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第13章「姫の逆襲」
第106話「俺は、すげえよかったんだけど」
しおりを挟む(UnsplashのBrooke Straitonが撮影)
部屋のドアを開けたとき、どん!と今野に ぶつかってきたものがあった。
片手に熱いコーヒーの入ったサーバーとカップを持っている今野は、あわててバランスを取る。
「うわ……なに? え、たまきちゃん?」
しがみついてきた環は、いつの間に着替えたのか、ごく柔らかい素材のシャツと黒い台形スカートをはいていた。
今野はコーヒーサーバーを持つ手を遠くに伸ばして――環に熱いコーヒーがかからないように――あいているほうの手できゅっとまるい肩を抱きしめた。
今野の大きな手が柔らかい肩に沈み込む。
女の子の肩はこんなにすべすべしていたかな、と今野はいまさら考えた。
それから、ぎゅうぎゅうと抱きついてくる環の頭のてっぺんにそっとキスをする。
環の髪からはかすかに石鹸の匂いがして、今野のいったん収まったはずの欲情が、ふたたび持ち上がりかけた。
がっつくなよ、俺。
今野は自分をたしなめつつ、環にささやいた。
「たまきちゃん、どうしたの?」
そっと環の頬を撫でると、今野の手に冷たいものがふれた。
「ん? あれっ、泣いている?」
今野は環を引きはがして、丸い顔をのぞきこんだ。
環があわてて顔をそむける。
そのやわらかい頬には涙のあとがあり、ぽってりした目じりにこすったような赤みがあるのを見て、今野は自分でも意外なほどにうろたえ、
「どうしたの? あ……身体がどこか痛む?」
「だいじょうぶです」
環は顔をそむけて、また目をこすった。手をつかんで、動きをとめさせる。
「あんまりこすると、赤くなるよ。痛いだろ?」
「大丈夫です」
環はもう一度そう言って、くすんと鼻を鳴らしてた。それから気を取り直したように、一歩だけ離れた。
今野には、それが寂しくてたまらない。
この子が、ずっと俺にしがみついていたらいいのに、と考える。
環はもう平気そうな顔で、くるりと背中を向けて部屋の奥へ入っていった。今野は、
「コーヒー持ってきたよ。飲む?」
環は小さな鼻をひくつかせて笑った。
「いい匂い」
「ちょっと、濃いかもしれない。砂糖を持ってきたから調整してみてよ」
今野はコーヒーカップに漆黒の液体を注ぎ、環に渡す前にベッドに座るよう命じた。
「まだ捻挫した右足首が痛いだろ、ちゃんと座って。ひょっとして足首が痛くなった? その……あー、さっき俺が無理させたから」
「さっき?」
環がきょとんとしてたずねなおす。今野のほうが、顔を赤くする。
「その……あれ……いや俺は、すげえよかったんだけど」
環はようやく『無理させた』の意味が分かったらしく、ふっくらした頬を真っ赤にしてうつむいた。
それがまた、とてつもなく可愛らしい。
たまんねえな、ヴァージンの子って。
いや。
たまんねえな、藤島環って子は。
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