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第15章「政治家の家族」
第130話「恋人の角度」
しおりを挟む(UnsplashのTide_trasher_xが撮影)
華やかなレセプションホールちかくの小さな控室で、環は今野に軽く抱きすくめられていた。
廊下で二人を見ている聡は、ただもう目を見はった。
今野は、たまちゃんに何と言った?
『キスだけだから』だって?
じゃあ、このふたりはもうキス以上のことまでしたのか。
ごくっと、聡は息をのんだ。
環は堅物《かたぶつ》で、24才の今まで男とデートすらしたことがないはずだ。
松ヶ峰紀沙《まつがみね きさ》のきびしい管理下にあって修道女のように暮らしていた妹分《いもうとぶん》が、もう、キス以上のことを知っている?
それも聡の部下の今野によって。
聡は混乱したまま、小さな控室で繰り広げられている若葉《わかば》がかおるような初々《ういうい》しい二人を見つめた。
環が、かすかにあらがうような気配を見せる。
「今野さん、ひとがきたら……」
「俺が背中で君をかくしておくよ」
聡があっけにとられていると、今野はたしかに大きな背中で小柄な環をすっぽりとおおってしまい、太い首をかたむけた。
聡からははっきりわからないが、それは確実に、恋人どうしだけがもつ親密な角度だった。
やがてあわただしくキスを終えると、今野はそっと環の耳にささやいた。
「今夜はまっすぐに帰らず、一社《いっしゃ》の家に行くんだろ?」
「ええ。この着物を片づける必要がありますから」
「俺が送っていくよ。聡さんにはうまく言うから。そのまま俺も泊まってもいい?」
「え、あの」
たまきちゃん、と今野は明白に欲情をにじませて環に言った。
「抱きてえよ。あれから十日も経っているんだ。もう、たまんねえ」
環が恥ずかしがってなにも答えないでいると、今野は明るく笑った。
「ほら、さっき環ちゃんがおばさま相手にがんばったからさ。ごほうびだよ」
「……誰のためのごほうびなんでしょう」
環がかわいらしく言いかえすと、今野はそっと頭をなでた。
「君のごほうびに決まっているじゃないか。俺は忠実なナイトだから、姫に逆らうことなんかしないよ」
ふふっと環の笑う声が聞こえたあたりで、聡は足音を忍ばせてその場を離れた。
ひとでごった返すレセプションホールに戻ってからも、聡の耳には亡母の親友・北方御稲《きたかたみしね》の言葉が鳴りひびいていた。
『女には、自分の男の前でしか出せない涙ってものがあるんだ』
北方が見抜いたとおり、環は今野の前でだけは、環自身でいられるようだった。
では、松ヶ峰聡がありのままでいられる場所はどこにある?
体面《たいめん》も名前も立場も振り払い、すべての責任から抜け出して、ただの聡《さとし》になれる場所はこの世にないのか?
聡の目に、うすくうすく涙の膜がはる。
楠音也《くすのき おとや》の腕のなかでなら。
音也の吐息が耳元で聞こえて、体温が長い指の形になって聡の中にすべりこむ、何もない静かな部屋でなら。
そこでだけ聡は聡のままになり、音也とともに世界の呼吸音に耳をすませられる。
音也さえ、いれば。
今は居場所もわからぬ恋しい人さえいればる。
だがそれは、いつのことだろうか。
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