112 / 164
第13章「姫の逆襲」
第110話「男の愛情が自分を守ってくれることを知っている、無垢で狡猾な少女の顔つき」
しおりを挟む(UnsplashのPatrick Langwallnerが撮影)
「でも……でも、これは男ものの時計だぜ? なんだって、紀沙おくさまのアトリエに、男物の腕時計なんかがあったんだ?」
「よくわからないんです」
環がかぶりを振るスキをついて、今野はすばやく片手を台形スカートの奥に差し込んだ。
環は必死になって逆らおうと脚を閉じた。しかし閉じたことで今野の大きな手をしっかりと足のあいだに挟み込むことになり、今野はその温かさにうっとりした。
「くそ、無理やりになんかできねえよ」
今野は環の体温を手で感じながら、ため息をつく。顔を上げて、目の前の環を見た。
環はおびえている。
が、最後のところで今野が折れることを知っていると言う顔をしていた。
男の愛情が、自分を守ってくれることを知っている、無垢《むく》で狡猾《こうかつ》な少女の顔つきだ。
「ずるいな、環ちゃん」
「何がです?」
「……何でもねえよ。じゃあ、この時計は持ち主不明ってこと?」
今野はそれでも環の脚のあいだに挟み込んだ手をそのままにして、もう一方の手を清潔なベッドシーツの上でのばして、大ぶりの腕時計を取った。
そのまま太ももから手をはずさずに、まじまじと時計を見る。
「これ……見おぼえがあるな」
「えっ?」
環が驚いた声を出す。
今野はスカートの奥の手をはずし、今度は環の胸に手を乗せた。ちょっと黙って、と言うそぶりをする。
りこうな環はすぐに口を閉じた。
環が黙ると、彼女の鼓動が手のひらごしに伝わる。
この子は心臓の音さえも可愛いな、と思った。
そのまま環の鼓動を皮膚で味わいつつ、今野は時計を子細《しさい》に眺め、うん、と言った。
「これ、ジェームス・ボンドの時計だ」
「ジェームスボンド?」
予想外の答えに、環はあっけにとられたようにつぶやいた。
今野はじっくりと腕時計のフェイス、大きなリューズ、金属製のバンドを眺めて、断定的に言った。
「まちがいねえな。こいつはロレックスのサブマリーナ、Ref.6538。
初代ジェームス・ボンドが、映画『ドクター・ノオ』でつけて、有名になったタイプだ」
応援ありがとうございます!
0
お気に入りに追加
4
1 / 4
この作品を読んでいる人はこんな作品も読んでいます!
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる