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第14章「惚れているからこそ、探さない」
第115話「知るかよ」
しおりを挟む(UnsplashのCharles Chengが撮影)
松ヶ峰聡が名古屋駅に着いたのは、午後8時半だった。
新幹線改札を一人で出てきた聡を迎えたのは、事務所スタッフの今野だ。
今野は何も言わずに聡の手からカバンを取り、車まで誘導した。
荷物を積み、聡がベンツの助手席に乗ると、今野はすばやくエンジンをかけた。
ふたりとも何も言わない。ベンツの重低音だけが、聞こえた。
聡はふと、昼間に乗ったコルヌイエホテルのホテルマン・井上の車から吹きあがった、どすのきいたエンジン音を思い出した。
「コン、お前、ミニに乗ったことはあるか。クラブマンだ」
「ミニ? 車のですか。あの小さいイギリス車?」
「うん。あれ、いいな。いくらぐらいするんだろう」
さあ、と今野は首をひねった。
「あれは、ヨーロッパ車のなかでもそれほど高くないほうですよ。クラブマンは、一番いいグレードでも500万でおつりがくるんじゃないですか」
「そんなものか。うちの車庫には一台あったかな」
今野が意外とうまくハンドルをあやつりながら、あきれたように言った。
「ないっすよ……」
「ふうん。お前さ、明日どっかで一台買って来いよ」
「えええ? 高級車をつかまえて、そんな八百屋の芋みたいに言わないでくださいよ」
「ディーラーに行きゃ、あるだろ」
「そりゃありますけど……色とかグレードとか、どうするんです?」
「何でもいい。あ、モスグリーンだけはやめてくれ。さすがにそこまではマネするのはな……」
聡がのんきそうに言うと、今野はさすがにあきれたように、
「聡さん、何をワケわかんないことを言ってんですか。それどころじゃないでしょう。
明日から音也さん抜きで、どうしたらいいんですか。何なんですか、俺を『秘書代理』にするって」
「ああ、それな」
そう言ったきり聡は黙り込み、走りすぎてゆく車窓の夜景を眺めた。
名古屋は夜がとりわけ早い。まだ夜9時にもなっていないのに、街はすでに静まり始めている。
今野は、ふうとため息をついてから小さな声でひそっと問いかけた。
「音也さん、どこいったんですか」
「知るかよ」
聡は乱暴に言ってスーツの内ポケットから煙草を取り出した。箱から一本をくわえて引き抜き、火をつける。
「コン。俺は明日、午後イチで覚王山《かくおうざん》へ行く。お前は先に横井先生の事務所にいってろ。
夕方、あっちで落ち合おう」
「了解っす。覚王山?」
今野が聞き返す。聡はふううっと煙草の煙を吐いて、言いにくい言葉を口にした。
「御稲《みしね》先生のところだよ」
音也が逃げた、ということを知ったら、あの銀髪のバレリーナはどれほど厳しい言葉を、聡に投げつけるだろう。
考えただけで、うんざりする……。
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