててしまい、今野が髪をなでてやるうちに、ぐっすりと寝入ってしまった。
寝顔を見ながら、今野も2時間ほど眠った。
目がさめたとき、隣に環がいることがたまらなくうれしかった。
今野哲史は、環が好きだ。
この先はもっと環を好きになりそうだが、今のままではふたりきりの時間はなかなか作れないかもしれない。
少なくとも環がこの巨大な松ヶ峰家に住んでいる限りは、二人で夜を過ごすことなどできそうもない。
藤島環は松ヶ峰家の箱入り娘だ。
そして今野は、松ヶ峰聡の部下だ。
おまけに音也からは、環に手を出すなと、厳命されている。
しかし今野はのんきに、
「あとのこたぁ、聡さんたちが東京から帰ってきてから考えりゃいい……あと半日あるしな」
とつぶやき、環の部屋の重厚なチークのドアをそっと押し開けた。
部屋の中をのぞきこむ。
「環ちゃん……ねてる?」
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