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第14章「惚れているからこそ、探さない」
第116話「今夜は空に、星もない」
しおりを挟む(UnsplashのGreg Rakozyが撮影)
今野《こんの》は車を走らせながら、記憶するように言った。
「はあ、明日、覚王山の北方《きたかた》先生の所へ、と……大丈夫っすね、明日は横井先生の事務所以外、予定はありませんから」
頭の中では、音也から送りつけられた聡のスケジュールを確認したのだろう。今野は軽くうなずいた。
こいつ、意外と使えるやつかもな、と聡は、新種の鳥でも眺めるように若い部下を見た。
「あ、明日は、たまちゃんも一緒に行くぜ」
「俺、覚王山まで送りましょうか?」
今野はベンツを松ヶ峰家の門前にとめて、さりげなく聞いた。聡は首を振り、
「いや、いい。地下鉄で行く。コン、今夜はもう帰っていいぞ。車はこのまま乗って帰れ。明日、横井先生の事務所に乗って来いよ」
聡がそう言うと、今野はむうっと口をとがらせ、
「ジョーダンでしょ。こんなクッソ高い車、俺のボロアパートの前にとめておけませんよ。車庫に入れてから地下鉄で帰ります。あの、それと」
聡が運転席を見ると、めずらしく今野が言いよどんでいる。
「なんだよ、コン」
「その……あっ、荷物! 俺が荷物をお部屋まで運びますから」
「いいよ。カバン一個じゃねえか」
「いや、俺は今日からしばらく秘書代理だし。オヤジに荷物は持たせられねえっす」
聡はにやりと笑った。今野の頭をこづく。
「違うだろ。お前、たまちゃんが目当《めあ》てだな」
「や……違《ちが》くて……そんな」
「昨日の夜、オトにうるさいことを言われたんだろう? たまちゃんに近づくな、とかなんとか」
聡がちゃかしてそう言うと、今野はここだけ真面目な顔になって言った。
「言われたっす。でも聡さん」
「ん?」
「俺、音也のアニキに半殺《はんごろ》しにされても、環ちゃんのことはあきらめないです」
「あああ?」
聡は驚いて、今野の顔を見なおした。
いつものような、調子のよいヘラヘラした感じではなく、きりりと引き締まってまっすぐ聡を見ている顔。
聡は不意に、昨夜の名古屋駅前で見た今野の背中を思い出した。
安っぽいスーツの下で、不意に、ぎわりと大きく膨《ふく》らんだ若い男の背中。ケダモノじみた、動作性に満ちた背中だった。
それと同じケダモノの色が、いま、今野の目の中にある。
今野は静かに切り出した。
「俺、環ちゃんが好きです。もう何があっても、あきらめねえ」
「……そっか」
聡は、ピッとデコピンした。
「痛てぇッ!」
「本気だな、お前」
「あたりまえっす。ああいう子あいてに、ハンパなことはできねえっすよ」
「たまちゃんは、俺の妹分《いもうとぶん》だぞ。泣かすようなことをしたら、オトの前に、おれがお前を半殺《はんごろ》しにする」
「泣かせませんよ……あ、ちびっと泣かせたかも」
「ああああ?」
「嘘です、泣かせません。俺が大事に、大事にしますから」
「いい度胸じゃねえか。しかしまあ、オトには秘密にしろよ。あいつ、うるせえから」
聡が車から降りる。今野も身軽に続いて、おりたときにはもう聡のバッグを持っていた。
それから、今野はふと夜空をふりあおぎ、心細《こころぼそ》そうに言った
「音也さん、帰ってくるんすよね……」
おれが知りたいよ、と聡は口の中でつぶやいた。
今夜は空に、星もない。
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