「何もない、静かな部屋」 キスを待つ頬骨シリーズ2.5

水ぎわ

文字の大きさ
118 / 164
第14章「惚れているからこそ、探さない」

第116話「今夜は空に、星もない」

しおりを挟む

(UnsplashのGreg Rakozyが撮影)


 今野《こんの》は車を走らせながら、記憶するように言った。

「はあ、明日、覚王山の北方《きたかた》先生の所へ、と……大丈夫っすね、明日は横井先生の事務所以外、予定はありませんから」

 頭の中では、音也から送りつけられた聡のスケジュールを確認したのだろう。今野は軽くうなずいた。
 こいつ、意外と使えるやつかもな、と聡は、新種の鳥でも眺めるように若い部下を見た。

「あ、明日は、たまちゃんも一緒に行くぜ」
「俺、覚王山まで送りましょうか?」

 今野はベンツを松ヶ峰家の門前にとめて、さりげなく聞いた。聡は首を振り、

「いや、いい。地下鉄で行く。コン、今夜はもう帰っていいぞ。車はこのまま乗って帰れ。明日、横井先生の事務所に乗って来いよ」

 聡がそう言うと、今野はむうっと口をとがらせ、

「ジョーダンでしょ。こんなクッソ高い車、俺のボロアパートの前にとめておけませんよ。車庫に入れてから地下鉄で帰ります。あの、それと」

 聡が運転席を見ると、めずらしく今野が言いよどんでいる。

「なんだよ、コン」
「その……あっ、荷物! 俺が荷物をお部屋まで運びますから」
「いいよ。カバン一個じゃねえか」
「いや、俺は今日からしばらく秘書代理だし。オヤジに荷物は持たせられねえっす」

 聡はにやりと笑った。今野の頭をこづく。

「違うだろ。お前、たまちゃんが目当《めあ》てだな」
「や……違《ちが》くて……そんな」
「昨日の夜、オトにうるさいことを言われたんだろう? たまちゃんに近づくな、とかなんとか」

 聡がちゃかしてそう言うと、今野はここだけ真面目な顔になって言った。

「言われたっす。でも聡さん」
「ん?」
「俺、音也のアニキに半殺《はんごろ》しにされても、環ちゃんのことはあきらめないです」
「あああ?」

 聡は驚いて、今野の顔を見なおした。
 いつものような、調子のよいヘラヘラした感じではなく、きりりと引き締まってまっすぐ聡を見ている顔。
 聡は不意に、昨夜の名古屋駅前で見た今野の背中を思い出した。
 安っぽいスーツの下で、不意に、ぎわりと大きく膨《ふく》らんだ若い男の背中。ケダモノじみた、動作性に満ちた背中だった。

 それと同じケダモノの色が、いま、今野の目の中にある。
 今野は静かに切り出した。

「俺、環ちゃんが好きです。もう何があっても、あきらめねえ」
「……そっか」

 聡は、ピッとデコピンした。

「痛てぇッ!」
「本気だな、お前」
「あたりまえっす。ああいう子あいてに、ハンパなことはできねえっすよ」
「たまちゃんは、俺の妹分《いもうとぶん》だぞ。泣かすようなことをしたら、オトの前に、おれがお前を半殺《はんごろ》しにする」
「泣かせませんよ……あ、ちびっと泣かせたかも」
「ああああ?」
「嘘です、泣かせません。俺が大事に、大事にしますから」
「いい度胸じゃねえか。しかしまあ、オトには秘密にしろよ。あいつ、うるせえから」

 聡が車から降りる。今野も身軽に続いて、おりたときにはもう聡のバッグを持っていた。
 それから、今野はふと夜空をふりあおぎ、心細《こころぼそ》そうに言った

「音也さん、帰ってくるんすよね……」

 おれが知りたいよ、と聡は口の中でつぶやいた。
 今夜は空に、星もない。
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

上司、快楽に沈むまで

赤林檎
BL
完璧な男――それが、営業部課長・**榊(さかき)**の社内での評判だった。 冷静沈着、部下にも厳しい。私生活の噂すら立たないほどの隙のなさ。 だが、その“完璧”が崩れる日がくるとは、誰も想像していなかった。 入社三年目の篠原は、榊の直属の部下。 真面目だが強気で、どこか挑発的な笑みを浮かべる青年。 ある夜、取引先とのトラブル対応で二人だけが残ったオフィスで、 篠原は上司に向かって、いつもの穏やかな口調を崩した。「……そんな顔、部下には見せないんですね」 疲労で僅かに緩んだ榊の表情。 その弱さを見逃さず、篠原はデスク越しに距離を詰める。 「強がらなくていいですよ。俺の前では、もう」 指先が榊のネクタイを掴む。 引き寄せられた瞬間、榊の理性は音を立てて崩れた。 拒むことも、許すこともできないまま、 彼は“部下”の手によって、ひとつずつ乱されていく。 言葉で支配され、触れられるたびに、自分の知らなかった感情と快楽を知る。それは、上司としての誇りを壊すほどに甘く、逃れられないほどに深い。 だが、篠原の視線の奥に宿るのは、ただの欲望ではなかった。 そこには、ずっと榊だけを見つめ続けてきた、静かな執着がある。 「俺、前から思ってたんです。  あなたが誰かに“支配される”ところ、きっと綺麗だろうなって」 支配する側だったはずの男が、 支配されることで初めて“生きている”と感じてしまう――。 上司と部下、立場も理性も、すべてが絡み合うオフィスの夜。 秘密の扉を開けた榊は、もう戻れない。 快楽に溺れるその瞬間まで、彼を待つのは破滅か、それとも救いか。 ――これは、ひとりの上司が“愛”という名の支配に沈んでいく物語。

吊るされた少年は惨めな絶頂を繰り返す

五月雨時雨
BL
ブログに掲載した短編です。

2度目の恋 ~忘れられない1度目の恋~

青ムギ
BL
「俺は、生涯お前しか愛さない。」 その言葉を言われたのが社会人2年目の春。 あの時は、確かに俺達には愛が存在していた。 だが、今はー 「仕事が忙しいから先に寝ててくれ。」 「今忙しいんだ。お前に構ってられない。」 冷たく突き放すような言葉ばかりを言って家を空ける日が多くなる。 貴方の視界に、俺は映らないー。 2人の記念日もずっと1人で祝っている。 あの人を想う一方通行の「愛」は苦しく、俺の心を蝕んでいく。 そんなある日、体の不調で病院を受診した際医者から余命宣告を受ける。 あの人の電話はいつも着信拒否。診断結果を伝えようにも伝えられない。 ーもういっそ秘密にしたまま、過ごそうかな。ー ※主人公が悲しい目にあいます。素敵な人に出会わせたいです。 表紙のイラストは、Picrew様の[君の世界メーカー]マサキ様からお借りしました。

窓のない部屋の、陽だまりみたいな君

MisakiNonagase
BL
都心の高層ビル、その「内臓」とも言える地下一階のメール室。 そこで働く山﨑智之は、目立たず、期待されず、淡々と郵便物を捌く「透明人間」のような毎日を愛していた。自分は低スペックで、華やかな地上には居場所がない。そう、諦めていた。 ​そんな彼の静寂を破ったのは、二十二階の住人、若きエース・風巻隼人だった。 完璧なルックス、圧倒的な成果、羨望の眼差しを一身に浴びる彼が、なぜか地下のメール室に足繁く通い始める。 ​「五分だけ、ここにいさせてくれないか」 ​一通の郵便物から始まった、五分間だけの秘密の共有。 次第に剥き出しになっていく隼人の孤独と、それを無自覚に包み込んでしまう智之の温度。 住む世界が違う二人が、窓のない部屋で見つけたのは、名前のつかない「救済」だった。

邪神の祭壇へ無垢な筋肉を生贄として捧ぐ

BL
鍛えられた肉体、高潔な魂―― それは選ばれし“供物”の条件。 山奥の男子校「平坂学園」で、新任教師・高尾雄一は静かに歪み始める。 見えない視線、執着する生徒、触れられる肉体。 誇り高き男は、何に屈し、何に縋るのか。 心と肉体が削がれていく“儀式”が、いま始まる。

虚ろな檻と翡翠の魔石

篠雨
BL
「本来の寿命まで、悪役の身体に入ってやり過ごしてよ」 不慮の事故で死んだ僕は、いい加減な神様の身勝手な都合により、異世界の悪役・レリルの器へ転生させられてしまう。 待っていたのは、一生を塔で過ごし、魔力を搾取され続ける孤独な日々。だが、僕を管理する強面の辺境伯・ヨハンが運んでくる薪や食事、そして不器用な優しさが、凍てついた僕の心を次第に溶かしていく。 しかし、穏やかな時間は長くは続かない。魔力を捧げるたびに脳内に流れ込む本物のレリルの記憶と領地を襲う未曾有の魔物の群れ。 「僕が、この場所と彼を守る方法はこれしかない」 記憶に翻弄され頭は混乱する中、魔石化するという残酷な決断を下そうとするが――。

鎖に繋がれた騎士は、敵国で皇帝の愛に囚われる

結衣可
BL
戦場で捕らえられた若き騎士エリアスは、牢に繋がれながらも誇りを折らず、帝国の皇帝オルフェンの瞳を惹きつける。 冷酷と畏怖で人を遠ざけてきた皇帝は、彼を望み、夜ごと逢瀬を重ねていく。 憎しみと抗いのはずが、いつしか芽生える心の揺らぎ。 誇り高き騎士が囚われたのは、冷徹な皇帝の愛。 鎖に繋がれた誇りと、独占欲に満ちた溺愛の行方は――。

Take On Me

マン太
BL
 親父の借金を返済するため、ヤクザの若頭、岳(たける)の元でハウスキーパーとして働く事になった大和(やまと)。  初めは乗り気でなかったが、持ち前の前向きな性格により、次第に力を発揮していく。  岳とも次第に打ち解ける様になり…。    軽いノリのお話しを目指しています。  ※BLに分類していますが軽めです。  ※他サイトへも掲載しています。

処理中です...